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海姫  作者: 乱 乱太郎
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5話 彼岸花のような赤い血

 放課後「なあ!」と部室に行く準備をしている俺の机に走り気味で向かってきたのは、藤井(ふじい)。クラスの同級生だ。


「海姫伝説って知ってるか!?」と興奮気味に藤井は聞いてきた。俺は流行にはてんで興味はないので、「知らないけど」と答える。


「じ、じゃあ!今から説明するけどいいか!?」


「落ち着けよ。…分かった、説明してくれ。そこまで興奮気味に言われると逆に気になってきた」


「わ、分かった。じゃあ、行くぞ」俺は「早くしろよ」と藤井を急かす。


「海姫伝説、はじまりはじまり〜。とある海辺に村がありました。この村ってのは、大昔のこの街のことなんだけどな?んである日、その村に、それはそれは美人な18の女の旅芸人がやってくる。その美人さんは、元々江戸で芸人をしていたんだが、海を見に行くために、旅を始めたらしい。」


「ほん」


「その村は、ずっと津波に悩まされていた。それで、その村の人は、海が怒っている、と考えたんだ。そんなときに18歳の生娘――多分――がきた。」


「…まさか……」


「いや、その村の人たちは、その娘を海の巫女、海姫として、村に迎えたんだよ。それで、その娘は、その村で一生を過ごし、今この現代にも、その娘の家系は続いてるらしい」


 なんだ……。正直俺はそう思った。てっきり生贄にでもされたのかと思った。


「ふーん。んで、お前が伝えたかったのはこれか?」失望した、というふうに、俺はそう言った。


「いや、ここからが本題だよ。実はな、その娘は、子を身ごもった後、村人たちが海に飲み込ませて、殺したらしいんだよ。歴史がひん曲げられてたっつー話」


「なるほどね。……それを俺にどうしろと?」


「いや?一緒に調べてくんねーかなー?って」


 図々しい。勝手に話をした上………いや、許可はやったな。とにかく面倒臭いことには関わらないが俺の座右の銘なんだ。これから生きていく方針は悪いが変えられない。無理だな。


「無理だな」


「なぁんでだよぉ!!面白そうじゃん!!海姫伝説ぅ!」


「メンドクセーんだよ」と藤井が近づけてきた顔を、手で引き剥がしながら嫌な顔を作る。


「頼む!このとーり!」


 藤井はそう言いながら、正座をしながら手を頭のあたりで合掌し、タノム〜タノム〜と呻いている。人に面倒事を押し付けようとしてることに気がついていないのか?いやでもさっき言ったしな……

 こういう面倒事は、分散じゃなく分担だ。半分ずつ丸太を担ぐんじゃなくて、一本ずつ丸太を担ぐ。そんな感じの状況なのだ。


「嫌だ」「頼む〜!」「嫌だ」「頼む!」「嫌だ」「頼む〜」とエンドレスに会話を続けていた。

 ずっとこの会話を続けていても埒が明かない。そう俺は思い、急に席を立つ。


「……じゃ!」


 バック片手に走り出す。部室に向かって一直線に俺は全力で走った。と言っても、俺の全力なんて知れてるわけだが。

 いや、俺は体力がないだけで、50m走は7.3秒だったりする。持続力がないだけで、俺は案外足が速い。


 その足を俺はフル活用し、全力で走り出す。


「――っ先輩っ!」


 ガラガラと扉を開けながら、先輩に声をかける。今までの経緯を、先輩にところどころ端折りながら話した。


「うん、うん。うー、…まあ、机の下とかに隠れなよ。私も協力するから」


「ありがとうございます!」


 俺はそう一言だけ返し、机の下に隠れた。その数十秒後、藤井がやってきたが、先輩が追い払ってくれた。

 先輩はいるだけで魔除けの札代わりになるのだ。


 二年生の美人だけど周りから嫌われてる人。というのが俺たち一年生の認識だ。仲良くしてるやつが少ない俺でも、話を聞いたことがある。

 だから魔除けの札なのだ。



 ぷかぷかと煙が空を泳いでいる。僕が吐いた煙が、空を泳いでいる。


(うまいな)


 海辺でタバコを吸いながら僕はそう思った。海辺で吸うタバコは格別にうまい。昔のことも色々思い出すからなのだろう。

 小夜(さよ)とのデートや……海姫伝説。あれを言い出したのは……藤井………だったろうか。ならば一生許すことはないだろう。

 いや、誰も悪くない。あの場で悪かったのは()だけだ。


―――なんで?なんで手を引いて助けてくれないの?


 雨の降っている海辺で、俺に放った一言は、一生忘れることのできない呪縛となった。あの時の悲しそうな、心底失望したような表情は、今でも思い出せる。


 海姫伝説の真相は、そこまで愉快なものではなかった。他人事で済ませられれば、それでよかった。でも、他人事では決してなかった。

 僕も深く関わってしまっていた。出来ることなら逃げ出したかった。すべてを放り投げて、外の世界を遮断して、布団にくるまりたかった。


 温かいと思いながら、夢への切符を車掌に見せて、"しあわせ"に向かいたかった。


 でも結局、そんな事はできなくて。


 だから、あの日、小夜に見せられた、彼岸花のように赤い鼻血だけ、忘れてしまった。

読んでいただきありがとうございます。

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