私のいる場所④
アクト様はハッキリと否定した。
胸がざわつく。
ライゼン王子は苦笑い。
「わかっているのですか? 彼女の存在が、王国を危機に陥れるかもしれないのですよ?」
「それは、スパーク王国が敵になるから、ですか?」
「ええ、その通りです。聖女を騙る偽者によって、本物の聖女の力が弱まった。とでも嘘を振りまけば、民衆は信じる。戦争を仕掛ける理由としては十分です」
「そうやって国民を騙して、王子として心が痛まないのか?」
「痛みますよ! でもそんな傷、聖女の祈りで治せばいいじゃないですか」
ライゼン王子は高らかに笑う。
最低だ。
どこまでも……これが一国の王子、人々の上に立つ存在?
笑ってしまう。
私は今まで、こんな人が治める国に尽くしていたのか。
マリィはそれでいいのだろうか?
視線を向ける。
彼女は笑みを浮かべていた。
同じなのか……彼女も。
いや、当たり前か。
聖女のふりをして、国民を騙し続けているのは……彼女も同じだった。
「戦争になれば呆気ないものですよ? こんな小さな国、亡ぼすのに一日もかからないでしょう。聖女が国を亡ぼすんです。そうはなりたくないでしょう?」
「……」
「彼女が悪いみたいな言い方はやめろ」
「アクト様……」
「ふふっ、いい加減素直になったらどうですか? スローレン国王。聖女なんて必要ないと、わかっているはずなのに……それともわかっていないのですか?」
「わかってないのはお前のほうだよ」
アクト様はいつになく鋭く彼を睨む。
声は低く、怒りが籠る。
空気がピリ着く中、彼は言い放つ。
「俺が、俺たちは聖女が必要だから渡さないんじゃない。スパーク王国にいても、彼女が幸せになれないと知っているからだ」
「――!」
私の……幸せ?
「おかしなことを言いますね。個人の幸福のために、国の未来を捨てますか?」
「捨てるつもりはない。国も、彼女も失わない。まだわかってないな? 俺は聖女にいてほしいんじゃない。彼女にいてほしいんだよ」
「……アクト……様……」
「俺だけじゃないぞ? みんな同じ気持ちだ」
そう言って私に微笑みかける。
ドクンと、鼓動が強くなる。
ジンさんも、シオンも、彼の言葉に賛同するようにうなずいた。
「理解に苦しむ。もし国民が同じなら、この国は愚か者の集まりですね」
「愚か者はどちらか、すぐにわかるさ」
「……」
二人は睨み合う。
そして、ライゼン王子が席を立つ。
「戻りましょう、マリィ。とても残念ですが、平和的交渉はここまでのようです」
「はい。嘆かわしいことです」
彼らは戦争をしかける気だ。
マリィもわかっている。
自国の勝利を確信しているから、ニヤリと私を見て笑った。
「さようなら。スローレン……最後の国王」
そう言い残し、彼は去る。
二人が退室した応接室に残った私は、未来で起こる悲劇を想像して身体を震わせる。
「申し訳ありません。私のせいで……」
「謝る必要はない。決断したのは国王としての俺だ」
「で、ですが……」
戦争になれば、スローレン王国に勝ち目はない。
「心配するな。俺だって、なんの算段もなく挑発しない。準備はしてあるさ。そうだろ? お前たち」
「え?」
ジンさんとシオンが頷く。
何?
また私が知らない間に、何か企んでいたの?
「安心しろ。この国は守って見せる。君が安心していられる場所は、なくなったりしない」
「アクト様……」
「そのためにも、君にも協力してほしい。本物の聖女として」
「……はい! 私にできることなら」
なんでもしよう。
この国の人々と、アクト様の想いに応えるために。
◇◇◇
一週間後。
運命の日はやってくる。
スパーク王国では国民に向けて、戦争の意志を示していた。
「我が国の宝! 聖女が冒涜された! これは許しがたい事態だ!」
壇上に立ち叫ぶのは、ライゼン王子。
彼は宣言通り、聖女を騙る偽者がスローレンに現れたと嘘をつき、国民を煽っている。
人々は真偽を確かめるすべがない。
故に、信じてしまう。
戦争が起これば、スローレン王国は滅ぶだろう。
だが、戦争は起きない。
なぜなら……。
「な、なんだ?」
「みろ! 空に人が……あれは……聖女様?」
「これは……」
スパーク王国の王都、その空に巨大スクリーンが展開される。
天才魔導具師ポールが新たに発明した魔法スクリーンは、映像を空中に映し出すことができた。
映っているのは、聖女イリアス本人である。
「皆様、お久しぶりです。私はイリアス・ノーマン……聖女です」
「聖女様だ。だがどういうことだ?」
「おかしいぞ。聖女様ならライゼン王子の隣に……」
「皆様の前に立つ聖女イリアスは私ではありません。私の義姉マリィ・ノーマンです」
スクリーンに映し出された聖女から衝撃の事実が告げられる。
人々はざわつく。
「おい! あれを止めろ!」
ライゼンが指示を出す。
だが、魔導具を持つ者は一般人に紛れていた。
簡単には見つからない。
スクリーンの映像は続く。
「証拠をお見せしましょう。これは、先日のお話です」
「――!」
映し出されたのは、ライゼン王子とマリィがスローレンにやってきた日の光景である。
あの部屋には映像を録画する魔導具が、最初から仕掛けられていた。
いずれ来る日に備え、ポールが作成した新しい魔導具である。
彼らは備えていた。
王国を、聖女を守るために。
蓄えられた力が今、解放される。
「そんな……聖女様が偽物?」
「お、俺たちを騙していたのか?」
「くっ、騙されてはいけない! 彼らは嘘をついている!」
ライゼン王子は叫ぶ。
だが、誰も彼の声に耳を傾けない。
言葉には意思が宿る。
祈りを届ける聖女の言葉には、人々の心を動かす力があった。
本物と偽物の差は、そこにある。
偽者の言葉は、神様には届かない。
神はいつも、彼らを見ている。
「本物の聖女様を返せー!」
「裏切者ー!」
「くっ、くそっ……」
王都では暴動が発生した。
聖女を信仰をする人々にとって、その存在を汚されたと知れば怒るのは当然のことである。
怒りは全て、ライゼンたちに向く。
この映像はスパーク王国だけではなく、周辺諸国の王都でも流れていた。
そう。
この日、全世界は知ることになる。
聖女を騙り、神を欺き、人々を騙した愚か者たちが存在することを。
◇◇◇
「これで、周辺諸国は俺たちの味方をするだろうな」
「こんなに大掛かりなこと……いつの間に」
まったく知らなかった。
気づかぬ間に、アクト様たちは作戦を練っていたらしい。
しかも周辺諸国にまで手を伸ばしていたなんて……。
「俺たちだけじゃない。国中の人たちが協力してくれたんだ。みんな、君にいてほしいと思っているんだよ」
「皆さんが……」
私はここにいてもいいのだろうか?
何度も考えた。
その問いに、答えが出る。
「君はここにいていいんだよ。もう、どこかへ行く必要はない。君がいることを、俺たちは望んでいるんだから」
「……はい」
生まれて初めてかもしれない。
聖女にいてほしい。
そうではなく、私にいてほしいと言って貰えた。
聖女としてのイリアスではなく、私自身の存在を肯定してくれたのは……。
この国が。
彼の言葉が、初めてだった。
この日は心臓の鼓動がうるさくて、熱くて……。
どうにかなってしまいそうだった。






