追放された先で②
「殿下、私は何をすればいいのでしょうか?」
「ああ、君にやってほしいのは、病に苦しむ人々の治療だ。場所はこちらで用意する。大聖堂ほど大きくもないし、綺麗でもないが」
「場所や環境は関係ありません。それだけでいいのですか?」
「それが一番大事なんだ。特に今の時期はね」
殿下は続けて説明する。
スローレン王国やスパーク王国には四季がある。
現在は秋だ。
私が知る前世の四季よりも環境の変化が激しく、秋から冬にかけて一気に気温が下がり、乾燥していく。
この変化に身体が驚き、体調を崩す人が多い。
実際、スパーク王国でも寒くなり始めるこの時期は、風邪や体調不良の方が大聖堂に多く足を運んでいた。
「スローレンでも、この時期は風邪が増えるのですね」
「ああ……風邪だけならよかったんだが、うちはただの風邪じゃないんだ」
「ただの風邪じゃ……ない?」
私は首を傾げる。
殿下は小さく頷き、続けて説明する。
「通常の風邪よりも高熱が出る別の病気が流行るんだ。感染力も高く、安静にしていれば治るというわけでもない。若者なら体力もあって耐えられるが、老人や子供は高熱で動けなくなってしまうほどだよ」
「それは……」
この時期に流行る病気で、風邪よりも厄介な病……。
心当たりがある。
私の前世でも秋から冬にかけて流行する病気があった。
毎年ワクチンを受けることを勧められ、それでも多くの人々が感染し、毎年死者が出る。
この世界でも、似たような病があるのかもしれない。
私は医者や薬師じゃないから、彼らほど病気に関する知識はない。
調べる技量も、必要もなかった。
「わかりました。病であるなら、私の祈りで回復させることができます」
「本当か!」
「はい」
どんな病でも、原因が不明でも、聖女の祈りなら治癒できる。
この力は治癒能力ではない。
奇跡を起こす力だ。
「いつから始めればいいでしょうか? 私なら今すぐにでも」
「いや、さすがにそこまで急がなくていい。国民にも一度説明しないといけないから、驚かせないように段取りは踏みたい」
「そう……ですか」
「ありがとう。本気で心配してくれるんだね」
「聖女ですから」
困っている人がいると知って、無視することはできない。
私の心は、どうしようもなく聖女の力に染まっている。
前世の私はこんなにも正義感が溢れ、前向きな性格じゃなかったのに。
過去の自分と今の自分を比べると、まるで他人みたいだ。
「スパーク王国からは長旅だったのだろう? 今日はゆっくり休んでくれ。大したもてなしはできなくて申し訳ないが、王城の一室を自由に使ってくれて構わない」
「ありがとうございます。それだけで十分です」
住むところを探そうと思っていたから、その問題が解決したのはラッキーだった。
まさか今度は、王城で暮らすことになるとは思わなかったけど。
「人生……何が起こるかわかりませんね」
「聖女イリアス?」
「イリアスで構いません」
「そうか。なら俺のことはアクトと――」
トントントン。
部屋の扉をノックする音に、殿下の声は遮られた。
私たちは扉のほうを向く。
「誰だ?」
「俺だ。殿下」
「ああ、ちょうどいい。入ってくれ」
「失礼する」
聞こえてきたのは男性の声だった。
淡々と扉越しにやり取りをして、扉が開かれる。
現れたのは高身長で細身の男性で、腰には剣を携えている。
服装からして貴族だろうか?
少し騎士っぽい服装で、雰囲気も感じるけど……。
「ここにいたんだな、殿下。見張りから誰か客人をつれて……」
彼は私と目を合わせ、固まった。
殿下は私を紹介する。
「いいところに来たな。彼女は――」
「スパーク王国の聖女、イリアス・ノーマン?」
殿下が紹介するより先に、男性から私の名前が聞こえてきた。
さすが隣国。
私の顔や名前は知られているらしい。
彼は目を丸くして、口をポカーンと開けて驚愕している。
「ど、どういうことだ殿下! なんで隣国の聖女様がこんなところにいる?」
「あー、それには事情があってな」
「まさかと思うが攫ってきたんじゃないだろうな! 無茶がすぎるぞアクト!」
「そんなわけないだろ! ちょっと落ち着け、ジン」
「落ち着けるわけないだろ? 聖女を攫うなんて国際問題……下手したら潰されるぞ!」
「だから違うって言ってるだろう! 話を聞け!」
あっという間に言い合いが始まった。
私は唖然とする。
王子と家臣……?
まるで気の知れた友人同士の距離感で、二人はごちゃごちゃと言い合っている。
彼は殿下のことをアクトと愛称で呼び捨てにしていたし、一体どういう関係なのだろう。
「イリアス! 君からも何か言ってくれないか?」
殿下からのSOSが聞こえる。
疑問はあるけど、今はそれどころじゃなさそうだ。
私はジンさんに微笑みかける。
「落ち着いてください。私はもう、スパーク王国の聖女ではありません」
「え? そう……なのか?」
「はい。これからはスローレン王国の聖女となります。どうかよろしくお願いします」
「あ、え? うちの聖女に?」
彼の頭の上に疑問符が浮かんでいるのが見えるようだ。
私から話をしたことで多少落ち着いてくれたらしく、殿下はため息をこぼして彼に説明した。
なぜ私がここにいるのか。
少し前まで話していた内容を、噛み砕いて。
「な、なるほど……そんなことがあったのか? 本当に?」
「ああ、俺も驚いたよ。スパーク王国が、そこまで腐っているとは思わなかった」
「お、おい、あまり他国の悪口は……いや、実際その通りか。本物の聖女を追放して、偽者で国民を騙すなんてありえない」
「ああ、いずれかならず天罰が下るだろうな」
二人の会話を聞きながら、私も同じことを思った。
天罰……。
彼らが欺いたのは人々だけではない。
聖女の名を、力を騙るということは……神様への裏切り行為に他ならない。
主よ、見ていますか?
もしも天罰が下った時、私はどうすればいいのでしょう。
「聖女イリアス様、取り乱してすまなかった。俺はジン・クロード。アクト殿下の護衛兼、補佐をしている騎士だ」
「初めまして、ジン様。私のことはイリアスとお呼びください」
「俺に様はいらないよ。ならイリアス、俺のこともジンと呼び捨てにしてくれ。かしこまられるのは苦手なんだ。話し方も敬語でなくてかまわないよ」
「いえ、私は普段からこうですので」
「そうか。さすがだな」
「ジンは昔から敬語が苦手だからな」
昔から……。
私は二人の距離の近さが気になって、質問することにした。
「お二人は仲がよろしいですね。とても主と家臣の関係には見えません」
「ああ、俺たちはいわゆる幼馴染なんだ」
と、殿下が答えてくれた。
幼馴染……。
続けてジンさんが話す。
「小さい頃から一緒にいる。その癖で時々、アクトが王子だってことを忘れそうになるよ」
「お互い様だ。というか、今さら畏まられても気持ち悪いだけだぞ」
「気持ち悪いは言い過ぎだろ! 俺だって他人がいる前では気をつけているんだからな?」
「ははっ、知ってるよ。ぎこちないがな」
二人は楽しそうに話す。
本当に、ただの友人のように。
私は微笑む。
「素敵な関係ですね」
「そうか? ありがとう」
「なんか照れるな。聖女にそう言って貰えるって」
殿下は笑い、ジンさんは恥ずかしそうに自分の鼻を触る。
素直に羨ましいと思った。
立場を気にせず、素の自分を見せられる相手がいることが……。
前世はともかく、今世の私は……少なくとも聖女になってからは、そういう相手ができない環境にいたから。






