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偽者と本物③

 マリィ……ではなく、本物のイリアスが立ち去った大聖堂に、マリィとライゼンが残る。

 彼女が去った扉をじっと見つめ、唖然としていた。


「ライゼン様……彼女はどういうつもりで、あんな顔を……?」

「僕にもわからないよ。きっと突然のことで気がおかしくなったのさ。そうじゃなきゃ、あんな態度をとれるはずがない。居場所をなくしたんだからね」

「そうですね。きっと強がりです。私にこの座を奪われて、今頃泣いているかもしれません」

「ははっ、だとしたらどうする?」

「どうもしませんわ。これが本来あるべき姿です。陛下もお父様も了承しています。名をイリアスに変えるのは、少し残念ではありますが……」


 今回の一件、すべては計画されたものだった。

 宮廷に在籍する魔導具師の手によって作られた偽りの奇跡を起こす腕輪。

 疑似的に聖女の力を再現しているだけで、原理は魔法である。

 イリアスが感じた違和感は正しかった。

 これは聖女の力などではない。

 人知を超えない魔導具技術、その進化の形である。


 マリィとイリアスの入れ替わりは、王族とノーマン家も同意している。

 彼らはずっと思っていた。

 これこそが、正しき聖女と国の形なのだと。

 縁もゆかりもない田舎娘が聖女の座につくなど、あってはならないと。

 故に、彼らに罪悪感はない。


「さぁ、そろそろ時間だ。聖女としてしっかり働いてもらわなくてはね」

「はい。頑張りますわ。いつも通りに」


 こうしてスパーク王国に史上初となる偽りの聖女が誕生した。

 国民がそのことに気付くのは、まだまだ先の話である。


  ◇◇◇


 王国を追放された私は、荷造りをして王都を出発した。

 お金はあまり多くないけど、これまでの貯金はある。

 ずっと聖女として働いて、使う暇なんてなかった。

 贅沢すらできないし、休みもない。

 元の世界ならブラック企業と呼ばれるような環境で、よく耐えて働いていたと自分を褒めてあげたい。


 私は馬車を借りた。


「どちらまで?」

「えっと、じゃあ北のほうまでお願いします。国境沿いまで行っていただきたいです」

「かしこまりました。あれ……あなたは……」

「……」


 馬車の御者がじっと私を見ている。

 一応私だとわからないように、フードで顔を隠しているのだけど……。


「お客さん、聖女様に似てますね」

「あ、そうですか? ありがとうございます」

「本人かと思いましたよ。ま、聖女様が王都の外に一人で出るなんてありえないですけどね」

「そ、そうですね。あははは……」


 なんとかバレずに済んだようだ。

 御者の言う通り、聖女が国を出るなんてありえない。

 だから信じないだろう。

 誰も、私が本物の聖女だとは思わない。

 一度でも祈りにきた人なら気づいてくれるだろうか?

 少し気になったけど、試す機会はなさそうだ。

 

 この国に戻ってくることは、二度とないのだから。


「さようなら、私の故郷」


 イリアスとしての人生の半分を過ごした場所に別れを告げた。

 これからどうするか、曖昧なプランしかない。

 生まれた村に戻ることも考えたけど、私を育ててくれた老夫婦は五年前に亡くなっている。

 今戻っても、迷惑をかけるだけだろう。

 そもそも国外追放をされた身だ。


「賑わってなくていいから、穏やかな場所がいいなぁ」


 そう呟いて、走る馬車の外を見つめる。

 北にはスローレンという国がある。

 この辺りでは一番小さな国で、街も首都一つしかないとか。

 総人口も、スパーク王国の王都に暮らす人々より少ないそうだ。

 貧しい国だと聞いているけど、実際はどんな国だろう?

 王国の外に出るのは初めてだから、少しワクワクしていた。


  ◇◇◇


「お待たせしました。ここが国境沿いです」

「ありがとうございます」


 休憩も挟みつつ、一週間ほどかけて目的地にたどり着いた。

 スパーク王国と、スローレン王国の境。

 周りは森だ。

 人の姿はなく、少し殺風景ではある。


「こんなところでどうするんです? この先はスローレンですし、言っちゃあれですが何もありませんよ?」

「いいんです。少し旅をするのも悪くないかなと思っているので」

「そうですか。ならお気をつけて。この辺りは野盗も出ると聞いていますから」

「はい。気をつけます。ありがとうございました」


 私を乗せてくれた御者にお礼を言い、彼が王都に戻っていくのを見送る。

 姿が見えなくなってから、私は振り返る。

 明確なラインはない。

 だけど、ここを越えたら二度と戻れないと感覚でわかる。


「よし」


 私は一歩を踏み出した。

 新しい人生を歩む貴重な第一歩目だ。


 スローレン王国。

 小国だけど歴史は意外に長く、国ができたのはスパーク王国よりも前だと聞く。

 ノーマン家の教育で、国の歴史については学ばされた。

 その中に隣国のスローレンの内容もあった。

 数十年前は大国だったけど、戦争に負けてから土地を奪われ、人口も減り、今の王都だけが残ったという。


「ここが首都……」


 スパーク王国の王都と比べて、こぢんまりとしている。

 人口のせいもあるのか、商店街ですら賑わっているように見えない。

 さびれた街、とまではいかないけど、寂しい街だと感じる。

 敗戦国の首都はこういうものだろうか。

 前世も含めて戦争未経験の私には、あまり実感がわかない。


 さて、具体的にこれからどうするか考えよう。

 自由を手に入れたとはいえ、働きもせず生き続けられるほど、この世界は簡単じゃない。

 お仕事は探さないといけないだろう。

 あとは家もいる。

 生活に必要なものを揃えて……。

 どこか定住できる国を探すべきかもしれない。

 住むところを見つけて、お仕事を見つけて、働いてお金を稼いで空いた時間で趣味をする。

 前世と変わらない。

 本当にそれでいいのだろうか?

 

 私は真剣に悩む。

 これからの人生の、道のりを考える。


「……とりあえず宿を探して」

「おい逃げんなよ」

「きゃっ、や、やめてください!」


 街を歩いていると、ガラの悪そうな男に絡まれている女性がいた。

 男は腰に武器を携えている。

 まさか野盗?

 首都の中に野盗がいるなんて考えたくないし、ならず者とかだろうか。

 男は女性の腕を掴んでいる。


「暴れんなよ。いいじゃねーか少し遊ぶだけだって」

「い、嫌です! 離してください!」

「金ねーんだろ? 遊んでくれたら小遣いをやるよ」

「……そ、そういうのはいりません」

「おいおい、貧乏人なんだから我慢するなって。どうせ碌なもん食ってねーんだろ? 俺と一緒ならたらふく飯が食えるぜ」

「私には弟もいるんです! 家で待っているので帰らせてください!」


 何やらもめているようだ。

 聞こえる話から想定して、男が無理やり女性を連れて行こうとしている?

 明らかに女性は困っていた。

 けれど、誰も助けようとはしない。

 見て見ぬフリ……というか、怯えている。


「離して!」

「っ、いってーなてめぇ!」

「きゃっ!」

「――!」


 女性が振り払った手が男の顔にあたり、怒った男性が女性を突き飛ばした。

 地面に倒れた女性は肘をすりむく。


「い、痛い……」

「こっちのセリフだ。貧乏人が調子にのってんじゃねーぞ? 親切心で声かけてやってるんだ。いいから従えよ」


 何が親切心だ。

 下心丸出しなのが目に見えてわかる。

 なんだか男の横暴さに腹立たしさを感じた私は、無意識に方向転換して……。


「待ってください」

「あん?」


 倒れた女性を庇うように立っていた。

 自分でもびっくりだ。

 怖いと思うより、許せないと思う気持ちのほうが大きかった。

 聖女として振る舞った時期の長さもあるだろう。

 どうやら私は、困っている人を放置できない性格らしい。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 顔がマリィと瓜ふたつって事は公爵が認知してないだけで庶子の可能性もあるか?
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