新天地でもう一度③
「皆、本当によく耐えてくれた。厳しい状況が続くこの国で、多くの者たちが生きるために、国を出ることを選択した中で、残ってくれてありがとう」
「殿下……いや、もう陛下か」
「当然じゃないですか。ここは私たちの故郷なんだから」
アクトール陛下の言葉に応える声が聞こえてくる。
彼にも届いているだろう。
しみじみと感じ取り、彼らの想いを噛みしめるようにして、アクトール陛下は言う。
「心から感謝している。と同時に、心苦しかった。皆が苦しんでいるのに、何もできない自身の無力さを呪ったよ」
彼は拳を強く握りしめる。
それを後ろで見ていたジンさんとシオンさんも、彼の想いに呼応するように、悔しそうな表情を見せた。
皆が同じ気持ちなのだろう。
「私にもっと力があれば……そう何度も願った。だが、私は所詮、ただの人間だ。できることは限られている。だが、神は我々を見捨てはしなかった! 神が定めた運命か。あるいは、皆の想いが届いたのかもしれない」
彼は高らかに語りだす。
人々は、何の話かわからず首をかしげていた。
そろそろ出番だ。
ジンさんが私に視線を向け、小さく頷く。
「頼んだぞ」
「はい」
「これから冬になる! 寒さに震え、病に怯えるこの時期に、彼女が来てくれたんだ」
打ち合わせしていた陛下のセリフが聞こえる。
私は歩みだす。
前へ、陛下の隣へ。
人々が見上げる位置へと。
風が吹き抜ける。
「紹介しよう。彼女はイリアス、この国にやってきた聖女イリアスだ!」
「聖女様!?」
「ほ、本物か?」
「なぜこの国に? スパーク王国にしか聖女様はいらっしゃらないんじゃなかったのか?」
困惑、疑問の声が人々から聞こえる。
驚くだけじゃない。
スパーク王国はお隣で、聖女の存在は王国の象徴とも呼べるものだった。
王族だけではなく、国民が認知しているのは必然か。
もしかしたら、実際にその眼で、私を見たことがある人だっているかもしれない。
私がスパーク王国の聖女イリアスだと知ったら、どう思うだろう?
私でも疑う。
本人なのか、偽者なのか。
信じてもらえるかどうかは、これからの行動にかかっている。
「スローレン王国の皆様、初めまして。私はイリアス、聖女としてこの国でお世話になることになりました。どうかよろしくお願いします」
簡単な挨拶をして、私は人々に向けて頭を下げた。
未だ困惑している。
アクトール陛下の時のように、拍手が起こったりはしなかった。
やはり急には信じられないだろうか。
「驚いていると思う。困惑している者もいるだろう。だが、彼女は聖女イリアス本人だ。それは私が保証しよう」
彼は私に目配せをして、任せてくれと言うように話し始めた。
人々も彼の言葉に耳を傾ける。
「私自身も驚いている。彼女にも事情があって、この国にやってきた。詳しくはまだ話せないが、疚しさからくる秘密ではない」
私がなぜこの国にやってきたのか。
本当の理由は、まだ国民には話せない。
話さないほうがいいと、事前に話し合って結論を出した。
スパーク王国が聖女を偽り、本人である私を追放したことが知られたら、きっと大混乱になる。
噂が広がれば、混乱はスパーク王国の外へと漏れるだろう。
そうなったら、彼らの怒りの矛先はどこへ向く?
理不尽に、今私がいるこの国に向けられるかもしれない。
どちらが本物なのか、ではなく、どちらも聖女本人であると人々に思って貰えたら、余計な混乱を招かずに済むだろう。
「だが、これだけは信じてほしい。彼女は私の願いに応えてくれた。苦しむ人々を救いたいという私の願いに、心から賛同してくれてここにいる」
「陛下……」
残念ながら、私の言葉は届かないだろう。
聖女であっても、私はまだよそ者だ。
本人かどうかもわからない私がいくら語ったところで、人々の心には響かない。
だけど、彼の言葉なら届くはずだ。
人々から信頼され、求められて国王となった彼なら――
「どうか認めてはくれないだろうか? 彼女を、この国の一員として」
「……陛下がそうおっしゃるなら、なぁ?」
「ああ、信じるしかないよな」
「何はともあれ、聖女様がこの国に来てくれたんだ! 喜ばしいことじゃないか!」
人々の声が、驚きや困惑から、喜びに変化していく。
私たちはそれを感じ取り、安堵する。
「よかった……ありがとう、みんな」
「ありがとうございます、陛下」
あなたの言葉が、人々の心を動かした。
まさしく国王として、これ以上に相応しい人はいないだろう。
私は光栄に思う。
彼に選ばれたことを。
今なら人々にも、私の言葉は届くはずだ。
「皆様が抱える不安はもっともです。私のことを信じてもらえるかどうかは、これからの私にかかっていると思います」
「聖女様!」
「聖女様がお話しになられているぞ」
人々は耳を傾ける。
私の声に。
「ですからどうか、私のことを見ていてください。皆様に認めて頂けるように、この国の一員になれるように、私は祈り続けます」
「聖女様……わかりました」
「私たちは見ています! 聖女様のことを」
ようやく、と言っていいのか。
人々から拍手が起こる。
陛下の言葉があったから、人々の中に生まれた私に対する不安や疑念は、一先ず胸の奥にしまわれた。
けれど払拭されたわけじゃない。
本当の意味で理解され、認められるために、私もこれから頑張ろう。
「ありがとうございます」
「イリアス」
「はい」
こうして私は、正式にスローレン王国の聖女となった。
少し呆れてしまう。
スパーク王国を追放されて、聖女としての役割から解放されたのに、結局また聖女として振る舞う道を選んでいる。
けれど、聖女であることが嫌だったわけじゃない。
苦しんでいる人がいれば助けたいし、悲しんでいる人がいたら涙をぬぐいたい。
そう思う気持ちは本物で、どこまで行っても私は聖女らしい。
必要だったのは、聖女として立つべき新しい場所だったのだろうか?
それとも……。
 






