3話――ずっと推すことを誓いますか?
『びっくりしたよもう』
濡れた髪をタオルでしぼりながら唇を尖らせる背後霊……もとい羽角七菜子。
なんと背後霊の正体は一世を風靡したアイドル・羽角七菜子ご本人だった。
『急に乙女の入浴中に入ってくるんだもん。大人しい顔してなかなかの野獣かよ。ビックリしたじゃん』
「ごめんなさい……いやでもそれ俺の台詞……ていうか本当にあの羽角七菜子さんなんですか」
だって、その……アイドルの羽角七菜子は……
『あー』
彼女が気不味そうに言い淀む。
『すっぴん見て驚いたでしょ。全然違うじゃんってがっかりするよね。カメラに映る時は盛ってるから。カラコン、つけま、二重糊に二重テープ、更に追加で画像加工……サギれるものはサギる。メイクも編集技術も可愛く魅せるためのツールは全て使う。整形級にね。外歩いても本人って気づかれないし。もはや別人だよね』
「一番別人なのは中身の方だと思いますけど」
『ワハハ』
今ここにいる彼女はメディアで見る彼女と全然違う。
容姿も口調も雰囲気も。砂糖菓子のようにふわふわ甘く溶けそうな儚さはそこにない。
儚さどころか、髪の吹きかたも乾かし方も豪快、借りたTシャツを威勢のいいモグラの如く頭から突き出す彼女は砂糖菓子ではなくサバサバの切れ味爽快なミントのようだった。
『幻滅した?』
「え?」
『君、私の筋金入りのファンでしょ』
「芸能人なんてイメージ戦略でしょう。そりゃ驚いたけれど、そっちが本当のあなたなら俺は今のあなたを支持します」
『推してくれるの』
「ええ筋金入りですからね」
『菜七』
「?」
『私の本名。菜七っていうの。そう呼んで』
「な、菜七、……さん」
『ありがとう琉太くん』
そう耳もとで囁く声は甘くて。
胸の鼓動がヤバい。
バクバク鳴ってる。
俺はこの人と同じ屋根の下で暮らせるのか。
心臓が破裂してしまう。
ドガーーーーンッッ!!!!
隣のキッチンで爆発音が聞こえた。
『あ、ゆで玉子作ろうとしたらレンジが爆発しちゃった』
前言撤回。