偽者と本物①
私の人生は、驚きの連続だった。
病死した私は、異世界で平凡な村娘として生まれ変わった。
と思っていたら、実は聖女の力を持っていて、いきなり王都に連れてこられたのが十年前のこと。
人生何が起こるかわからない。
ただ、驚く出来事があっても、それに順応してきた。
しかし今回の驚きには、開いた口が塞がらない。
私の前に、私によく似た女性が立っていた。
彼女は笑みを浮かべて私に言う。
「私はイリアス・ノーマンよ」
「……」
それは、この世界で与えられた私の名前だった。
彼女は名乗った。
私の、聖女としての名を。
「私が本物の聖女よ。偽者には出て行ってもらいましょう」
時間を数日前に遡る。
◆◆◆
「聖女様、どうかこの子の病を治してください。生まれたばかりなんです! どうか、どうか……」
「落ち着いてください。大丈夫、神はか弱き命を見捨てたりしません」
幼きわが子を抱いて涙す母親に、優しく諭すように語り掛けた。
子供は高熱にうなされ、苦しそうに呼吸を速めている。
医者に診てもらったが回復せず、藁にも縋る思いで王都まで足を運び、聖女がいるこの大聖堂へやってきたそうだ。
我が子を苦しみから救ってほしい。
その純粋な想いに応えるように、私は祈りを捧げる。
「主よ、迷える魂に救いの光を」
祈りによって生成された淡い光が、幼い子供の身体を包み込む。
これは天から施された神の祝福だ。
聖女は祈りを捧げることで、神様の奇跡を体現することができる。
私が真に願い、祈れば奇跡は起こる。
医者にも治せなかった病は、一瞬にして消え去り、子供は穏やかな寝息を立て始める。
「これでもう、苦しむことはありません」
「ああ……ありがとうございます! 聖女様! ありがとうございます!」
「私は主のお力を届けるだけです。ここまで足を運び、心から我が子の無事を祈ったあなたの想いが、主に通じたのでしょう」
「そうなのでしょうか」
私がそう言うと、母親は回復した子供の顔を見る。
子供は目を覚まし、母親にニッコリと笑いかけた。
その笑顔はまるで天使のように明るく、温かかった。
「よかった。本当に……」
美しい親子の愛情をおすそ分けされた気分だ。
悪くはない。
次々にやってくる迷える人々に祈りを捧げ、奇跡を起こしていく。
それが私の、聖女としての役目だった。
毎日、大聖堂には三百人を超える人々が足を運ぶ。
悩みの内容は千差万別。
先ほどの母親のように、命にかかわる病気に怯える者もいれば、先の見えない漠然とした不安を相談しにくる者もいる。
総じて共通しているのは、皆、何かに不安を抱えているということ。
私は祈りや言葉で、彼らの不安を取り除く。
夕刻になり、最後の一人が大聖堂を去っていく。
「……ふぅ、やっと終わった」
誰もいなくなったことを確認して、ようやく肩の荷が下りる。
やりがいのある仕事だ。
多くの人から感謝されるし、求められていることも心地いい。
けれどその分、一人が背負うには重すぎる期待が常にのしかかっていた。
加えて聖女は、この国で私一人だけだ。
皆が聖女を求めて私の元を訪ねてくる。
毎日毎日、迷える人の数は減るどころか、増え続けていた。
人生は一度きりで、不安を抱えることは仕方がない。
聖女の力に頼りたくなる気持ちも理解できる。
できるのだけど……。
「鍵をなくしたとか。そういうのくらいは自分でなんとかしてほしいわね……」
どう考えても、聖女の力に頼らなくても解決できる悩みも多い。
国民の一部は、聖女のことを便利屋か何かと勘違いしているのではないだろうか。
私だって一人の人間で、彼らと同じように不安や不満を抱えていることに、誰か気づいてくれないだろうか。
私は小さくため息をこぼす。
すると、大聖堂の扉が開く音がした。
私は扉のほうへと視線を向ける。
「こんばんは、イリアスさん」
「マリィさん……」
「随分と疲れているみたいじゃない。聖女とあろう者が情けないわね」
「……いえ、すみません」
彼女の名前はマリィ・ノーマン。
ノーマン公爵家の長女であり、立場的には私の姉に当たる人だ。
ただし血縁関係はなく、他人だけど。
彼女はニヤリと笑みを浮かべる。
「そんなに大変そうなら辞めてしまってもいいのよ。あなたみたいな田舎娘には、聖女の地位は不釣り合いだもの」
「……」
彼女はいつものように悪態をつく。
そう、いつものことだった。
彼女が私のことが嫌いなのだ。
その理由はシンプル。
私が彼女から……聖女の地位を奪ってしまったから。
「失礼するよ」
「――! ライゼン様、いらっしゃったのですね」
「ああ、こんばんは、イリアス」
少し遅れて大聖堂にもう一人、今度は男性がやってくる。
彼はライゼン・スパークロン様。
私が聖女として活動するこの国……スパーク王国の第一王子にして、私の婚約者でもある。
「マリィもこんばんは。君も来ていたんだね?」
「はい。不甲斐ない妹が、しっかり聖女としての務めを果たしているか見守っていました」
「そうか。優しいんだね、君は」
「そんなことありません」
二人はにこやかに会話している。
婚約者のライゼン様が、意地悪を言われている私を助けにきてくれた?
そんなことはまったくない。
婚約者などというのは名ばかりで、聖女だから勝手に決められたことに過ぎない。
そのことを、ライゼン様自身が認めていないのだ。
「本当なら、君が聖女に選ばれるはずだったのだけどね……どうしてこんなことになってしまったのか」
「申し訳ありません、ライゼン様……」
「君が悪い訳じゃないよ。神様も意地悪だね? それとも……イリアスの性格が、とても悪かったりするのかな?」
「……」
彼もマリィと同じく、私のことを快く思っていない。
理由は彼女と似ている。
ノーマン公爵家は代々、聖女の役割を担っている名家だった。
先代の聖女も、先々代の聖女もノーマン家の出身。
故に現代でも同様に、ノーマン家の血筋から聖女が誕生するはずだった。
誰もがそう思っていた。
しかし、実際に聖女に選ばれたのは、ノーマン家とは縁もゆかりもない村娘の私だった。
誰もが驚いた。
ノーマン家の人間も、国王様も、何より私自身が驚いた。
どうして私が聖女に選ばれたのかは、今になってもわからない。
けれど現実として、聖女の力は私に宿っている。
「きっと一時的なものさ。神様もいずれ必ず気づくだろう。聖女に相応しいのは誰なのか……ね」
「ライゼン様……はい。そうであることを願っていますわ」
私は八歳の頃、ノーマン公爵家の養子として迎え入れられた。
代々ノーマン家から聖女は生まれる。
国民もそれを知っているため、余計な混乱を防ぎ、伝統を守るために私がノーマン家の一員になった。
村でも孤児で身寄りもなく、優しい老夫婦に育てられた私は、誰に引き留められることもなく、流れるようにノーマン家で暮らすことになった。
それから大変だった。
貴族としての振る舞いを覚えさせられ、毎日のようにお勉強。
元から勉強は好きじゃなかったから、逃げ出したくなるほど辛かった。
けれど幼い私は逃げられず、貴族令嬢としての教育と並行して、聖女としての振る舞い方も身につけた。
そうして十年後の現在、私は立派に聖女として、人々の悩みに応えている。
皆が望んだように。
それなのに、未だに私のことを認めてくれない人が多い。
特にノーマン公爵家の人間と、王族の彼らは頑固で、貴族でもない村娘が聖女になったのは間違いだと、今も口をそろえて言っている。
もうわかると思うけど、ノーマン家にも、この王都にも、私の居場所はない。
自由時間なし、安らげる場所もなし、助けてくれる味方もいない。
あるのは聖女としての地位と、減ることのない聖女としてのお仕事だけだ。
「聖女が君であったなら、堂々と愛し合うことができたのに……残念だよ」
「私もです。ライゼン様」
「……」
私が目の前にいるのに、気にせず悪口を言ったり、イチャイチャする二人を見ていると、どうしようもなくため息をこぼしたくなる。
そんなに好きならさっさと婚約破棄して、マリィと婚約すればいいのに。
言ってやりたい気持ちはあっても、口には出せなかった。
私だって間違いだと思う。
どうして自分が聖女に選ばれたのか。
私でなくてもよかったのに……。
この頃はつくづく思うようになった。
聖女の役目から解放されて、自由にこの世界を生きたい。
叶わぬ願いだと知りながら、穏やかで心地いい日々を夢想する。
【作者からのお願い】
新作投稿しました!
タイトルは――
『残虐非道な女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女の呪いで少女にされて姉に国を乗っ取られた惨めな私、復讐とか面倒なのでこれを機会にセカンドライフを謳歌する~』
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