3話 デート
あの日は、午後からひどい雨が降った。小夜と僕は、近くにあったコンビニに駆け込み、傘を買った。
傘を打ち付ける雨。雨が降ったからなのか、少し肌寒く、息を吐くと、白くなるほどだった。
あんなにいた人混みも、今では半分以下ほどしかいない。
午前はファミレスで食事をとり、街中を散策していた。そんな中降った雨だった。
晴れますかね。と僕。晴れないだろうね。しばらくは。と小夜。
自然と会話は少なくなり、ただ、どこに向かうかも分からぬまま歩いていた。
「先輩は、雨、嫌いですか?」何気なく僕は聞いた。
「いや。むしろ好きだよ」
小夜はそういった。どんな意味が含まれていたかだなんて、その時は考えなかった。でも、今なら分かる。
雨が降っていたら、何か、何故か気分が暗く、嫌になる。気が滅入る。
でも小夜の本質は、ずっと暗くて嫌で、気が滅入っていた。雨なんて関係なく。
だからそんな、人と同じになれる雨が好きだったんだろう。人と違うのはとても怖いから。違うのが怖くない、そんなことを言う人も、どこかでは同じ人と談笑している。
でも小夜は、小夜だけは違った。小夜の深淵だけは、同じ人なんていなかった。
「先輩、海、見に行きます?」
「…うん」
微笑だった。子猫や子犬に向けるような。それも僕に向かってではなく、地面に。何か、憂いを帯びた表情だった。
それから僕は、ただ黙々と歩き続けた。ただの一度も歩みは止めなかった。
パラパラ、パラパラ、パラパラ、パラパラ、パラパラ
傘を打ち付ける雨の音だけが耳に残っている。喧嘩をしたわけでもないし、何かがあったわけでもない。何もなかったのだ。何も。
だからこその、沈黙。
沈黙と静寂は違う。沈黙は意図的であり、能動的と言って良い。静寂は自然に生まれるもの。例えば、木々のゆらめき、鳥の声。そういった自然の声だけが聞こえている状況を、静寂というのだと僕は思う。
海が見えてきた。大雨の割には海は荒れていない。目の前までとはいかないだろうが、少し近寄る程度なら出来るだろう。その程度だった。
辺りはどんどん寒くなっている。さっきよりも吐いた息が白い。
小夜のほうを見ると、眼を濡らしていた。少し悲しそうな顔をした小夜は、一歩、また一歩、着実に確実に前に歩いていく。
頬は朱に染まっており、鼻も耳も朱く染まっている。首に巻いているマフラーも赤く、際立っている。
「どう、ですか?先輩が初めて海に来た感想は」
「このまま、飲み込まれてしまいたいな」ぼそっと、何かに呟くようにそう言った。
小夜はそのまま何かを待っているかのように、海の前に立ち尽くしている。
「……先輩?」
疲れ切った。そんな言葉が似合う声で、話しかけた。消えかかっているような声で。
返事はない。
「―――っ。帰ろうか」突然小夜は僕の方を向き、一言だけそう言った。
―――月曜日 放課後 写真部の部室にて。
「先輩、土曜、どうでした?」
「んー?どうって?」
「楽しかったですか?ってことです」
「ん。まあね」
曖昧であやふやな返しをされてしまった。まあいい。俺はいつものように雜誌を広げる。
この雑誌には、秋料理の簡単レシピが書いてあった。今の季節は冬であり、雑誌も昔のものだから、役に立つことは今のところないだろう。
「晨君」
「はい」急に呼ばれたから驚きはしたが、俺は態度を崩すことなく、返事をした。
「…また、行こうね、海。今度こそ、晴れの日に」
ついこの間地面に向けられていた微笑が、今は俺に向けられている。この微笑が何を意味しているのか。俺にはさっぱり分からなかった。
「……はい」
何かの力に引っ張られたかのように、気づけば返事をしていた。
はたしてそれは魅力か、妖力か。
また誘ってくれるってことは、楽しかったってことになるのだろうか。でもそれは俺の理想だし、全く別のことが目的で、先輩は俺を誘ったのかもしれない。
俺のことを良く思ってくれているのは間違いないだろう。
季節で言えば、俺は春が一番好きだ。新しい出会いとか、そんな下世話な話じゃなく。桜は春にしか咲かないから。
桜の樹の下には、その妖艶な美しさから、死体が埋まっている。という話がある。その死体は、猫なり、犬なり、蟲なり、人なり。
生命を吸って生えているから、人を惑わせるような美しさがあるのだと。
桜がそうなら、人の美しさも、なにかの生命を吸っているのだろうか。先輩も、そうなのだろうか。
なんて、幻覚じみたことを最近よく考える。何か、精神にストレスがかかっているのだろうか。無意識の内に。
この間の先輩とのデートからだ。プレッシャーがかかっていたから、そこからだろうか。
あのデートはまるで、そうまるで、
鬱の結晶体のようだった。
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