1話
「プハーッ、今日も焼酎がしみやがる! 35歳、ブサイク、小太りハゲ、無職童貞、彼女無し、引きこもり生活、などという状況ではあるが、全然余裕だな。細かいこたぁどうでもいい、俺は楽に暮らせて酒が飲めればなんでもいいんだ」
その日の夜、俺は実家の子供部屋でテレビを見ながら酒を飲んでいた。孤独との付き合いが長いせいか、自然と独り言が出る始末である。
うむ。所詮人生など、頑張って金と地位と名誉を得たところで、せいぜい百年前後の寿命で死ぬのだ。
好きな人と結婚して子供をつくろうが、いつか血は途絶えるし、大富豪だからといって、若さと健康な肉体は買えない。ちょっといい暮らしができるぐらいで、俺みたいな人間とそんなに変わらない寿命で死んでいく。日本という生活基準の高い国ではなおさらだ。
そして死んでから数十年、数百年、数千年と経てば、ほとんど生きていた痕跡などは消え、最初から存在しなかったかのように忘れ去られる。
その証拠に俺なんか、自分の親族ですら曾祖父や曾祖母ぐらいまでしか知らん。それより上の世代は名前すら聞いたことがない。大体の人はそんな感じじゃないだろうか。
そう考えれば、この世界は何をやっても大して意味がない。気楽に生きればいいのだ。
むしろ幸せと言われる奴らの方が、この世界に執着があるのだから、死が近づくにつれ恐怖が増し、辛くなるんじゃないだろうか。
底辺人間の嫉みと言われればそれまでだが、現実世界はそういう風にできている。科学的に考えたら、人類も地球も終わりは確定しているのだ。
だから俺は今の状況を悲観したりはしない、これからも子供部屋に引きこもって、一ミリも頑張るつもりはない。
「まあ俺みたいな無能が頑張ったところで、年収三百万ぐらいが限界だろうしな。そんなやっすい給料のために苦しい思いをする意味も分からんし、今みたいに両親に養ってもらいながら、家でテレビでも見て酒飲んでた方がマシだわ」
自分の思考に自分でツッコミながら、俺は上機嫌で焼酎の入っているクリアカップから視線をテレビに移した。
いつの間にか、さっきまでやっていたニュースが終わっていて、すでに別の番組が始まっていた。
「おっ、これ面白そうじゃねーか」
俺はテンションが上がって、その番組に釘付けになった。タイトルは『独裁国家に迫る!』というドキュメンタリーもので、簡単に言うとトーリエ帝国という国家について特集した回のようだった。
「ああ、そういやこの国、ちょこちょこニュースで話題になってたなあ。確か皇帝が統治する独裁国家で、国際社会からも孤立しているから、国の内情がよく分からんとかなんとか」
しかし日本という安全な場所からこういう危険なニオイがプンプンするものを見る時って、なんでこんなにワクワクするんだろうか。いかんいかん、これはいつにも増して酒が進みやがる。
俺はグイッとクリアカップに入っている焼酎を一気に飲み干すと、すかさず畳の上に置いてある4リットルのペットボトルを開け、再びクリアカップに甲類焼酎を注いだ。
「ふう、いい感じにあったまってきやがった。頭がシャキッとしやがる」
そして再びテレビ画面に視線を向ける。ちょうどスタジオで、アメリカの元CIA局員にインタビューをする場面に切り替わっていた。
「ではスミスさん、ズバリ聞きますが、トーリエ帝国とはどういう国ですか?」
「はい。あくまでも私が把握している限りになりますが、とても恐ろしい国です。私たちの常識は全く通用しません」
「ほう、それは例えばどういうところでしょうか?」
インタビュアーの若い姉ちゃんは、元CIAのスミスという男に尋ねた。ちなみに名前のスミスというのはテロップに偽名と出ていて、彼は擦りガラス越しにスタジオの椅子に座っていた。
顔も身体もモザイク処理されて映っているので、なかなかに胡散臭い雰囲気を漂わせている。本当に元CIA局員なのだろうか? まあ面白そうだから構わんが。
「そうですね、それじゃあ分かりやすいように、順を追って説明しましょう。例えば今、一人の人間がトーリエ帝国で生まれたとします。赤ん坊としてね。そしたらその後どうなると思いますか?」
スミスはインタビュアーの姉ちゃんに問いかけた。
「え? どうなるって、生まれたら普通に成人するまで親に育てられるんじゃないんですか?」
「フフッ、そうですよね。あなた方のいる日本や、私のいるアメリカでも、よほどの事情がない限りそれが普通ですし、他の国でも大体はそうでしょう。
しかし、トーリエ帝国では、そもそも家族や親族という概念が存在しません。
赤ん坊は全て人工受精で産まれ、その後は国の運営する教育機関と施設で、厳しいプロセスを経て成人まで育ちます。なので自分の親が誰かも知りませんし、親もまた自分の子が誰かも知りません」
はあ? なんじゃそりゃ? と俺はテレビ画面に映るスミスの言葉に驚いて、おもわず口に含んでいた焼酎をちゃぶ台にぶちまけそうになった。
「……ええっと、それはどういうことですか? なぜトーリエ帝国はそんなことをする必要があるんでしょうか?」
インタビュアーの姉ちゃんも情報量の多さに困惑しているようだった。
「簡単な理屈です。個人の時間と労力を全てトーリエ帝国に捧げられるように、そういった繋がりが排除されているのです。
赤ん坊の頃から国の施設で育つのも、専門のプロたちが子育てや教育を一律に行うことにより、虐待や貧困などの家庭環境による格差を防ぎ、親が子育てに費やす時間をトーリエ帝国に捧げられるようにするためだと考えられています。
人工受精で赤ん坊を出産するのも、急激な少子化や人口増加をコントロールするためでしょう。ちなみに余計な繋がりを排除するという観点から、トーリエ帝国では、結婚、恋愛、性行為も法律で禁じられています」
「……な、なんですかそれ? 法律で禁じられているって、そんなの人権侵害じゃないですかっ!? トーリエ帝国の国民も納得しないでしょう!? 暴動とか起きるのでは?」
「いえ、そうはなりません。なぜならトーリエ帝国では、国民全員に首輪のようなデバイスの着用が義務付けられており、法律を犯すと、自動的にその首輪からレーザーが射出され首が切断されます。
つまりトーリエ帝国では法律を破ると、罪の軽い重いに関わらず、即処刑されるのです。ですから違法行為である暴動を起こすのはシステム上不可能なのですよ。
首輪のデバイスにはカメラも内臓されていますし、トーリエ帝国の内部もカモフラージュされた監視カメラでいっぱいです。つまり隠れて法律を犯そうとしても処刑されてしまいます」
「……いやいや、流石にそんなことないでしょう? スミスさん話し盛りすぎじゃないですか? これ生放送ですからねっ!? 視聴者の皆さんにヤラセだと思われちゃいますよぉ〜」
インタビュアーの姉ちゃんは、あまりにスミスが過激な内容を話し始めたので、場の空気を和ませようとして笑いながら言った。俺も姉ちゃんと全く同じ意見である。
「いえ、嘘ではありません。我々が膨大な犠牲を払って得た貴重な情報ですから。それを得るために数百人規模のCIAエージェントが亡くなっています。
トーリエ帝国の人間は赤ん坊の頃から過酷な環境で生きているので優秀な者が多く、私たちの諜報活動もかなり苦戦を強いられてきたのです」
「スミスさんちょっと黙って下さい! 分かりましたっ! 一旦CMいきますっ!」
インタビュアーの姉ちゃんはキレ気味でスミスに言うと、画面はすぐにコマーシャルに切り替わった。
「うーむ。大丈夫かこの番組? インタビュアーの姉ちゃんも大変だなぁ。しかしスミスの話しが仮に本当だとしたら、ヤバイ国だな。マジで日本という安全な国に生まれてきて良かったわ。絶対トーリエ帝国には子供部屋おじさんもおらんだろうし。いやー、酒がうまい」
早くCM終わらねーかなと俺は思いながら、またクリアカップに入っている焼酎を一気に飲み干した。しかしそこで急激な胸の痛みに襲われる。
「うぅ、ぐるぢいぃ……」
その結果、普段の不摂生が原因だと思われるが、俺は心臓発作を起こし、番組の続きを見ることなく死んだ。
次に目を覚ました時には、俺は赤ん坊として産まれた瞬間だった。記憶が引き継がれているのを認識し、即座に自分が転生したことに気付いた。
「ホギャー! ホギャー!」
当たり前だが、鳴き声を出せるだけでまだ喋れない。
意外にも、この状況にあまり驚きはなかった。むしろ死後の世界が、永遠の無の状態で、即終了と決めつける方が無理があるし、実際に死んでみないとどうなっているかは誰にも分からない。だから転生したという事実に対しても、それに驚くような固定概念を持っていないのである。
とりあえず俺は周りの状況を確認した。生まれた場所は普通に病院っぽい場所で、そこにいる人たちも見慣れた医者とかナースだった。
転生したとはいえ、パッと見た感じ、世界観は俺のいた日本とあまり変わらないようだ。
なんにせよ、今回の人生も気楽に生きるか。時代設定も現代っぽいし。
しかし奇妙なことと言えば、医者にヘソの緒を切られた後、ナースが俺を抱き抱えたまま、すぐに専用の保育器に入れやがったことだ。
おいおい、そこは普通、産んだ母親に俺を抱かせて「元気な男の子ですよぉ〜」だろうがっ! しかしその後も母親どころか父親と顔を合わせる気配もない。
赤ん坊の時ぐらいは親にチヤホヤされるものだと想像していたが、この世界というか、どうやらこの国ではそれが普通らしい。
たまにナースがミルクを飲ませてくれたり、オムツを交換してくれるだけで、他の保育器に入っている赤ん坊たちを見ても、やはり両親が面会に来るといった様子はなかった。
ちなみ俺の保育器にはルクスという名前が書かれていた。他の保育器を確認しても名前だけ書かれているので、どうやら名字は存在しないらしい。偶然にも日本に居た時の俺の名字と名前は一瀬ルクスなので、名前だけはそのまま引き継がれているようだ。
うーむ。これじゃあまるでスミスが言っていたトーリエ帝国みたいだな。まさかとは思うが、一応ナースに首輪型のデバイスが付いていないかだけ確認しておくか。
俺は次にミルクを飲ませてくれたナースの首元を必死に見た。赤ん坊のせいで自分の首がまだすわっていないので大変である。
結果、ナースの首にはブラックメタルっぽい色の首輪が付いていた。
……嘘だろ。いやいや、多分あれだろう、この病院は規則が緩くてアクセサリーの着用がオッケーなだけだ。そんな馬鹿みたいな転生があってたまるかよ。俺は自分に言い聞かせて、心を落ち着かせた。
「いっぱいミルクを飲んで、トーリエ帝国のために早く大きくなるのよ〜」
ナースは俺に哺乳瓶の先を咥えさせながら、上機嫌で言った。うわぁ、ガッツリ言いやがった。確定演出はっや。クソみたいな伏線回収だよ。
その後も俺は藁を掴むような心境で、病院のスタッフの首を鬼のように確認したが、やはり全員に首輪型のデバイスが装着されていた。
それどころかよく見ると、全員の白衣にトーリエ帝国ニコニコ病院という印字まで、胸にプリントされていた。
……うーむ。やはりここはスミスの言っていたトーリエ帝国で間違いないようだ。ふう、こんな時こそ落ち着いて行動せんとな。
「ホギャホギャー!! ホギャホギャー!! ホギャギャンホギャギャンー!!!」
俺は力の限り泣き叫び、心の中で発狂した。
いやぁぁぁーー!! いやぁぁぁーー!! 日本に帰してぇぇーー!! 殺されりゅぅぅぅーー!!! んほぉぉぉーー!!!
ともあれ、トーリエ帝国という独裁国家が、俺の転生した世界である。
【今回トーリエ帝国について判明した情報】
・トーリエ帝国は皇帝が統治する独裁国家
・ブラックメタルの首輪型デバイスの着用が国民全員に義務付けられている
・法律を犯すと首輪型デバイスからレーザーが射出され処刑される。
・トーリエ帝国内はカモフラージュされた監視カメラが大量に設置されており、首輪型デバイスにもカメラが内蔵されている
・結婚、恋愛、性行為は法律で禁じられている
・子供は全員人工授精で産まれる
・親や親族の概念が存在しない
・成人まで国の教育機関と施設で厳しく育てられる
・人名は名字がなく名前だけ




