追放された先で①
ここからが新規ストーリーです!!
聖女イリアスが追放されたスパーク王国の大聖堂。
そうとは知らずに今日も朝から、不安を抱える迷える人々が押し寄せてくる。
大聖堂が解放される時間になり、扉が開くと……。
「皆様、おはようございます」
「聖女様! ああ、今日もお美しい……」
「助けてください聖女様! 妻が病気になってしまったんです!」
「どうか落ち着いてください。順番にお話を聞かせていただきます」
聖女は微笑む。
彼女はイリアスではない。
マリィが変装しただけの……偽者である。
だが、誰も気づかない。
何もしていなくとも似ている容姿に、今は完璧な変装を施している。
違いは目の色くらいだが、多くの一般市民は気づけないだろう。
聖女は貴族や王族と同様に、見ることができる場面は限られている。
大聖堂に赴けば必ず会うことはできるが、毎日波のように人々が押し寄せ、実際に会話ができる時間は数分から十数分と短い。
病や不安、明確な目的がなければ会う機会はない。
一度や二度の対面だけで、変装を見破れるほど聖女を見ていない。
彼らが求めているのはいつだって、聖女が起こす奇跡だけだった。
「主よ、苦しむ者に救いの光を照らしください」
偽者の聖女は祈りを捧げる。
淡い光が彼女を包み、病に侵された身体を癒していく。
「これでもう大丈夫です」
「あ、ありがとうございます! 聖女様がいてくれると安心です」
「そう言って頂けて、私も嬉しいです」
傷を癒し、病を癒す光。
しかし、それは聖女の力ではなく、魔導具がもたらす治癒能力でしかなかった。
彼女は今、服で隠した首元に魔導具を装着している。
それは王国最高の魔導士が作り出した傑作。
聖女の力を研究し、それを疑似的に再現することができる唯一の魔導具だった。
この魔導具が完成したことを知っていたからこそ、彼らは聖女本人であるイリアスを陥れ、追放する算段を立てたのだ。
(ふふっ、聖女の役割なんて簡単ね? みんなころっと騙されてしまって、可愛いこと)
内心ではいやしい笑みを浮かべるマリィ・ノーマン。
共犯者であるライゼン・スパークロン王子は、彼女の様子を裏手で見守っていた。
初日からぼろが出て、偽者だとバレれば国家規模の大問題となる。
聖女はスパーク王国の象徴だった。
スパーク王国が現在、他の大国よりも頭一つ抜けた繁栄、規模を維持しているのは、聖女の存在が大きかった。
故にバレるわけにはいかない。
「この様子なら心配なさそうだね。父上にも報告しておこう」
そう呟き、ライゼン王子は去っていく。
今回の計画の発案者はライゼン王子だった。
聖女を追放し、偽者が聖女のフリをするなど大問題である。
だが、この計画には彼らだけでなく、王族や貴族の重鎮たちの意志も加わっている。
格式あるノーマン公爵家に聖女が誕生していれば、誰も疑問や不安を抱かなかっただろう。
なんのゆかりもない田舎娘が聖女になった。
それを間違いだと、気に入らないと思う貴族たちは多い。
国の代表である国王陛下ですら、聖女イリアスの存在に疑問を感じていた。
そう、この結果は総意である。
国民の意志を除いて。
その国民も、彼女が偽物だと気づくことはない。
すべては順調だった。
「今日も皆様に、主のご加護があらんことを」
彼女はこれから、聖女イリアスとして振る舞う。
できると思っている。
今日という日をきっかけに、彼女は自信をつけ、ライゼンも安堵してしまった。
だが、彼女たちは知らない。
勘違いをしている。
聖女の力は、単なる治癒能力などではないことを。
その存在が、王国の人々に大きく影響していたことを。
何より……彼女たちの行いは、神への冒涜である。
欺いているのは人々だけではない。
いずれ必ず、天罰が下る。
◇◇◇
スローレン王国は、東西南北を大国に囲まれた小国。
五十年ほど前までは、他の大国家に並ぶ大国だったが、戦争に敗北してしまったことで国土の大半を奪われ、現在は王都周辺の土地だけが残された。
人口はスパーク王国の王都の半数以下。
資源は乏しく、人々は厳しい生活を余儀なくされている。
あと十年もすれば、地図から国の名前がなくなるかもしれない。
そんな悲しいことを言われている国だった。
「事実、かなり厳しい状況だ。人口は年々減っているし、国の財政も悪化している。このままじゃ、国を今の形に維持することすらままならない」
「そこまで……」
私は王城の応接室で、アクトール殿下から王国の現状について説明を受けていた。
思っていた以上に酷い状況らしい。
資源の枯渇によって、食べ物すら減り続け、他国からの輸入に頼っている。
しかし他国から見下されているスローレン王国は、対等な条件で貿易ができない。
食べ物を輸入するにも、通常の三倍近い金額を要求されるらしい。
「酷い話ですね。困っている時こそ、助け合うべきだというのに……」
「聖女の君にはそう見えるだろうね。だが、交流しても何の利益もないのは事実だ。無視されないだけマシだと思っているよ」
アクトール殿下は諦めたように微笑む。
その笑みからは苦労が滲み出ていて、素直に笑顔として受け取ることができない。
すぐ隣に、これほど厳しい現状と戦う人々がいたのか。
「聖女として恥ずかしいですね」
「そんなことはないだろう? 君はスパーク王国の大聖堂から自由に出られなかったんだ。こんな機会でもない限り、知ることはできなかった。君が悪いわけじゃない」
「……それでも、聖女は私一人だけですので」
私の祈りで苦しむ人々を救えたかもしれない。
奇跡を起こせる聖女は私だけだ。
見えていなかった。
気づかなかった……は、いい訳にならない。
神様の意志を受け取る身として、なんと不甲斐ないことだろう。
だからこそ、私は協力を惜しまないと決めた。






