復讐は神がする〜とあるシタ夫と奇妙な看板〜
「不倫や姦淫を神はさばく 聖書」
古い家の塀に変な看板が貼ってあるのに目がついた。
「な、なんだよ、これは」
俺は出張でとある田舎街に来ていた。これから取り引き先と会う為、田んぼと野菜畑、それに古い民家しかない道を歩いていた。長閑な田舎にはそぐわないデザインの看板だった。
黒字に白抜き文字でデザインされ、どう見てもホラー。フォントのデザインも完全に昭和ホラー風。聖書とあるが、カルトか何かの看板だろうか……。
急に汗が出てきた。嫌な汗だ。
実際、俺は部下と不倫中だったから。正直遊びだ。妻より顔も性格のキャリアも全部格下だったが、若いし、手頃の遊び相手としてはピッタリだった。
「さばくってなんだよ、カルトかよ」
「ふふふ、お前さん、不倫はおよしよ」
俺の前に急に老婆が現れて声をかけてきた。
農民らしい服装をまとい、背も曲がっていた。推定八十歳ぐらいだが、目は黒々と生命力がみなぎり、認知症ではなさそうだ。しわくちゃの顔に目だけ妙に浮いている。
「噂だが、おらは不倫して幸せになれた人を聞いた事ないべ。いいから、およしよ。性的なアレっていうのは、身も心も一体になるんじゃよ。いや、恐ろしいのぉ……」
「は?」
「ヤッた相手ってのは、肉体的な事はもちろん、魂も一体になるのさ。お互いの魂がノリでくっついたみたいになる。一生その相手との魂が別れず影響があるのじゃ。相手の貧困や精神疾患なんかも全部貰う事になる。昔この辺りに住んでた娼婦も気が狂っておったわ。だから、およしよ。姦淫も不倫もな……。解決方法もたったひとつしかないしな」
老婆はヒヒヒと笑って立ち去った。
「なんだよ、あのババア。気色悪いわ」
あんな老婆の事は忘れる事にした。しかし、時間が経てば経つほど気になってくる。
悪夢も見た。
妻が死ぬ夢で、最期まで彼女は恨み言の一つも言わなかった。かえって俺の罪悪感をチクチクと刺激する夢で心の中は最悪だった。
「いや、さばくとかって嘘だろ……」
再び冷や汗が出てきた。
「そんな、神とか信じないし、キリスト教とか戦争ばっかりやってる不寛容な一神教だろ……。聖書なんてファンタジーで神話で捏造だろ……」
口では文句を言っていたが、再び冷や汗が流れてきた。
「まあ、今回は出張先から早く帰るか……」
もう、あの変な看板は見たくもないし。
俺は仕事を終えると、一目散に帰る家に走っていた。