偽者と本物②
確かに私は、自分が聖女であることに疑問を抱いた。
けれど、私が聖女であることは紛れもない事実であり、今もこの身に聖女の力を感じている。
だからこそ理解ができなかった。
目の前の光景と、彼女の口から聞こえてきた言葉が……。
私は聞き返す。
「……あなたは、誰ですか?」
目の前に立つ、私によく似た女性はニコリと微笑む。
「私はイリアス・ノーマンです。この国の聖女です」
「違います。イリアスは私です! あなたは……」
容姿はそっくりだ。
髪の色も、長さも、身長や体格も私とそん色ない。
ただ瞳の色が違う。
私の瞳の色は青く澄んでいる。
彼女の瞳の色は、エメラルドグリーンだった。
その一点の違いに、気づいたことで、私は彼女が誰なのか理解する。
「マリィ……さん?」
「いいえ、私はイリアスです。マリィさん……あなたなんじゃないですか?」
「何を言っているんですか?」
間違いない。
この声と雰囲気は彼女だ。
私たちの容姿は元々、血縁関係がないのによく似ていた。
それこそ、髪型と目の色以外は一緒だった。
彼女以外にありえない。
ここまで私に似ている人間などいない。
何より、こんなことをしそうな心当たりは、彼女だけだった。
「どういうつもりなんですか? マリィさんが私の真似をするなんて」
「真似ているのはそっちでしょう? 聖女の地位を奪おうとでも考えたのかしら。怖い人だわ」
「違っ、それはあなたのほうで――」
「いい加減にしないか」
大聖堂にライゼン様が姿をみせる。
彼は怒っている様子だった。
私の味方をしに来てくれた……なんて、ありえないことは最初からわかっている。
このタイミングで現れたということは……。
「君には失望したよ、マリィ」
「……」
やっぱり、この人もグルなんだ。
ライゼン様は私になり変わったマリィさんの隣に立ち、本物である私を睨む。
「まさかこんな馬鹿げたことをするなんて……聖女になり変わろうなどと、神への冒涜だよ?」
その言葉をそっくり二人に返してあげたい気分だ。
こんなことをして、神様はどう思う?
国民は?
一体何を考えているのだろうか、この人たちは……。
「ライゼン様! 私がイリアスです! 彼女がマリィさんで」
「ふざけるんじゃない! この僕が、仮にも婚約者を見間違えるはずがないだろう!」
ライゼン様は声を荒げた。
どの口が言うのだと、心の中で呆れが湧きおこる。
私のことを婚約者として認めなかったのは、あなたじゃないですか?
ライゼン様は偽聖女になったマリィさんの肩にそっと手を回し、自身の胸の中に抱き寄せる。
「彼女がイリアス・ノーマン。私の婚約者であり、この国の聖女だよ」
「はい。ライゼン様」
「……」
もうダメだ。
この二人に何を言っても、話し合いにすらならない。
こうなったらノーマン公爵……もしくは国王陛下に相談するべきか?
ただ、この二人がグルなのだとしたら、陛下やノーマン公爵も同様に、この話に関わっている可能性が高いだろう。
彼らも、私が聖女に選ばれたことを認めていなかったから。
「……なら、証拠を見せていただけませんか?」
「証拠?」
「はい。本当に聖女なのだとしたら、祈りで奇跡の光を起こせるはずです」
私はマリィさんに視線を向けて、そう告げた。
いかに容姿を似せても、聖女の力は唯一無二だ。
力までは真似られない。
「ふふっ、もちろん構いません。見てください。これが私の……聖女の力です」
「――!」
彼女は両手を組み、祈り始めた。
淡い光が彼女の周りを包む。
ライゼン様がうっとりとした表情で見入る。
「ああ、なんて綺麗な光なんだ」
「これは……」
聖女の力ではない。
私の中にある聖女の力とはまったくの別物だと断言できる。
彼女の手首には、初めて見る腕輪が装着されていた。
おそらく魔導具だろう。
魔法の力で、聖女の光を誤魔化しているに違いない。
「ライゼン様! これは聖女の力ではありません!」
「……君は、聖女の、神の光すら否定するのか! なんて罰当たりなんだ!」
「違います! 偽っているのは彼女です! その腕輪を――」
「もういい! 君の虚言に付き合っていると頭が痛くなるんだ!」
「っ……」
怒声が大聖堂に響いた。
怒りに殺意が込められたような鋭い視線で、彼は私のことを睨んでいる。
恐ろしかった。
このまま食い下がったら、手が出るんじゃないかと思うほど。
そう思うと萎縮して、私は何も言えない。
「聖女の名を騙った罪は重いぞ! ライゼン・スパークロンの名のもとに銘ずる。マリィ・ノーマン、をスパーク王国から永久追放とする!」
「――! そんな……」
追放……?
追い出されてしまうの?
この国から……。
突然ハッキリと告げられた追放宣言に、頭が真っ白になる。
クスリと、笑い声が聞こえた。
聞こえた方向には案の定、彼女がいる。
言葉には出さずとも、彼女の心の内が聞こえてくるようだ。
――いい気味ね。
「今すぐ出ていくんだ。君はここにいるべき人間じゃない」
「ライゼン様……私は!」
「まだ自分が本物だとでもいうつもりかい? そろそろ僕も限界だよ」
「……」
ああ、本当にダメだ。
このままじゃ私は、この国から居場所を完全に失ってしまう。
聖女の地位も、偽者に奪われてしまって……。
どうにかしなくちゃ。
私が本物の聖女なのだからそれを証明して、彼らが嘘をついていることを世に知らしめる。
どうやればいい?
誰も味方はいない。
信じて協力してくれる人はいないのに、私一人で何ができる?
それでも私は聖女だから……。
偽者なんかにこの地位を――
「あ、別にいっか」
「「え?」」
ふいに声に漏れたのは、窮地に追い込まれてたどり着いた本音だった。
キョトンとする二人を他所に、私は気がつく。
そうだ……そうだよ!
私はずっと、聖女を辞めたいと思っていたじゃないか。
聖女の地位から解放されて、自由にこの世界を生きたい。
それこそが私自身の願い、祈りだった。
叶うんだ。
彼女が代わりに聖女をしてくれる。
だからもう、私が聖女として頑張る必要がない。
私は――自由になれる。
「わかりました。すぐに出ていきます。今までありがとうございました」
そう思うとスッキリして、追放してくれる彼らにも感謝の気持ちが湧いてきた。
聖女を辞めるきっかけを作ってくれた二人に、私は頭を下げる。
「マリィ……? 急にどうしたんだい? 頭がおかしくなったのかい?」
「そうかもしれませんね」
「何を……」
清々しい気分だ。
悪態をつかれても、気にしなくていい。
どうせもう聖女じゃない。
その役目は、偽者が代わってくれるそうだから。
「マリィさん……いえ、イリアスさんですね」
「え、ええ、そうよ。私がイリアスよ」
「頑張ってください。聖女の役目は大変ですけど、やりがいはありますから」
「そ、そんなこと言われなくてもわかっているわ。偽者はあなたよ」
「はい。それで構いません」
本物とか偽者とか、もうどうでもよかった。
私は解放される。
もう義務感や仕事で、祈りを捧げなくてもいいんだ。
酷い話ではあるけれど、私は身体が軽くなったように感じた。
「お世話になりました。それでは失礼します」
「あ、ああ」
「さようなら。マリィさん」
「はい。本当に頑張ってくださいね? イリアスさん」
これから大変になるであろう彼女に、同情と少しの意地悪を込めて別れの言葉を告げた私は、振り返ることなく大聖堂を出ていく。
外は快晴だった。
早朝の朝日が私を照らしている。
「さぁ、どこに行こうかな」
自由をもらい、私は歩き出す。
こうして聖女としての人生ではなく、私の人生を歩み始めた。
その足取りは、軽やかだった。