2話 艶
「なにさ、じぃーっと見て」
「見てないですよ?」
見てない見てない。うん。俺は見てなかった。なんとか平静を装おうと、心を落ち着ける。顔も赤くなっている気がする。
「うん。見てない」
「ほんとかにゃー?」
ゔっ。
「見てましたごめんなさい」
素直なのが一番だな。
「そう」
案外速く先輩が引き下がったので、俺は今度こそ雑誌をちゃんと読む。雑誌には、今年の運勢やら、ファッションやらが載っている。
が、だいぶと前のものなので、読んでも意味はない。パラパラーっと適当に読み流していると、先輩が雑誌から目を離し、
「素直でよろしいっ」
弾けるような笑顔で言い忘れていたかのようにそう言い、先輩は雑誌に目を戻した。くそ……。
不覚にもドキッとしてしまった。先輩たちが惹かれる気持ちも分かるような、分からないような。
「ねぇ」と急に先輩が話しかけてきた。俺は先輩に「はい」と答える。すると先輩は、今週末海に行かないか、と言った。
「いやね、ここ、海に近いのに、私まだ行ったことないんだよ」
「珍しいですね。ホントに海すぐそこなのに」
歩いて30分、走れば17分、車でだいたい7分といったぐらいで、本当にすぐそこに海がある。俺も暇になったら眺めに行く。
その程度の近さなのだ。学校の窓開けてたら、潮風が吹いてくる。中学の頃は、そんな潮風の中、外で弁当を食っていた。やはり、潮風は気持ちがいいので、実に穏やかな気分で、毎日昼食を食べていた。
「でも、なんで」
「ん?」と先輩が返す。その視線は何か妖艶で、どこか艶めかしい。
「なんで俺を誘うんですか?それとも他の人もくるんですな?」
「いいや、晨君と私の二人きりだよ。誘った理由は、…晨君だから。君はなかなか信用できる男だよ。これは誇って良いことさ」
二人きり…つまり俺と先輩だけということか。……なんか嫌な予感するんだよなぁ。
そういえば、物より経験にお金を使うほうが良いというけれど、結局あれってどっちなんだろうな。俺は基本、本とかにしか金は使わないけど。
閑話休題。まとめると、今週末に海へ先輩と二人きりで出かけることになった。何をするかとか、細かなことは後日に決める。と。
せっかくなら、海以外も楽しみたいな。先輩ともう二度とないであろう、デートだ。(多分)
そんなことを考えている内に、あることに気づく。
「先輩、冬の海って寒いんですけど、そのへん大丈夫ですか?」
「えっ?ホントに?…うーん。大、丈夫、だよ」
こういうのは大体だいじょばないのだ。…定石?
そのあと、俺と先輩は細かいことを相談しながら決めていき、着々と準備は進んでいた。
土曜の10時に駅前集合。その後のプランは俺に任せてもらった。4時に夕日と一緒に海を見る、という旨だけは伝えた。実質ノープランに等しいが、なんとかなるだろう。
実際、土曜日までは、時間もある。今日は火曜日。考える時間にしては十分、いや十分すぎると言って良い。
こんなふうに豪語してみせたが、俺にデートの経験はない。先輩にいい顔したいだけなのだ。
「…なんかあったら、公衆電話から連絡するんで。あ、番号教えてもらっても…?」
恐る恐る言うと、先輩はくすりと笑って「いいよ」と答えた。そして俺は、自然な流れで先輩の番号をゲットした。
残念なことに、携帯電話というのは現在、レンタル制なのだ。レンタルしてまで欲しいとも思わないし、使う相手も特にいない。
ポケベルで連絡しようと思っても、送信ができない。ポケベルは受信しかできず、送信するには確か、公衆電話かなにかを経由しないと出来なかったはずだ。
…連絡する相手がいないので分からない。家族間でも、俺は送信しないし。
ポケベルみたいな受け身の人生……。
―――土曜日 9時40分 駅前。
「はやく来すぎたかな…」俺は誰に言うでもなく、虚空へと言い放つ。
待ち合わせの時間まで後20分。身動きが取りづらい、微妙な時間だ。駅の近くにベンチがないか探し、座った。
駅前というのは、やはり便利だ。コンビニもある。飲食店も。こういうの何で言うんだっけ?花魁道中?まぁいい。
ふぅと軽くため息をつき、周りを見渡す。まだ先輩が来る様子はない。
先輩が来るまで本でも読もうと、肩にかけているバッグを膝上に置き、本を取り出した。
俺は明るい小説よりは、薄暗い小説のほうが好きだ。何ていうか、ジメジメした感じ。
「やっ!」本を読んでいる内に、いつの間にか先輩が目の前に来ていた。
とりあえず、「どうも」と俺は返す。
本をパタリと閉じ、バッグにしまった。
立ち上がり、深呼吸をする。
「行きましょうか」
「うん」
やはりどこか艶めかしい眼を向けられながらも、俺は歩き始める。
九尾みたいだな。俺はどこかそんなふうに感じていた。
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