追放された先で③
ジン・クロード。
年齢は殿下より一つ年上の二十三歳。
幼少期から殿下の護衛になるため訓練を積んでいる。
貴族であり騎士でもある彼は、常に腰に剣を装備していた。
殿下よりも高身長で、短い髪にさっぱりした性格の彼は、すぐにこの状況にも馴染んでいた。
「大変だったな。本当にいいのか? うちはスパーク王国より大きくないが、聖女が来てくれたと知ったら、国民が押し寄せるぞ」
「構いません。求められることは、素晴らしいことです」
「真面目だな」
「そうやってスパーク王国では無理をしていたんだろ?」
殿下が私に問いかける。
ハッキリと答えられないけど、実際そう思っていた。
休みたくても休めない。
聖女が苦しい表情をしている姿なんて、誰にも見せられなかった。
殿下は私に言う。
「うちでは無理はしなくていい。休みたい時は休んでくれ」
「だな。元々聖女がいない国だったんだ。数日休んだところでダメになるほど、うちの国民は弱くないと思うぞ」
「ああ、むしろ遠慮するかもしれないな」
「遠慮、ですか?」
「聖女様の手を煩わせるなんて申し訳ない。そう思う人がいるって話だ」
殿下はそう言ってくれたけど、私には信じられなかった。
毎日押し寄せ、減ることのない相談者を見てきているから……。
「イリアスはうちで暮らすんだろ? だったら彼女にも相談したほうがいいんじゃないか?」
「そのつもりだ」
彼女……?
「悪いが呼んできてもらえるか?」
「ああ、ちょっと待っててくれ。イリアスも、すまないが待っていてほしい」
「はい。わかりました」
一体誰のことを話しているのだろうか。
ジンさんは一人で応接室を出ていく。
残ったのは私と殿下だけ。
私は殿下に尋ねる。
「殿下、先ほど話にあった彼女というのは?」
「名前はシオン。俺とジンのもう一人の幼馴染だよ」
「もう一人の……」
「ああ。彼女はこの城でメイドをしてくれているんだ。同じ女性だし気が利くから、当面は君の補佐をお願いしようと思っていてね」
補佐……。
スローレン王国は初めてだし、勝手がわからないから教えてもらう人は必要だ。
有難いという気持ち半分、不安も半分。
どんな人だろうか。
女性というと彼女、義姉であるマリィさんを思い浮かべてしまうから、あまりいい印象がない。
ただ、彼らの幼馴染というなら心配はいらないのだろう。
二人の仲の良さを先に見ているから、不安は少しだけ和らいだ。
そして、扉が開く。
「お待たせ。つれてきたぞ」
「失礼します。お呼びですか? アクト様」
「ああ、紹介するよ。彼女がシオンだ」
現れたのは黒髪にメイド服を着た小柄な女性だった。
身長は私よりも低く、少し幼さが感じられる容姿で、一言で表現するなら……お人形のようだ。
視線が合う。
「あなたがイリアス様ですね」
「――!」
彼女も私のことを知っている?
「来る途中に軽く説明はしておいたぞ」
「助かるよ。何度も説明すると、イリアスにも迷惑だからな」
「いえ、そんなことは……初めまして、シオンさん。イリアスです」
「はい、初めまして。アクト様の専属メイドを任されております、シオンです」
「専属とはしているが、彼女には王城内での仕事の大半を任せているんだ」
殿下が補足説明をしてくれた。
メイドのシオン。
彼女も二人と同じ幼馴染であり、幼い頃から王族に仕える使用人の一族として教育を受けている。
年齢は二人よりも年下で、今年に十九歳になったばかりらしい。
私よりも一つ年下だった。
「シオン、君にはしばらく、彼女の補佐をお願いしたいんだ。頼めるか?」
「かしこまりました」
「ありがとう。シオンが一緒なら俺も安心だ」
「俺たちはずっと一緒にいられるわけじゃないからな」
と、ジンさんが肩の力を抜いて呟いた。
二人とも忙しい立場にある。
第一王子とその補佐なら、本来であればこうして暢気に話している時間すら勿体ないだろう。
私のために時間を作ってくれていると思うと、改めて申し訳ない気分だ。
「ありがとうございます。私のためにここまでして頂いて」
「まだ何もしていないぞ? むしろ俺たちのほうが貰うものが多い。聖女が来てくれたというだけで、安心感が違うからな」
「だよな。ちょうど時期的にもあれが流行るし、聖女がいてくれたら国民も安心するだろ」
「ああ、それに……」
唐突に、殿下が暗い表情を見せる。
その表情にジンさんが気づき、合わせるように言う。
「アクト、せっかく聖女の彼女がいるんだ。相談してみたらどうだ?」
「私もそう思います」
「ああ、そのつもりではいるよ」
「……?」
よく見ると、三人とも暗い表情をしていた。
何か悩みを抱えているのだろう。
それも個人ではなく、三人に共通する悩みがあると予想した。
殿下は真剣な表情で私を見る。
「イリアス、聖女として活動してもらうのは明日以降になる。だがその前に一人、君の力で見てほしい人がいるんだ」
「はい。構いませんが、どなたですか?」
この三人の誰か?
見るからに三人とも健康体で、どこも悪いようには見えないけど……。
殿下は言いづらそうに拳に力を込める。
「……俺の父だ」
「――! 殿下のお父様……」
つまり、スローレン王国の現国王。
殿下やジンさん、シオンさんの表情から読み取れるのは、不安と悲しみ。
「何かあったのですか? 国王陛下に」
「……ああ、父上は……病気なんだ。ずっと前から体調を崩している」
「そう……だったのですね」
知らなかった。
隣国の事情だから当然かもしれないが、仮にも国王が病に倒れていることを。
「案内しよう。話は歩きながらで構わないか?」
「はい。行きましょう」
こうして私たちは、国王陛下の部屋に向かって歩き出した。






