表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/100

第18局 なんで人前で師匠のこと叱るん?

「飛龍桃花先生、稲田誠先生、スタジオ入られま~す」


「「「「よろしくお願いします」」」」


 スタジオ内で忙しく働くスタッフさん達が、一斉に自身の作業を中断して、立ち上がりこちらにお辞儀をしてくる。


 あの……そんな、皆さんお気遣いなく……と申し訳ない気持ちになる。


「スタジオって、思ってた以上に広いんですね師匠」


 社会科見学のように、キョロキョロと見回しながら桃花が俺に感想を述べる。


「桃花は、相変わらず物おじしないな」

「師匠だって、ネットテレビ局の中継とかで解説したりしてるじゃないですか」


「今回は、将棋専門チャンネルじゃなくて、一般の総合チャンネルだぞ。普段はこんなデカいスタジオなんて使わないんだからな」


 これは……この間、俺が出演した地元テレビ局のスタジオよりデカいぞ。

 そこは、ネットテレビ局とは言え、最大手で東京にスタジオを構えているだけはある。


 スタッフの人も、見知った将棋チャンネルの方も見かけるが、多くは普段は総合ニュースを担当されているスタッフの方が多い。


「稲田くん、桃花ちゃん。東京まで長旅お疲れ」


「あ、北野会長。お疲れ様です」

「お疲れ様です会長」


 先にスタジオ入りしていた北野会長が、こちらに声を掛けてきたので挨拶する。


「おう。それと……随分と久しぶりの顔がいるな」


「あ、バレちゃった。ど、ども~会長、お久しぶりです」


 俺の背後で目立たないように隠れていた姉弟子が、ちょっとバツが悪そうに出てきたて会長に挨拶する。


「おうケイちゃん。世界放浪の旅から帰って来てたんだな。帰って来たなら一声かけろよ水臭い」

「いや……流石に、退会しちゃった身としては中々……」


「ケイちゃんは、ちゃんと連盟のルールにのっとって辞めてんだから問題ねぇよ。俺の頃なんて、不倫だ、お縄だやら、ヤベェ辞め方した棋士や女流棋士がゴロゴロ」

「会長、くれぐれも番組の本番で変な事言わないでくださいよ!」


 姉弟子の歯切れが悪いのを見てか、北野会長がぶっちゃけ話を交えて笑い飛ばす。


 姉弟子を気にかけてくれているのはありがたいが、会長の立場でそういう爆弾発言をぶち込むのは止めて欲しいので、俺は慌てて注意する。


「わーってるよ稲田くん。で、ケイちゃんが桃花ちゃんのマネージャーやってくれるのか。それなら安心だわ」


「会長にそう言っていただけるとありがたいです。門前払いされたらどうしようかと思ってたので」


 姉弟子も、ようやく胸のつかえが取れたのか、安堵した様に胸を撫でおろしている。


「おう、お疲れさん。いやー、東京はやっぱ遠いわー」


 会長との話が一段落したところで、またしても騒がしいのが来た。


「どうも真壁八段。今日はよろしくお願いします」

「おう稲田君。この間の三段リーグ最終日以来やな。お、ケイちゃんもおるやん」


「お久しぶりです真壁先生」


「お! 流石、お茶の間の人気者。一番遅いスタジオ入りじゃん」

「会長、堪忍してくださいよ。私だけ大阪で、一番遠くから来とるんですから」


 会長のからかいに対し、真壁八段が気さくに返す。


 真壁八段は、この間の弟子の棚橋君の四段昇段で大号泣していた映像がネットミーム化して日本を飛び越えて海外でも話題になり一躍脚光を浴びた。


その結果、俺以上に関西のテレビ局のコメンテーターとしての出演が爆増しているらしい。


「お、桃花ちゃんやん。初めましてやな」

「どうも初めまして真壁先生。稲田六段門下、飛龍桃花です。以後、お見知り置きをお願いいたします」


 桃花が、礼儀正しく腰を折り真壁八段に挨拶する。


 この辺の如才なさは、本当に我が弟子ながら凄いと感心する。

 家では、グデグデのくせに。


「こりゃどうも、こちらこそよろしく。中学生やのに、桃花ちゃんは、えらいしっかりしてるな。うちの信也もこれくらいシャンッ! としとればええんやけど、これは師匠の差かな」


 ガハハッと笑いながら真壁八段は自身と、弟子で桃花の同期棋士の棚橋君との自虐を交えつつ、ご機嫌に返す。


「いえ、そこは自分は何も」


「師匠の背中を見て弟子は育つからな。稲田君もケイちゃんも、中津川の背中見て育ったやろ? けど、もし中津川が生きとったら、きっと孫弟子の桃花ちゃんを可愛がったやろなぁ……」


 真壁八段が、しみじみと昔を懐かしむような遠い目をする。

 真壁八段と中津川師匠は奨励会で一緒だった時期があり、仲が良かったらしいからな。


「それは……そうですね」

「はい。中津川師匠も、弟子のマコが師匠になったことを喜んでると思います」


 俺と姉弟子も、真壁八段の空気に当てられてしみじみとした雰囲気になってしまう。


 そう言えば、最近はバタバタしていて中津川師匠の墓参りにも行けていないな。

 今度、桃花を連れて報告に行かないと。


「あ、棋士の先生方ですね。お疲れ様です。今日はよろしくお願いしま~す」


 と、しんみりとしていた空気を断ち切る、甲高い声が掛けられた。


「おお⁉ ミポリン⁉」


「わぁ~ 棋士の先生も御存知なんですね。光栄です~。貴方のネオンで輝かせて! アイドルのミポリンでぇす!」


 決めポーズまでしてくれたミポリンさんは、人気女性アイドルグループの初期から所属している人気メンバーだ。

 今日は、将棋の公式戦ではないイベントなので、普段の将棋チャンネルとは違って一般のアイドル芸能人が出演するのだ。


「おほ~♪ さすが芸能人! テレビで観ると、実物は別嬪さんですなー!」

「あ、真壁先生ですね! あとで、SNS用に一緒に写真撮ってもらってもいいですかぁ?」


「こんなおっちゃんで良ければ、なんぼでも撮ったるで!」


 先程のしんみりとした空気はどこへやら。

真壁八段はすっかりアイドルにデレデレである。


 どうやら、ネットでバズッた真壁八段とのツーショットを、番組放映後に公式SNSにでも上げて、新規の市場開拓を狙っているという所か。


 なかなかに戦略家だな、このミポリン。


「あと、稲田先生も一緒にお写真お願いして良いでしょうか?」


「え! お、俺⁉」


 完全に他人事のように真壁八段の様子を眺めていたら、不意打ちで呼ばれて、変な声が出てしまった。


「はい。よろしくお願いします」


 ニッコリと、俺に対してだけの笑顔を向けてくれるミポリンは、さすがアイドルなだけあって破壊力抜群だ。


「よく、俺の名前なんて知ってましたね」

「テレビで拝見させていただきました~」


 なるほど。今回の仕事をする上で、かなり熱心に勉強しているようだ。


 目の前にいる桃花の方が明らかに知名度の高い有名人で、SNS受けも良いだろうに、俺や真壁八段をチョイスするというのも渋い。


「姉弟子、ミポリンのスマホで写真撮ってあげて」


「はいはい」


 そういう訳で、俺と真壁八段でミポリンを挟んで記念撮影だ。

 ただ、心なしか、姉弟子が白けた顔をしているのは気のせいだろうか?


「ありがとございました~」

「次、私と撮ろう~ ミポリンさん♪」


 師匠たちの撮影が終わったところで、桃花が声をかける。


「え……⁉ ええと……そうだ! 桃花ちゃんは未成年の子だし、SNSとかに上げちゃマズいですよね……稲田センセ?」


 何故かミポリンが焦りながら、桃花との写真撮影について俺にお伺いを立ててくる。


「いや、今回は連盟とスポンサー様とのお仕事だからな。むしろ、ジャンジャン宣伝してくれるとありがたいですな」


 俺に成り代わり北野会長がゴーサインの返事を出しているので、問題ないようだ。


「じゃあ、私が撮ってあげるね」

「ケイちゃん。私のスマホでも撮って。私のSNSでも是非写真上げたいから」


 何故か先程とは打って変わって乗り気の姉弟子がスマホを構える。


「はい2人共、顔寄せて。はい、カワイイ~」


 姉弟子ノリノリだな。

 まぁ、おっさんと一緒の写真より、女の子同士の写真の方が華やかだから無理からぬことか。


 しかし、ミポリンは、先ほどより心なしか引き攣った笑顔で、桃花とのツーショットの写真を撮っているのが謎だ。


「ありがとうございました……ではまた後程、本番で……」


 そう言って、テンションが何故かだだ下がったミポリンは、俺たちに挨拶を終えると、そそくさと楽屋へ戻って行ってしまった。


「し~しょ~~うぅ~~」


 ん? ミポリンの姿が見えなくなった途端に、後方からプレッシャーが……


「な、なんだよ桃花」

「私というものがありながら、芸能人相手にデレデレしちゃって……」


 振り返ると、桃花が腕組みをして仁王立ちしている。


「デレデレなんてしてな」

「い~~え、してました! 」


 俺の答えを、被せるように即座に否定する桃花。


 あの……俺、君の師匠だよね?

 なんで、人前で師匠のこと叱るん?


「そもそも、私というものがありながらって何だよ。奥さん気取りかお前は」

「師匠に悪い虫がつかないようにするのは弟子の責務だからです」


「いや、師弟逆だろそれ。っていうか、ミポリンを悪い虫扱いって失礼すぎだろ。ちゃんと将棋のことも勉強してる良い子じゃん」


「早速騙されちゃって、師匠ったらホントちょろいんだから……ケイちゃん。先ほどの、ミポリンとのツーショット写真をすぐに、牽制のために私のSNSにアップしてください」


「合点招致」


 桃花のスマホを預かっていた姉弟子が、スマホをタタッと操作する。


「……ん? SNSにさっきのミポリンと桃花の写真を上げることが、なんで牽制になるんだ?」


「それは、この後のコメント欄見てれば解るよ」


 そう言って、SNSに上げた画面を姉弟子が見せてくる。


 投稿は、『これから生出演です。観てね』という番組の宣伝で、合わせて共演者であるミポリンとのツーショット写真が添えられている。


 すると、投稿したばかりだというのに、いいねとコメントが爆速でつく。


『何この桃源郷! 最高か!』

『今日は非公式対局のイベント生配信で桃花ちゃんが出演するんだもんね。絶対観なきゃ』


 うんうん。

 しっかり番組のPRになってるな。


 しかし、これが何でミポリンへの牽制になるんだ?


『桃花ちゃん顔ちっちゃ! ミポリンだってアイドルなのに、それより更に小顔ってヤバいね!』


『ミポリンも20代半ばにしては頑張ってる方だけど、さすがに現役JCのプルプルお肌には負けるね』


『これ、桃花ちゃんはノーメイクだよね? 顔のパーツはっきりしてんな』


『観たところ、レタッチとか何も写真の画像修正してなさそうだね』


『これはミポリン公開処刑やん』



 あ……


 俺は、SNSの反応を見てようやく理解した。

 それで、ミポリン。あんなに桃花と写真撮るのに尻込みしてたんだ。


 っていうか、ミポリンって可愛く見えたけど、俺と同年代なんだ……



「おま……桃花、やり方がえげつねぇよ」


「師匠をたぶらかしたから悪いんです」



 俺は呆れたように、桃花の方を見やると、ツーンとした桃花がそっぽを向く。


その様子を、姉弟子や会長たちは、苦笑いしながら見つめていた。


ブックマーク、評価、感想よろしくお願いいたします。

励みになっております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 女同士のさや当てって怖いw まあ、20過ぎると肌のきめが変わる、って昔女の子の写真を良く撮っていた人が言ってもしたからねえ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ