11話 いつかのあなたへ
―――茂みの中をただ歩き続ける。服には、枝やらなんやらが引っかかって穴だらけになっている。服と同様、肌も傷つけられている。精神も摩耗しており、とてもじゃないが、正常とは言い難い。
息が切れても、精神が擦り切れても、たとえ肌を切り裂かれようとも、歩みを止めることは出来ない。遠い過去へと想いを馳せ、それでも、それだからこそ、歩みを止めることはない。
その瞳は明後日の方向を向いている。全てを投げやったような、そんな失望感を感じる生気のない瞳。ただただ前を向いている。失望感に上書きするように。口の中は乾いており、ろくに食べ物も口にしていない。
きっと、どんな風が吹いても、雨が降っても、雪がちらついても、何も変わりはしないのだろう。
ずっと一人で、失望感を背負って歩き続けるのだろう。彼は地獄に生きている。
何があっても満足しなさそうな、薄気味悪い、表情を張り付けたようなその顔は、ピクリとも動かず、燦々とした過去へと想いを馳せていた―――
――1993年 1月3日 日曜日
窓の雨粒の中にある景色を眺める。今日は警報並の大雨が降っている。昨日までの晴れ晴れとした空が嘘かのように、雨は空からゴウゴウと音を鳴らして落ちてきている。
「後1週間もすれば、冬休みも終わりか……」
ふと思い、誰もいないリビングで呟いた。両親は同じ職場で働いており、今日、両親は雨で来れない同僚だかなんだかの分の仕事もするために、会社へと赴いているらしい。両親が呼ばれたのは、多分家から会社への距離が短いからだろう。
俺の冬休みの課題はもう終わっている。だからこそというか、時間がすり減っていくのをひしひしと感じる。リビングには時計の秒針が進む音が鳴り響いている。
親戚の集まりもなんとか無事終わり、一日たった。生憎予定は何一つない。することと言えば、学業の予習復習といったところだろうか。改めて止まりそうもない雨が振り続ける外を眺める。
ふと立ち上がり、キッチンにある冷蔵庫の冷凍庫を開け、林檎を取り出す。乙女の頬の如く赤い色をしている林檎は、いまにも齧りつきたくなるほどだ。
件の林檎を一口サイズにひし形切りにし、皿に軽く盛り付け、テレビの前にあるこたつの上に置く。誰かが見ているわけでもなく、誰かに振る舞うわけでもないが、形というのは大事である。
シャリシャリと音をたて、林檎を食べる。こたつの温かさをじんわりと感じながら、雨は良いものだ、と思う。
雨が好きだ。梅雨とか時雨とか秋雨とか。特に夏の雨には何か心にくるものがある。俗に青春と言われるものを感じているのかもしれない。
林檎を食べ終わったところで、机に突っ伏す。液体のようにとろりと身体が溶けて、窓の隙間から外へ出て雨と混じる。そんな妄想をする。したところで本当にそうなるわけではないし、意味があるわけでもない。
それでも、俺は意味のないことにも、意味があると思う。矛盾している話だが、心からそう思っている。明日の話、友人との会話、他愛もないと言われることにこそ、大切なものがつまっているのだと思う。
それと俺の妄想に因果関係があるかと言われれば、なんとも言えないが。
ため息を吐き、リモコンを手に取り、テレビを点けた。うちのテレビは36型と言うやつで、それなりに大きく、面積体積をともにとってしまう。だから俺はあまり好きではないが、最近のものではあるらしい。
ふと気になってテレビを点けたはいいものの、日頃からテレビを見ないため、どの番組にすればいいかが分からない。色々と迷い始めたところで俺はテレビを消した。
雨はまだ止まない。
何を思ったのか、俺は上着を軽く羽織って、外へ出る準備をした。リビングの電気は点けたまんまで、玄関に置いてある傘を取り出す。鍵を開けて出たそこは、普通にめちゃくちゃ大雨だった。まあ窓から見てたから理解はしていたけど。
眺めるのと実際体験するのとでは、大きな差があると改めて実感できた。
軽く息を吐いただけで、息が白く染色されるほど寒い。俺はそんな寒い外へ傘をさし、歩みだした。
バシャバシャと音を立てて歩く。スニーカーしか持っていないため、すぐに靴に水が入ることを予測し、一応タオルはバックに詰めて持ってきている。
単なる好奇心だけで外へ出てしまったために、目的地が定まっていない。足をゆっくりと進め、どこに行くか、選択肢を絞る。
喫茶店、駅前、海辺、本屋、この四つまで絞ったところで、道の分岐点へと辿り着いてしまった。右は喫茶店と駅。左は海辺と本屋。俺は日頃からあまり行かない左を選んだ。
その後、大雨のため海辺は立入禁止と書かれている看板を見かけたため、俺は本屋へ行くことにした。
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