私のいる場所③
スパーク王国王城、ライゼンの自室。
彼は密偵からの報告を受け取り、目を通していた。
「また失敗か」
イリアスを誘拐するため男たちを向かわせたのは、スパーク王国の王子ライゼンだった。
ポールが辞職し、疑似聖女の調整ができなくなったことで、マリィの聖女としての活動時間はさらに減少している。
現在は長期休養という形で、数日大聖堂を閉じていた。
人々の不満は溜まっている。
その声は、王城にまで届いていた。
解決策は大きく二つ。
魔導具師ポールか、聖女イリアスを連れ戻すこと。
居場所はわからなかったが、スローレン王国から戻ったノーマン公爵から、二人が隣国にいることを知ったライゼンは、まずイリアスを攫う算段を立てた。
だが、三度の誘拐失敗。
方法、時間、タイミングを変更しても阻まれてしまう。
「意外と侮れないのかな。小国の癖に」
彼は聖人の存在を知らない。
聖女を守るために誕生する聖人は、聖女の危機を必ず察知する。
不意な暗殺や誘拐も、事前に気配を察することができる。
聖人アクトールがいる中、聖女イリアスを誘拐することはほぼ不可能だった。
三度の失敗を経て、ライゼン王子は重い腰をあげる。
「……仕方ない。直接行くしかないか」
ノーマン公爵から得た情報。
そして三度の失敗から学んだ経験。
手札はすでに揃っていた。
彼は動き出す。
自らが追放した聖女を、連れもどすために。
◇◇◇
最後の襲撃から五日が経過した。
あれから、私を攫おうとする人は現れていない。
諦めたのだろうか?
そんなことはないと、頭の中で理解している。
胸騒ぎがしていた。
「食欲がないのか? イリアス」
「――申し訳ありません」
「謝ることじゃない。体調が優れないなら、今日は休むといい」
「……」
朝食があまり喉を通らなかった。
それを見たアクト様に心配をかけてしまって、申し訳なさがこみ上げる。
最近は、不安で夜も眠れない。
疲れは蓄積されていた。
人々の前で、自然に笑えなくなりつつある。
このままじゃいけない。
聖女としても、スローレン王国にとっても。
私はここにいるべきじゃないのだろうか?
「アクト!」
「――ジンか。どうかしたか?」
朝食を食べ終えた部屋に、ジンさんが少し慌てた様子で入ってきた。
「客人だ。スパーク王国から二名」
「――!」
スパーク王国……二人。
脳裏に過ったのは、私が王城で最後に言葉を交わした人たち……。
私を追放した張本人。
「ライゼン王子と……聖女イリアスと名乗っている」
「……」
「……ついにきたか」
アクト様も険しい表情を見せる。
彼は私に視線を向ける。
「会うかどうかは、君の意志を尊重するよ」
「……会います」
「いいんだね?」
「はい……これも……」
私が抱える問題だ。
これ以上、アクト様やこの国に迷惑をかけられない。
今日、ハッキリと決断しよう。
私がこの先すべきことを、選ぶべき道を。
私たちは朝食の席を立ち、応接室へと向かった。
過去最大に緊張している。
第一声は?
彼らはどんな顔で、私と話すのだろうか。
部屋にたどり着き、アクト様を先頭にして中に入る。
「待たせて申し訳ない」
「これはこれは、スローレン新国王、アクトール様。初めまして、ライゼン・スパークロンです」
入ってすぐ、ライゼン様が挨拶をした。
その隣には、彼女がいる。
視線が合った。
「……マリィさん」
「久しぶりね、イリアス」
ジンさんには聖女イリアスと名乗っておきながら、私の呼び方に否定もしない。
隠す気がないのだろう。
いいや、隠す意味がないからか。
この場の全員が、本物と偽物を区別できる。
私たちは対面のソファーに座る。
「急な訪問に対応して頂き感謝します。お忙しいと思いますので、用件を端的に。イリアスを我が国に返していただきたい」
「……返す?」
「はい。イリアスは我が国の聖女です」
予想はしていたけど、よくも堂々と言える。
私だけじゃなく、アクト様や部屋の中で待機しているジンさん、シオンも呆れている。
アクト様はため息交じりに言う。
「その彼女を、不当な方法で追い出したのは誰ですか?」
「やはりご存じでしたか。ならば話が早い」
ライゼン王子はニヤリと笑みを浮かべた。
「彼女を引き渡してくれたら、我々スパーク王国がスローレン王国を支援しましょう」
「支援?」
「ええ、具体的には必要な物資を優遇します。代金も必要ありません」
「……」
「知っていますよ。スローレン王国はつねに人手も資源も不足しているそうですね? 私たちがそれを補ってさしあげます。いかに優秀な魔導具師がいても、素材がなければ何も作れません」
アクト様がピクリと反応する。
予想通りではある。
彼らはすでに、ポールがこの国にいることも知っている。
教えたのはお義父様だろう。
「それだけではありません。彼女の存在は大きい。聖女がここにいると知れば、多くの勢力が狙うでしょう。彼女の身にも危険が及ぶ」
「……」
よくもぬけぬけと。
その刺客を送ったのは、どう考えても彼らだ。
現れたタイミング的にも、誘拐が連続で失敗したから、直接交渉に移っただけ。
どれだけ図太い精神をしているのか。
ただし、ライゼン王子の言うことも一理ある。
彼だけじゃない。
聖女の力を欲している国は多い。
スパーク王国という大国が保有していたから、周辺諸国も下手に手出しできなかった。
「スローレンは小さい。この小さく弱い国では、彼女の力は大きすぎるでしょう」
「何がいいたいのですか?」
「わかっているはずですよ、スローレン国王。この国に必要なのは聖女ではなく、資源です」
「……」
私もそう思う。
この国に来てもうすぐ二か月が経過する。
いつだって人手不足で、魔導具を作りたくても素材が足りない。
食事だってそうだ。
今朝の食事も、王城で食べるものにしては質素だった。
私がいくら祈ろうと、資源は増えないし、お金も貰えない。
ライゼン殿下のおっしゃる通り、この国に必要なのは私じゃなくて……。
「話は以上ですか? ではお帰りください」
「――! なにを……」
「アクト様?」
「彼女を引き渡す気は最初からありません。そんなことは、この国の誰も望んでいませんから」






