天才魔導具師の少年②
私とシオンは教会に足を運ぶ。
「イリアス様、本日はどうされますか?」
「いつも通りにしましょう」
「かしこまりました」
私たちのいつも通りは、まず教会で一時間ほど待つ。
その間に相談者が来たら対応して、もし誰も来なかったら、私たちのほうから街へと赴く。
一か月も経てば、街の人たちのことが少しずつわかるようになった。
彼らは遠慮しがちだが、それだけが教会に足が向かない理由ではなかった。
単純に、忙しいのだ。
日々のお仕事や家事、働き手が不足している分、一人に課せられる仕事量は多い。
若い人が特に少ない影響で、お年寄りだけではなく、子供までお仕事の手伝いをしていた。
そんな状況の中で、わざわざ教会に足を運ぶ時間はない。
よほどの相談事ではない限りは。
一時間が経過する。
「そろそろ行きましょう」
「かしこまりました。上着を用意いたします」
シオンが外出用のコートとマフラーを用意してくれていた。
頼んだわけでもないのに、さすがだ。
「ありがとうございます。外は寒くなってきましたね」
「はい。体調を崩しやすいのは、お年寄りだけではありませんので」
「そうですね。私たちもしっかりしないと」
コートとマフラーを着て外に出る。
吹き抜ける風が冷たい。
雲一つない青空の日こそ、寒さがハッキリと感じられる。
もうすっかり冬になっていた。
教会に訪れる人が極端に減っているのは、冬になって外に出られないお年寄りがいたり、さらに寒さが厳しくなる前に、外の仕事の人は頑張っているからだ。
食事の時にアクト様が言っていたことを思い出す。
それぞれが役割を全うする。
まさにこの国は、一人一人が最善を尽くすことで成り立っているのだろう。
教会を出発した私たちは、街へと赴く。
外で作業をしている人は寒そうだ。
建物の修理をしている大工さんなんかは、こんなに寒くても半袖で汗を流している。
力仕事の人たちにとっては、夏場よりも冬のほうが楽かもしれない。
寒さもあってか、仕事以外で外出している人が減っていた。
「どうされますか?」
「そうですね。お年寄りが住んでいる家を、一軒ずつ見て回りましょう」
「かしこまりました。では、こちらから」
「はい」
こういう時、街が広すぎず、人口も多くないことが利点となる。
街の人たちは大体の人が顔見知りで、お年寄りが暮らしている家もすでに把握している。
冬場、特に体調を崩しやすいのはお年寄りだ。
急激な気温の変化は、脳梗塞などの怖い病気の要因になる。
私が元いた世界でも、トイレから出てすぐ倒れてしまうお年寄りがいたり、寒い時期は気をつけないといけなかった。
「こんにちは。いらっしゃいますか?」
「おや、聖女様。いらっしゃいませ。今日も見回りに来てくださったんですね」
「はい。体調にお変わりはありませんか?」
「この通り元気ですよ。今お茶を出しますので」
「お気になさらないでください。私もすぐに出ますので」
「そうですか。毎日ありがとうございます」
一人暮らしをしているお婆さんの家を訪ねた。
このお婆さんは一週間前に風邪を引いて、その際に祈りの力で回復している。
すっかり風邪はよくなったけど、一人暮らしは心配だから、ほぼ毎日こうして様子を見に来ている。
こういう人が他にも、この国には多い。
お婆さんと世間話をしている最中、ぶるっと震える。
冷たい隙間風が入ってきたようだ。
シオンが私にしか聞こえない小声で呟く。
「この部屋、かなり寒いですね」
「そうですね」
かなり古い家だから、外気温の影響を受けやすいみたいだ。
室内の気温は、体感で外と大差ない。
お婆さんは温かい服に毛布で包まって、寒さをしのいでいた。
「また来ます。なるべく温かくして過ごしてくださいね」
「はい。聖女様もお気をつけて」
一先ず今日も元気だったからよかった。
私たちは家を出る。
外は寒いけど、家の中も同じくらい寒かった。
シオンが私に言う。
「あの寒さで過ごすのは心配ですね」
「そうですね。また風邪を引いてしまうかもしれませんし……」
私の祈りで風邪や病気は治っても、予防ができるわけじゃない。
元の世界では予防接種というものがあったけど、この世界にはなかった。
魔法が魔導具が発展している影響で、医学の発展が緩やかなのだろう。
ワクチンという概念も存在しない。
その影響もあって、感染力の強い病気が発生すると、すぐに国中へ広がってしまう。
スパーク王国で聖女として働いている時も、流行病が発生した時は大変だった。
というように、病気には原因がある。
気温の変化、急激な寒さで風邪を引いてしまったのなら、寒さ対策をすべきだ。
しかしこの国に暖房器具がなかった。
あるのは暖炉だが、薪も限りがあるため、頻回には使えない。
お婆さんの家のように、暖炉がない家もある。
「何とかできないでしょうか」
私は呟く。
これからもっと寒さは厳しくなり、雪も降るそうだ。
そうなったら、あの家はもっと凍えるような寒さになって、厚着や毛布じゃ限界が来る。
事実、毎年この時期になると、多くの人が体調を崩し、命を落とすそうだ。
冬こそ、人口が一番減りやすい魔の期間である。
私にできることは、病気になった人たちを治療することだけだ。
もどかしい。
根本的な解決方法があれば……。
「イリアス様、あれを」
「はい?」
考えながら歩いていると、シオンが何かを見つけたらしい。
視線を向けると、道の真ん中に人だかりができていた。
この冬に、人が大勢集まっているなんて珍しい。
「何かあったのかもしれません。行ってみませんか?」
「そうですね。行きましょう」
怪我人がいるのかもしれない。
それなら私の出番だ。
私たちは人混みへと近づき、集まっている人に声をかける。
「すみません、どうかされましたか?」
「あ、聖女様! ちょうどいいところに! 行き倒れた人がいるんです」
「行き倒れ? それは大変ですね」
「ええ、そうなんですが……どうも見た目が……」
「見た目?」
「この国の人間じゃなさそうなんですよ」
集まっていた人に聞く限り、国の外から来た人間が倒れているそうだ。
私にはどこの国の人間かなんて関係ない。
アクト様が私を導いてくれたように。
困っている人がいるなら、手を差し伸べるのが私の役目だろう。
人混みをかき分けて、私とシオンは中心にたどり着く。
確かに人が倒れていた。
若い男性……小柄で、成人前だろうか。
そんな幼さと、どこか既視感があった。
「確かに、この国の人間ではありませんね。この服装は……スパーク王国?」
「はい。これは……」
宮廷で働く人の服装だ。
私は王城で過ごした時間が長いから、何度も見ている。
コートで隠れているけど、間違いなくスパーク王国の宮廷職員の服装だった。
それに、この人は……。
「どこかで……」
「……あ、聖女様……」
「――! 気がついたのですか? 大丈夫ですか?」
弱々しい声が聞こえた。
倒れていた男性が顔を上げて、私を見て安堵したような笑みを浮かべる。
「よかった……やっと……みつけました……」
「私を探していたんですか?」
「はい……謝り……たくて……魔導具のこと……」
「魔導具……! まさか、あなたは――」
直後、彼は意識を失った。
心配になって駆け寄った時、彼のお腹から……。
ぐぅー。
と、いい音が聞こえた。






