偽者と本物④
「大丈夫ですか? 今治します」
「え?」
「――!」
私は倒れた女性の怪我を祈りで治した。
それを見た男が驚き、ニヤリと笑みを浮かべる。
「面白いな。魔法使いか? ちょうどいいや。お前も一緒にこい。可愛がってやるからよぉ」
「お断りします。彼女も困っているので、これ以上は付きまとわないでください」
「なんだと? てめぇ、俺に指図してるのか?」
「お願いしているんです。これ以上は迷惑ですから」
「ちっ、なめてやがんな! そういう女にはこうするのが一番だぜ!」
「――!」
男は右手を振りかぶる。
殴られる。
覚悟した私は、目を瞑った。
「っ……!」
「すごい勇気だよ。君は」
「――え?」
まだ殴られない。
代わりに聞き覚えのない男性の声が聞こえてきた。
ゆっくり目を開けると……。
「っつ、離せよ!」
「女性を殴ろうとするなんて最低だぞ」
綺麗な銀髪の男性が、ならず者の腕を掴んで止めていた。
おかげで殴られずに済んだらしい。
銀髪の男性はさらに強く男の腕を握る。
「い、痛い痛い痛い!」
「これ以上、この国で好き勝手をするなら容赦はしないぞ?」
「くっ、くそ、わかったから離してくれ!」
「そうか。ならいい」
銀髪の男性が手を放す。
ならず者は呼吸を乱しながら、彼を睨む。
「てめぇ……」
「わかったら出て行ってくれるか? 俺の国で悪いことができると思わないほうがいいぞ」
「俺の国……? 何者だてめぇ!」
銀髪の男性は腰の剣を鞘ごと抜き、男に見せた。
刻まれているのは、スローレン王国の紋章。
国の紋章を刻むことが許されているのは、世界共通であの一族のみ。
私は理解する。
彼は……。
「まさか……」
「スローレン王国第一王子、アクトール・スローレン」
「お、王子……!」
当然驚くだろう。
私も驚いた。
王族が護衛もつけず、一人で街にいるなんて普通はありえない。
倒れていた女性は気づいていたのか、驚いていない。
「わかったら出て行け。じゃないと……俺も抜きたくない剣を抜くことになる」
「っ……くそ」
ならず者も、王族が相手ではしり込みした様子だ。
舌打ちをして逃げるように去っていく。
その後、倒れていた女性を起こし、その女性は私と彼にお礼を言って家へと帰った。
まさかいきなり王族と遭遇するとは……。
余計な騒動にならぬうちに、この場から逃げよう。
「では私もこれで」
「さっきの力、魔法じゃなかったな」
「――!」
立ち去ろうとした私を呼び止める。
気づかれた?
隣国ともあれば、聖女の話は耳にしているだろう。
「見かけない顔だし、外からきた人だね? よければ話をしないか?」
「い、いえ、私も行くところが……」
「君、スパーク王国の聖女様だよね?」
「……」
バレてる。
「やっぱりそうだよね? 一度見たことがあるんだ。あんなに綺麗な人は他にいないし、見間違うはずがないよ」
「……」
綺麗と言われるのは悪い気分じゃなかった。
しかし正体がバレたならどうしよう。
隣国の聖女が一人でいる。
おかしな状況に疑問を抱かないはずはない。
「どうしてここに? しかも一人で」
「それは……」
素直に言ってもいいだろうか。
追放されましたと。
悩んでいると、予想外の音が響く。
ぐぅ~。
お腹がなった。
そういえば、朝から何も食べていなかったな……。
「……」
恥ずかしい。
男性に、王子にお腹の音を聞かれるなんて。
最悪だ。
「せっかくなら、食事をしながら話をしよう」
「え?」
「さっきの女性を助けてくれたお礼だよ」
「助けたのは私では……」
「いいや、君の勇気ある行動が彼女を救ったんだ。もし君がいなければ、俺は間に合っていなかっただろうからね。聖女というのは力だけじゃなく、心もさす言葉なんだね? 尊敬するよ」
「……」
自然な会話の中で私のことを褒めてくる。
何気ない一言が、私にはぐっときた。
思えばあまりない経験だ。
感謝されることはあれど、君は凄いと、素晴らしいと褒められる回数は少なかった。
むしろ逆で、どうしてこの程度の作法も覚えられないんだとか。
罵倒されることのほうが多かった気さえする。
だから素直に嬉しかった。
「そんな聖女様が一人ここにいる。何かあったんだろうね」
「……」
「よければ話を聞きたい。力になれるかはわからないけどね」
「どうしてそんなことを?」
初対面で、何の関係もないのに。
「俺の国の人を助けてくれたんだ。王子として、それに報いる以外の理由があるか?」
「――!」
心に衝撃が走るようだ。
私が知っている王子とは大違いで。
聖女として多くの人と関わってきた。
心が見える、とは言えないけれど、接するだけでわかることもある。
この人は……私がこれまで出会った中で、一番誠実な人かもしれない。
「わかりました。お話ししてもいいです」
「そうか。じゃあ行こう。話すなら、ここより王城のほうがいい」
「はい」
私たちは王城へと向かう。
案内された応接室で、お茶とお菓子が用意された。
「すまないね。料理長は外に出ていて、こんなものしか出せない」
「いえ、ありがとうございます」
この国が貧しいのは知っていたけど、王族もなのだろうか?
王城の広さはスパーク王国と変わらない。
ただ、働いている人が極端に少ないように見える。
「さて、話を聞かせてもらえないか?」
「そうですね……信じて頂けるかわかりませんが」
私は話した。
理解に苦しむ、本当の出来事を。
話しながら自分でも思う。
こんな話、誰が信じるのかと。
「そんなことがあったのか。ひどすぎるな……それがスパーク王国のやり方……」
「信じてくれるのですか? 今の話を」
「ん? 嘘だったのかい?」
「いえ、真実です」
「なら信じるさ。聖女が人を傷つける嘘をつくとは思えないし、俺は人を見る眼には自信があるんだ。君は嘘をついていないと思う」
「……」
なんだろう?
この人は、今まで出会った誰とも違う。
話しているだけで、心が落ち着く。
そういう声色?
そういう口調?
雰囲気に引き込まれるような……。
「じゃあ、君は行く当てがないのか」
「はい」
「そういうことなら、しばらくうちにいるのはどうだ?」
「え、いいんですか?」
「ああ、というより……いてほしい」
殿下は改まったような表情をみせる。
そして、頭を下げた。
「イリアス。国民を支えるため、この国の聖女になってくれないか?」
「――! 何を……」
「今の状況の君に、これを頼むのは卑怯だとは思う。だが、この国の代表としてお願いしたい! 君も知っていると思うが、この国は戦後長く苦しい状況だ。民たちは貧困に苦しみ、病が広がっても俺にはなにもできない……それがもどかしい」
「殿下……」
この国にはまともな医者すらいないそうだ。
荒れた土地が多く、作物を育てるのも大変で、人々は常に空腹と戦っている。
それでも……。
「この国が好きで残ってくれている人たちに、どうにか応えたい。力を貸してほしい! もし願うなら、君の願いもすべて聞き入れる」
「す、すべて?」
「ああ、俺が叶えられる範囲の願いならすべてだ! 俺の全部を捧げても構わない」
それは……王子が言っていいセリフじゃないですよ。
私は呆れてしまった。
これが国を、民を心から思う王子の姿だ。
私が知っている王子は、偽者だったのかもしれない。
「わかりました」
「――! いいのか?」
「はい。私は聖女です。迷える人がいるなら救いの手を差し伸べる……それが役目ですから」
そういうものだと教育された。
言われた通りに、役目だから祈り続けた。
初めてかもしれない。
自分の意志で、役目を果たしたいと思うのは。
「ありがとう……」
「いえ、私も」
おかげで気づいたことがある。
私は聖女だ。
この事実は変わらない。
困っている人を放っておけず、迷っていたら手を差し伸べる。
それが当たり前だと、魂に刻まれている。
嫌じゃないんだ。
どうやら私は、聖女として祈りを捧げ、誰かを助けられることが……。
嬉しいと思っていたらしい。
「よろしくお願いします。殿下」
「ああ、よろしく頼むよ」
私たちは握手を交わす。
出会いは偶然、しかし必然かもしれない。
この出会いが後に、私の運命を大きく動かすことになることを……今の私は知らない。
ただ、予感はあった。
この国が、この街が、私にとって故郷よりも長い時間を過ごす場所になると。