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海姫  作者: 乱 乱太郎
8/14

8話 今

この話は再投稿となっております。

ご了承ください。

 僕は、季節の中では冬が好きだ。雪が降るから。僕の上に降る雪は、金平糖のようにキラキラしていて、甘ったるい。

 吸っているタバコの上に雪が落ちる。吐き出した息が白くなる。……これタバコの煙かもしれないな。


 僕はさっさとタバコを携帯灰皿に入れ、火種を潰す。「(みぞれ)か……」僕は言いながら、手の平を天に向ける。霙とは、雪と雨が同時に降ること。

 手の平に乗った雪を見ながら、物思いにふける。


 今朝は散々だった。朝から隣人の怒号が聞こえてきたのだ。憂鬱な気持ちで、海浜(ここ)に脱出してきて、今に至っている。


「や」


 後方から急に声をかけられる。振り返ればそこには、小夜(さよ)がいた。「こりゃどうも」と無感情に返す。

 取り敢えず行こうかと言い、二人で歩き出す。すると小夜はこちらを向いて


「変わらないね」


と突然そう言った。僕は「何が」と変わらず冷たく返す。


「君だよ」


 今となっては嫌な視線――昔の()は妖艶だと感じていたようだが――を小夜は僕に向けている。所詮はまがい物であり、出来損ないなのだ。似て非なるもので、失敗作。

 僕は軽く睨んで、まるで興味がないという風に前を向く。興味がないのは本当だ。好意も嫌悪もない。たまに会う知り合い程度の関係だと思っている。


藤井(ふじい)くんは?」


「来ないよ」僕がそう言うと小夜は「騙したなあ!!」と叫んだ。藤井を誘っただなんて、一言も言っていない。僕はその旨を小夜に伝えた。

 すると、そんなの聞いていない!と怒り出した。だか、それも一瞬。すぐに二人共沈黙する。束の間の昔だったのだ。

 高校時代のような会話を噛み締めながら、一歩一歩を大事そうに歩いた。



 向かう先は森の神社である。



「寒いね」と、こちらを見ながら小夜はそう言う。

「学習しましょう」呆れたと僕は言う。


 そのまま無言で、海浜に続く道を歩いた。



――1992年 12月17日 木曜日


「いいんですか?学校サボって森の川(こんなとこ)きちゃって?俺知りませんよ?明日は先輩一人で怒られてくださいねっ、と」


 平たく加工されたような、段々に積まれた岩を下っていきながら、俺はそう言うと、先輩はケロッとした顔をして言った。


「?…連帯責任にならない?こういうのって。……私もあんまりしないし、よく分かっちゃいないけどね?明日怒られるかもしんないんなら、明日もサボっちゃおう!」


 ふざけたことを言いながらも、着々と川に近づいていく。サラサラと流れる川に映るのは、俺の不安に歪まされた顔と、心の底から楽しんでいる子供のような先輩の顔だけだ。

 空は快晴。雲一つない、澄み切った空だ。


「にしても、何で森の川に来たんですか…」


 軽く息を切らしながら聞いてみる。まともな回答が返ってくるとは思っていない。

 すると先輩は猫のような瞳をぎゅるんとこちらに向け、ふふふと不気味な声を漏らしながら答えた。


「たまにサボってくる川は楽しいだろう?そういうことさ!」


「俺は、サボって来た川楽しい!って気持ちより、明日学校に行ったとき、担任になんて言われるんだろう…っていう不安が勝ってますけど。どういうことすか」


 じとーっと俺に見つめられるのが耐えられないのか、川の向こう岸にすがるように見ている。罪悪感あるならなんで俺にここに来ることを強制したんだよ…



―――巻き戻すこと約2時間前…


「たのもー!たのもぉー!」と大声を出しながら朝の一年の教室に入ってきたのは、もちろん先輩である。

 俺に用があったのか、ズンズンとこちらに向かって歩いてくる。すると先輩は「ちょっといいかな?」と俺に言い、首根っこをくわえられた子猫のように、俺は先輩に物凄い勢いで手を引かれ、連れて行かれた。


 その後、俺は先輩に森の川を見に行こうと言われた。「いつですか」と聞けば「今」と返ってきたり、本当にむちゃくちゃな麗人(ひと)だと改めて俺は感じていた。日頃から常々感じてはいたが、やはり実際に経験すると違うことを理解する。冬休みが近いというのもあるかもしれないが。


 10分ほどで、学校を脱出。1時間強歩き続けて、今に至る。この人はきっと、体力が学年ぶっちぎりの最下位の俺のことを舐めている。ぶっちぎりの名は伊達ではないのだ。

 そんなことを先輩に伝えると「そんなの、誇るようなものじゃないと思うよ……ほらっ、さっさと歩く!」と一蹴されてしまった。


 少しすると、何の変哲もない川が見えてきた。今までは川に沿って歩いていなかったようだ。妙に見当たらないなとは思っていたが。


 そんなこんなで、今に至っている。


「……ぁー!!」かろうじて行く途中、自販機で買えた麦茶を飲む。明日、どう担任に説明するか……そんなことを考えながら、岩をかき分けるように進んでいく。


「川に沿って上流の方に上ってますけど、どこに向かってるんすか?」俺がそう言うと、先輩は「それを聞くのは野暮ってもんよ……」と、歴戦の猛者のガンマンのように声を低くして言った。


「はぁ……」そう思いつつ、俺は諦めて歩き続けた。


「口に出てるよ。黙って歩きな」


という女王のような命令への思いも含めての、心の底から湧き出た言葉だった。

読んでいただきありがとうございます。

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