8話 今
この話は再投稿となっております。
ご了承ください。
僕は、季節の中では冬が好きだ。雪が降るから。僕の上に降る雪は、金平糖のようにキラキラしていて、甘ったるい。
吸っているタバコの上に雪が落ちる。吐き出した息が白くなる。……これタバコの煙かもしれないな。
僕はさっさとタバコを携帯灰皿に入れ、火種を潰す。「霙か……」僕は言いながら、手の平を天に向ける。霙とは、雪と雨が同時に降ること。
手の平に乗った雪を見ながら、物思いにふける。
今朝は散々だった。朝から隣人の怒号が聞こえてきたのだ。憂鬱な気持ちで、海浜に脱出してきて、今に至っている。
「や」
後方から急に声をかけられる。振り返ればそこには、小夜がいた。「こりゃどうも」と無感情に返す。
取り敢えず行こうかと言い、二人で歩き出す。すると小夜はこちらを向いて
「変わらないね」
と突然そう言った。僕は「何が」と変わらず冷たく返す。
「君だよ」
今となっては嫌な視線――昔の俺は妖艶だと感じていたようだが――を小夜は僕に向けている。所詮はまがい物であり、出来損ないなのだ。似て非なるもので、失敗作。
僕は軽く睨んで、まるで興味がないという風に前を向く。興味がないのは本当だ。好意も嫌悪もない。たまに会う知り合い程度の関係だと思っている。
「藤井くんは?」
「来ないよ」僕がそう言うと小夜は「騙したなあ!!」と叫んだ。藤井を誘っただなんて、一言も言っていない。僕はその旨を小夜に伝えた。
すると、そんなの聞いていない!と怒り出した。だか、それも一瞬。すぐに二人共沈黙する。束の間の昔だったのだ。
高校時代のような会話を噛み締めながら、一歩一歩を大事そうに歩いた。
向かう先は森の神社である。
「寒いね」と、こちらを見ながら小夜はそう言う。
「学習しましょう」呆れたと僕は言う。
そのまま無言で、海浜に続く道を歩いた。
――1992年 12月17日 木曜日
「いいんですか?学校サボって森の川きちゃって?俺知りませんよ?明日は先輩一人で怒られてくださいねっ、と」
平たく加工されたような、段々に積まれた岩を下っていきながら、俺はそう言うと、先輩はケロッとした顔をして言った。
「?…連帯責任にならない?こういうのって。……私もあんまりしないし、よく分かっちゃいないけどね?明日怒られるかもしんないんなら、明日もサボっちゃおう!」
ふざけたことを言いながらも、着々と川に近づいていく。サラサラと流れる川に映るのは、俺の不安に歪まされた顔と、心の底から楽しんでいる子供のような先輩の顔だけだ。
空は快晴。雲一つない、澄み切った空だ。
「にしても、何で森の川に来たんですか…」
軽く息を切らしながら聞いてみる。まともな回答が返ってくるとは思っていない。
すると先輩は猫のような瞳をぎゅるんとこちらに向け、ふふふと不気味な声を漏らしながら答えた。
「たまにサボってくる川は楽しいだろう?そういうことさ!」
「俺は、サボって来た川楽しい!って気持ちより、明日学校に行ったとき、担任になんて言われるんだろう…っていう不安が勝ってますけど。どういうことすか」
じとーっと俺に見つめられるのが耐えられないのか、川の向こう岸にすがるように見ている。罪悪感あるならなんで俺にここに来ることを強制したんだよ…
―――巻き戻すこと約2時間前…
「たのもー!たのもぉー!」と大声を出しながら朝の一年の教室に入ってきたのは、もちろん先輩である。
俺に用があったのか、ズンズンとこちらに向かって歩いてくる。すると先輩は「ちょっといいかな?」と俺に言い、首根っこをくわえられた子猫のように、俺は先輩に物凄い勢いで手を引かれ、連れて行かれた。
その後、俺は先輩に森の川を見に行こうと言われた。「いつですか」と聞けば「今」と返ってきたり、本当にむちゃくちゃな麗人だと改めて俺は感じていた。日頃から常々感じてはいたが、やはり実際に経験すると違うことを理解する。冬休みが近いというのもあるかもしれないが。
10分ほどで、学校を脱出。1時間強歩き続けて、今に至る。この人はきっと、体力が学年ぶっちぎりの最下位の俺のことを舐めている。ぶっちぎりの名は伊達ではないのだ。
そんなことを先輩に伝えると「そんなの、誇るようなものじゃないと思うよ……ほらっ、さっさと歩く!」と一蹴されてしまった。
少しすると、何の変哲もない川が見えてきた。今までは川に沿って歩いていなかったようだ。妙に見当たらないなとは思っていたが。
そんなこんなで、今に至っている。
「……ぁー!!」かろうじて行く途中、自販機で買えた麦茶を飲む。明日、どう担任に説明するか……そんなことを考えながら、岩をかき分けるように進んでいく。
「川に沿って上流の方に上ってますけど、どこに向かってるんすか?」俺がそう言うと、先輩は「それを聞くのは野暮ってもんよ……」と、歴戦の猛者のガンマンのように声を低くして言った。
「はぁ……」そう思いつつ、俺は諦めて歩き続けた。
「口に出てるよ。黙って歩きな」
という女王のような命令への思いも含めての、心の底から湧き出た言葉だった。
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