表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/37

偽者と本物④

「大丈夫ですか? 今治します」

「え?」

「――!」


 私は倒れた女性の怪我を祈りで治した。

 それを見た男が驚き、ニヤリと笑みを浮かべる。


「面白いな。魔法使いか? ちょうどいいや。お前も一緒にこい。可愛がってやるからよぉ」

「お断りします。彼女も困っているので、これ以上は付きまとわないでください」

「なんだと? てめぇ、俺に指図してるのか?」

「お願いしているんです。これ以上は迷惑ですから」

「ちっ、なめてやがんな! そういう女にはこうするのが一番だぜ!」

「――!」


 男は右手を振りかぶる。

 殴られる。

 覚悟した私は、目を瞑った。

 

「っ……!」

「すごい勇気だよ。君は」

「――え?」


 まだ殴られない。

 代わりに聞き覚えのない男性の声が聞こえてきた。

 ゆっくり目を開けると……。


「っつ、離せよ!」

「女性を殴ろうとするなんて最低だぞ」


 綺麗な銀髪の男性が、ならず者の腕を掴んで止めていた。

 おかげで殴られずに済んだらしい。

 銀髪の男性はさらに強く男の腕を握る。


「い、痛い痛い痛い!」

「これ以上、この国で好き勝手をするなら容赦はしないぞ?」

「くっ、くそ、わかったから離してくれ!」

「そうか。ならいい」


 銀髪の男性が手を放す。

 ならず者は呼吸を乱しながら、彼を睨む。


「てめぇ……」

「わかったら出て行ってくれるか? 俺の国で悪いことができると思わないほうがいいぞ」

「俺の国……? 何者だてめぇ!」


 銀髪の男性は腰の剣を鞘ごと抜き、男に見せた。

 刻まれているのは、スローレン王国の紋章。

 国の紋章を刻むことが許されているのは、世界共通であの一族のみ。

 私は理解する。

 彼は……。


「まさか……」

「スローレン王国第一王子、アクトール・スローレン」

「お、王子……!」


 当然驚くだろう。

 私も驚いた。

 王族が護衛もつけず、一人で街にいるなんて普通はありえない。

 倒れていた女性は気づいていたのか、驚いていない。


「わかったら出て行け。じゃないと……俺も抜きたくない剣を抜くことになる」

「っ……くそ」


 ならず者も、王族が相手ではしり込みした様子だ。

 舌打ちをして逃げるように去っていく。

 その後、倒れていた女性を起こし、その女性は私と彼にお礼を言って家へと帰った。

 まさかいきなり王族と遭遇するとは……。

 余計な騒動にならぬうちに、この場から逃げよう。


「では私もこれで」

「さっきの力、魔法じゃなかったな」

「――!」


 立ち去ろうとした私を呼び止める。

 気づかれた?

 隣国ともあれば、聖女の話は耳にしているだろう。


「見かけない顔だし、外からきた人だね? よければ話をしないか?」

「い、いえ、私も行くところが……」

「君、スパーク王国の聖女様だよね?」

「……」


 バレてる。


「やっぱりそうだよね? 一度見たことがあるんだ。あんなに綺麗な人は他にいないし、見間違うはずがないよ」

「……」


 綺麗と言われるのは悪い気分じゃなかった。

 しかし正体がバレたならどうしよう。

 隣国の聖女が一人でいる。

 おかしな状況に疑問を抱かないはずはない。


「どうしてここに? しかも一人で」

「それは……」


 素直に言ってもいいだろうか。

 追放されましたと。

 悩んでいると、予想外の音が響く。

 

 ぐぅ~。


 お腹がなった。

 そういえば、朝から何も食べていなかったな……。


「……」


 恥ずかしい。

 男性に、王子にお腹の音を聞かれるなんて。

 最悪だ。


「せっかくなら、食事をしながら話をしよう」

「え?」

「さっきの女性を助けてくれたお礼だよ」

「助けたのは私では……」

「いいや、君の勇気ある行動が彼女を救ったんだ。もし君がいなければ、俺は間に合っていなかっただろうからね。聖女というのは力だけじゃなく、心もさす言葉なんだね? 尊敬するよ」

「……」


 自然な会話の中で私のことを褒めてくる。

 何気ない一言が、私にはぐっときた。

 思えばあまりない経験だ。

 感謝されることはあれど、君は凄いと、素晴らしいと褒められる回数は少なかった。

 むしろ逆で、どうしてこの程度の作法も覚えられないんだとか。

 罵倒されることのほうが多かった気さえする。

 だから素直に嬉しかった。


「そんな聖女様が一人ここにいる。何かあったんだろうね」

「……」

「よければ話を聞きたい。力になれるかはわからないけどね」

「どうしてそんなことを?」


 初対面で、何の関係もないのに。


「俺の国の人を助けてくれたんだ。王子として、それに報いる以外の理由があるか?」

「――!」


 心に衝撃が走るようだ。

 私が知っている王子とは大違いで。

 聖女として多くの人と関わってきた。

 心が見える、とは言えないけれど、接するだけでわかることもある。


 この人は……私がこれまで出会った中で、一番誠実な人かもしれない。


「わかりました。お話ししてもいいです」

「そうか。じゃあ行こう。話すなら、ここより王城のほうがいい」

「はい」


 私たちは王城へと向かう。

 案内された応接室で、お茶とお菓子が用意された。


「すまないね。料理長は外に出ていて、こんなものしか出せない」

「いえ、ありがとうございます」


 この国が貧しいのは知っていたけど、王族もなのだろうか?

 王城の広さはスパーク王国と変わらない。

 ただ、働いている人が極端に少ないように見える。


「さて、話を聞かせてもらえないか?」

「そうですね……信じて頂けるかわかりませんが」


 私は話した。

 理解に苦しむ、本当の出来事を。

 話しながら自分でも思う。

 こんな話、誰が信じるのかと。


「そんなことがあったのか。ひどすぎるな……それがスパーク王国のやり方……」

「信じてくれるのですか? 今の話を」

「ん? 嘘だったのかい?」

「いえ、真実です」

「なら信じるさ。聖女が人を傷つける嘘をつくとは思えないし、俺は人を見る眼には自信があるんだ。君は嘘をついていないと思う」

「……」


 なんだろう?

 この人は、今まで出会った誰とも違う。

 話しているだけで、心が落ち着く。

 そういう声色?

 そういう口調?

 雰囲気に引き込まれるような……。


「じゃあ、君は行く当てがないのか」

「はい」

「そういうことなら、しばらくうちにいるのはどうだ?」

「え、いいんですか?」

「ああ、というより……いてほしい」


 殿下は改まったような表情をみせる。

 そして、頭を下げた。


「イリアス。国民を支えるため、この国の聖女になってくれないか?」

「――! 何を……」

「今の状況の君に、これを頼むのは卑怯だとは思う。だが、この国の代表としてお願いしたい! 君も知っていると思うが、この国は戦後長く苦しい状況だ。民たちは貧困に苦しみ、病が広がっても俺にはなにもできない……それがもどかしい」

「殿下……」


 この国にはまともな医者すらいないそうだ。

 荒れた土地が多く、作物を育てるのも大変で、人々は常に空腹と戦っている。

 それでも……。


「この国が好きで残ってくれている人たちに、どうにか応えたい。力を貸してほしい! もし願うなら、君の願いもすべて聞き入れる」

「す、すべて?」

「ああ、俺が叶えられる範囲の願いならすべてだ! 俺の全部を捧げても構わない」


 それは……王子が言っていいセリフじゃないですよ。

 私は呆れてしまった。

 これが国を、民を心から思う王子の姿だ。

 私が知っている王子は、偽者だったのかもしれない。


「わかりました」

「――! いいのか?」

「はい。私は聖女です。迷える人がいるなら救いの手を差し伸べる……それが役目ですから」


 そういうものだと教育された。

 言われた通りに、役目だから祈り続けた。

 初めてかもしれない。

 自分の意志で、役目を果たしたいと思うのは。


「ありがとう……」

「いえ、私も」


 おかげで気づいたことがある。

 私は聖女だ。

 この事実は変わらない。

 困っている人を放っておけず、迷っていたら手を差し伸べる。

 それが当たり前だと、魂に刻まれている。


 嫌じゃないんだ。

 どうやら私は、聖女として祈りを捧げ、誰かを助けられることが……。

 嬉しいと思っていたらしい。


「よろしくお願いします。殿下」

「ああ、よろしく頼むよ」


 私たちは握手を交わす。

 出会いは偶然、しかし必然かもしれない。

 この出会いが後に、私の運命を大きく動かすことになることを……今の私は知らない。


 ただ、予感はあった。


 この国が、この街が、私にとって故郷よりも長い時間を過ごす場所になると。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作投稿しました! URLをクリックすると見られます!

『残虐非道な女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女の呪いで少女にされて姉に国を乗っ取られた惨めな私、復讐とか面倒なのでこれを機会にセカンドライフを謳歌する~』

https://ncode.syosetu.com/n2188iz/

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

第一巻1/10発売!!
https://d2l33iqw5tfm1m.cloudfront.net/book_image/97845752462850000000/ISBN978-4-575-24628-5-main02.jpg?w=1000

【㊗】大物YouTuber二名とコラボした新作ラブコメ12/1発売!

詳細は画像をクリック!
https://d2l33iqw5tfm1m.cloudfront.net/book_image/97845752462850000000/ISBN978-4-575-24628-5-main02.jpg?w=1000
― 新着の感想 ―
[一言] なんか怪しい感じになってしまってるけどきっとこの王子はいい人だと思いたい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ