似た者同士、近づく距離③
街の住宅に、暖房魔導具が届けられた。
「お婆さん、これを使ってください」
「こりゃー驚いた。温かくなる道具かい?」
「はい」
「聖女様が作ってくれたのか?」
「いえ、私ではありません。とても優秀な魔導具師がきてくれたんですよ」
「そうかい、そうかい。聖女様に続いて……ありがたいねぇ」
私とアクト様、シオンで手分けして魔導具を配り歩いた。
お年寄りが相手だから、怪我をしてしまわないように丁寧に説明をする。
時間はかかるけど、必要なことだから手は抜かない。
午前中を全て使い、魔導具を配り終わる。
私たちは街の中心に集合した。
「配り終わったか? 二人とも」
「はい。私のほうは終わりました」
「こちらも終わっています。すでに使用は開始されています」
「そうか。ポールの話だと、あれは定期的に魔力の補充がいるタイプらしい。外気温にもよるが、大体一週間程度で魔力が切れるそうだ」
魔導具には二種類ある。
魔力を直接流し込んで貯めるタイプと、魔力を随時送って使うタイプ。
家庭で使われる魔導具は、一般的には後者だ。
しかしその場合、街中に魔力路を張り巡らせないといけない。
魔力を作り出す設備も必要だ。
「今まで必要なかったから作らなかったが、ポールがいてくれるなら必要だな。後々工事の手配もしておこう」
「大丈夫なのですか? 費用のほうは」
「それなりにかかる。だが必要なことだ。国民の生活のために……大丈夫、それを何とかするのも国王の務めだ」
「アクト様……あまり無理はされないでください」
「わかってるよ」
心配だ。
本当にわかっているのだろうか。
ポールのほうが徹夜したり、目立って無理をしているように見えるけど……。
ここのところアクト様も、表情に疲れが見える。
「さて、俺は王城に戻るよ。やることが残ってるからな。二人はどうする?」
「私たちはこのまま街を回ります」
「そうか。気をつけてな」
「はい、アクト様も」
私たちは街に残り、アクト様は王城へと戻っていく。
心配で彼の後姿が見えなくなるまで見送った。
本当に大丈夫なのだろうか。
なんだか嫌な予感がする。
そして、その予感は的中した。
◇◇◇
王城に戻ったアクトは、道中でジンと合流した。
「ポールは?」
「ぐっすり寝てるよ。何しても起きそうにない。あれは明日まで寝てるんじゃないか」
「だいぶ疲れてるな。起きたらすぐ食事を摂れるように準備して置いてくれ」
「わかった。料理長にはそう伝えておく」
「助かるよ。じゃあ俺も仕事に……」
アクトの歩く速度が、徐々に遅くなる。
「どうかしたか?」
「……いや、ちょっとめまいが」
「おいおい、疲れてるのはポールだけじゃないだろ。ちゃんと寝てるのか?」
「昨日は寝たさ。ただ……」
「アクト!」
ふらついて倒れたアクトを、ジンが咄嗟に支える。
乱れる呼吸と、肌に触れて感じる熱。
ジンはアクトの額に触れて察する。
「はぁ……やっぱりか。こうなるんじゃないかと思ったよ」
「ジン……悪い」
「ベッドまで行くぞ。今日の仕事は俺がやっておく。アクトはしっかり休んでくれ」
「……ああ」
彼が国王になって一か月、ほとんど毎日休みなく働いていた。
それをジンやシオンは気づいている。
影ながら支え、仕事の負担を減らしていたが、それもついに限界がきてしまった。
ジンが冷静なのは、初めてではないから。
頑張り過ぎて倒れてしまうのは、アクトにはよくあることだった。
◇◇◇
「――え! アクト様が?」
王城に戻った私はジンさんから報告を受けて、大きく目を開けるほど驚いた。
嫌な予感が当たったらしい。
私と分かれてすぐ、王城に戻ったアクト様は倒れてしまったそうだ。
「大丈夫なのですか?」
「ただの疲労だよ。今は自室で寝ている」
「そうですか……」
「心配かけて悪いな。いつも無理しすぎるなと言っているんだが……アクトは頑固だからな」
ジンさんはポリポリと頭をかきながら呆れている。
それに合わせるように、一緒にいたシオンが教えてくれた。
「初めてではないのです。働き過ぎて体調を崩されることは、今までにもありました。その際に度々、注意はしていましたが、あまり改善されませんでした」
「国民が頑張っているのに、自分が休んではいられない。そういう精神なんだろうな。気持ちはわかるし、実際頑張らないといけない状況だったから、俺たちも強くは言えないんだよ。お互い様だからな」
「そうですね。私たちよりも重要な立場である分、負担も大きいはずです」
「……そう、ですか……」
アクト様が倒れたと聞いたのに、驚いているのが私だけだった理由はそういうことか。
二人とも、この状況に慣れつつある。
それはよくないことだ。
頑張ることと、無茶をすることは違う。
もっとも、私も他人のことは言えない……。
「イリアス、すまないが後で様子を見に行ってやれるか?」
「はい。そのつもりでした。今からでもよろしいですか?」
「もちろん。シオン、案内したらこっちを手伝ってもらえるか?」
「はい」
アクト様の元へ行くのは私一人のようだ。
私は率直な疑問を浮かべて呟く。
「二人は会わないのですか?」
「あいつが動けない間は、俺たちが代わりだ。無茶させた分、こっちが補わないとな」
「私たちには特別な力はありません。だから、やれることをすると決めているんです。昔から」
「そうですか。昔から……」
彼らは常に支え合っているのだろう。
それを羨ましく思う。
家族以外で、心から通じ合っている者がいる彼らを。
ジンさんが私に言う。
「ちょうどいいし、イリアスも一緒に休め」
「え?」
「働きすぎなのは、アクトだけじゃないってことだ」
「そうですね。イリアス様もお休みください」
「――はい。ありがとうございます」
支えてくれる人がいる。
その心強さを、私もひしひしと感じる。
休んだら、今度は私が彼らが休めるように頑張ろう。
そんなことを考えながら、アクト様の寝室に足を運んだ。
「失礼します」
部屋に入ると、アクト様が寝ていた。
音で気づいたのか、彼は目を開ける。
「イリアスか……来てくれたんだな」
「はい。お身体のほうは?」
「心配ないよ。ただの疲労だ。よくあることなんだよ」
「ジンさんからも聞きました。無理をされましたね」
「そうだな……心配をかけたか?」
「はい。心配しています」
私はベッドの横の椅子に腰かける。
起き上がろうとしたアクト様を制止したら、再び横になる。
「心配をかけてすまなかったな。忠告はしてくれていたのに」
「よくあることなんですね。ジンさんやシオンは落ち着いていました」
「ははっ、そうだろうな。あとできっと怒られる。君に怒られた後で、かな?」
「……いえ、私は怒りません」
「イリアス?」
私はニコリと微笑み、彼に言う。
「私もきっと、アクト様の立場なら同じことをしたと思います。だから、怒る資格はありません。今さっきも、お二人から休むように言われたばかりですから」
「イリアスもか? ははっ、お互いに休めないのは、もはや病気だな」
「はい。中々治りませんね」
「そうだな」
「でも、以前よりはよくなりました」
「そうなのか?」
「はい。心配して、声をかけてくれる人がいてくれますから」
スパーク王国の聖女として活動していた頃は、毎日が忙しくて、忙しいことが当たり前で……。
きっと、周りもそれに慣れていたんだと思う。
思い返せば、昔は心配されていた。
働きすぎなんじゃないかとか。
休んだ方がいいのではないかと、言ってくれる人もいた。
でも、頑張り続けていくうちに、大丈夫だと思われたのだろう。
いつしか、私のことを心配する声はなくなった。
「いいことですね。見てくれている人がいるのは」
「ああ、その分、背中が任せられるから無茶ができる。って言ったら、ジンに怒られたことがある。そんなことのために一緒にいるんじゃないぞって」
「ふふっ、そういうながらも助けてくれるんですね。ジンさんたちは」
「そういう奴らだ。昔から俺の無茶に付き合ってくれる。血のつながりはないけど、俺は兄弟のように思っているよ」
アクト様は思い出を振り返っているのだろう。
ああ、本当に羨ましい。
私にも、気の許せる人たちが……背中を任せられる人がいてくれたら、何か違ったのだろうか?
スパーク王国での生活も……。
「今は君もいる。余計に頑張っても大丈夫って思ったのがよくなかったかな」
「……私にも、疲労を治すことはできませんよ?」
「そうだな。疲労は自業自得だ。神様だっていつか怒る。君も、神様に働きすぎだと怒られる前に、しっかり休むといい」
「そうさせていただきます」
そうして陛下と一緒に、緩やかな時間を過ごす。
忙しい毎日の中で、ゆったりと流れる時間は貴重で、心と身体を癒してくれる。
頑張り過ぎたら怒ってくれる人がいる。
心配してくれる人も、支えてくれる人たちも。
この国にいると、私は一人じゃないと思えるから、とても身体が軽い。
疲れている時だって、走り出せてしまうような。






