似た者同士、近づく距離①
元スパーク王国宮廷の天才魔導具師、ポール・マットがスローレン王国の一員となった。
彼の技術はスパーク王国を大いに発展させた。
今、その素晴らしき手腕がスローレン王国にも振るわれる。
「――という感じで、俺たちの国は様々な問題を抱えている状況だ」
「なるほど……先に解決しないといけないのは、寒さ対策ですか?」
「そうだな。目下の問題はまさにそれだ。特にお年寄りの世帯で、暖炉がない家は命の危険すらある」
アクト様がスローレン王国の現状を彼に説明した。
私たちが直面している問題は、この寒さをどうしのぐかというもの。
聖女の力で奇跡を起こし、天候を変えることができても、気温まで変えることはできない。
冬を迎えるのは私たちの国だけじゃないからだ。
世界的に環境を変化させることなど、もはや奇跡ではなく公害である。
私もポールに街を回った時の感想を伝える。
「街を回っている時に訪問した家も暖炉がありませんでした。今はまだ毛布と厚着でなんとか寒さをしのいでいますが、これからさらに寒くなると厳しいと思います」
「た、確かに今も寒かったですね。じゃあ暖房魔導具を作ります」
「そんな簡単にできるのか?」
アクト様が彼に尋ねる。
私も魔導具に関しては、そこまで詳しくない。
魔法、魔導具学は他の学問と比べて難しく、知識だけではどうにもならない。
第一に、魔法使いとしての才能がなければ、土台に立つことすらできないからだ。
天才は語る。
「で、できますよ。素材さえあれば割と簡単に」
「素材か……」
アクト様が難しそうな表情を見せる。
スローレン王国は資源不足で、あらゆる物資が枯渇している。
資金も他国に比べて多くはない。
魔導具の素材も、他国から購入しなければならないだろう。
飲食類の輸入とはまた違う。
より多額のお金が必要になるだろうことは、素人の私でも予想できた。
「そ、素材のことなら、これ使ってください」
悩んでいる雰囲気を感じ取ったポールが、背負っていたカバンをテーブルの上に置く。
彼の小さな背中には少し大きいカバンだった。
実はずっと気になっていた。
彼を運んだ時から、見た目以上に重たいなと思っていたから。
一体何が入っているのか。
ポールはカバンの中身をテーブルの上に広げた。
アクト様が驚く。
「これは……!」
「ぼ、僕がこれまで作った魔導具です。小さい物で、持ち運べる物は持ってきました」
ゴロンと大量にテーブルに並んだのは、彼が作ったという魔導具たち。
どれが何なのかはさっぱりだが、一つ一つ形や色が異なる。
種類だけなら二十から三十はあるだろう。
これを一人で発明したというのか。
「あ、ちゃ、ちゃんと僕が個人的に作った物だけですからね? 素材とかも全部、自分の給料で買った物なので、決して盗んだわけじゃないです」
「そんなこと気にもしていなかったな。これを全部一人で作ったのか?」
「は、はい。一応……えっと、これは石の形を変えるやつ、こっちが水を蒸気にして圧縮するやつ、あとこれなんかは変わってて、飲むと一時的に嘘がつけなくなる液体とか」
ポールが魔導具の説明を始める。
早口で次々に説明をして、私たちはそれを聞いている。
全部効果が違うし、統一性があるわけでもない。
よくもこんなに様々な効果の魔導具を思いつき、作成できるものだと感心しながら聞いていた。
すると、ポールが自分だけしゃべっていることに気づく。
「あ、す、すみません! つい調子に乗ってしゃべりすぎました……」
「いや、面白いな。この中に暖房魔導具もあるのか?」
「い、いえ、ないです。でもこれの素材を分解すれば、小型のものなら作れます。あとは足りない分は、残った素材を売ってください」
「え、いいのか? 君が作ったものなんだろう? それを……」
自らの研究成果、努力の足跡を差し出したポールにアクト様は戸惑う。
本当にいいのかと問う彼に、ポールは小さく頷いて答える。
「いいんです。どうせ使い道なかったので……それに、必要ならまた、作ればいいんですよ」
「ポール……」
「ち、力になりたいんです。そのために持ってきたので、ぜひ使って、ください」
彼はまっすぐ私とアクト様のことを見つめている。
その瞳には迷いがなく、本心からそう思っていることが伝わった。
私よりも年下で、まだ成人前の男の子が、自分の身を削って役に立とうとしている。
健気で、まっすぐな想いに心を打たれたのは、私だけじゃないはずだ。
「ありがとう、ポール。大事に使わせてもらうよ」
「は、はい。よかったです。そ、素材が集まったらすぐ魔導具を作ります!」
「ああ、設備も可能な限り用意しよう。あとは寝泊まりも王城でしてくれて構わない。部屋も用意しておく」
「い、いいんですか? ありがとうございます」
「そのくらいはな。君がこの国と彼女のために頑張ってくれるなら、俺も君がしてくれたことに報いたいんだよ」
「……」
ポールはアクト様の顔をじっと見つめる。
それに気づいたアクト様が、キョトンと首をかしげて尋ねる。
「何か聞きたいことがあるのか?」
「あ、いえ、僕が知ってる王様とは全然違って、王様ってもっと怖くて、威張っている人だと思っていたので……優しそうな人で、あ、安心しただけです」
「ははっ、生憎俺も新しく王になったばかりでね? 今はまだ手探りなんだ。それに、一人じゃ何もできないから、みんなの力を借りている身だからな? 威張るなんてできるはずもない。俺は支えられてばかりだよ。情けないな」
そう言って笑うアクト様に、私は言う。
「情けなくなんてありません。それも、アクト様のお力だと思います」
「イリアス?」
「支えたいと思える相手であることは簡単ではありません。これまでアクト様、皆さんにそう思われるだけのことをしてきた証拠です」
「ぼ、僕が聖女様の力になりたいと、思ったのと一緒ですね!」
「――そうか。そうだといいな」
アクト様は優しく微笑む。
嬉しそうな中に、ほんの少しだけ疲れているように感じた。
彼は国王になって短い。
期待され、求められることへの重圧に、さすがの彼も疲労を感じているのかもしれない。
「アクト様、偶には休んでくださいね」
「ああ、大丈夫だ。これからもっと忙しくなるぞ! ポールから貰ったものはありがたく使わせてもらう。すぐに交渉して、資金を集めよう。魔導具作りの素材を教えてくれるか?」
「は、はい。えっとですね。小型のなら――」
二人は早々に打ち合わせを始める。
張り切っているし、今止めるのは無粋だろう。
心配ではあったが、私にもやることはある。
二人は部屋に残り話を続けて、私はシオンと一緒に街へと戻った。






