祝福
意外にも、シバタへ詰め寄っているのは女神だった。
「あんた、本当にやるの?」
「もちろん。”同種のデバフは重ならない”それなら僕にも『知識の帽子』は効かない可能性が高いです。何より、僕はこの仕様を組んだ人を信じますよ」
『Allon』のチェアに腰を下ろして手を組むシバタに迷いは見えない。
そんな姿へ女神はさらに噛みついた。
「仕様……。仕様、仕様ってあんた! 今のあんたはまだどの勢力にも属していない。この意味がわかるの?!」
「……いいえ?」
当然ながら、シバタは過去に死んだ経験などない。
ゆえに、この状況――”自分が死んでフラフラしている”ことへの知見などなかった。
「死者は天使か女神、死神に導かれる運命なのだ。もしそこから外れたら、どこにも行き場はないのだ。行き場のない死者ってことだよね。人間はそれを幽霊と呼ぶのだ」
「え。僕いま、幽霊なんですか?」
――知らなかった。 シバタの脳裏には死亡後のフローチャートに新たな状態遷移が追加されている。
「地上に戻ったら、だがな」
「ここではまだ、霊ですらない?」
シバタの問いかけに死神は顔をそむけた。
「目を輝かせるほど、違いはない」
シバタは顎に手をやって整理する。
現状の自身はおそらく、システムのメモリリーク内に存在しているのだろう。
適切なプログラム――つまりは天使、女神、死神に引き渡されなければ、ただただ行き場もなく蓄積されるだけ。
「やはり、何とかしないといけないですね」
チェアからすっと立ち上がり、シバタは天使から銀のとんがり帽子――『知識の帽子』を受け取る。
「待って! その帽子は危ない。それなら私がどんな手を使ってもあんたを異世界に送るわ」
「……あらゆる勢力から睨まれるぞ」
氷のように冷たい死神の目は、女神を射るように鋭い。
「幽霊を産むよりマシよ。だいたい、ジャンルがホラーになったらどうすんのよ!」
「め、め、めめめめ、メタめた……になるのだ」
天使が泡を吹いて白目を剥いた。森羅万象を知る苦痛。それはもう、描写にも耐えない。
そんな天使の様子もシバタは涼しい顔で受け流し、全てを受け入れるように言った。
「僕は気にしませんよ。例外を排除する、システム的なセーフティな仕様があるのは、むしろ歓迎します」
「こ、このクソバグギーク……! もう知らないわ。好きにすればいいのよ。でも……」
女神はシバタの前に膝をつき大きく十字を切った。そのまま、両手を組んで祈りを捧げた。
「あなたの旅路に……。四葉の加護がありますように」
「あ、ありがとう……ございます」
旅人を送り出す儀式、女神がシバタを祈っている傍らで、天使は死神の隣で俯いていた。
「死神……本当に良いのか、のだ。だって君の妹も……なのだ」
「ユイのことは関係ない」
「でも、シバタも同じ目に遭うよね」
「……」
死神は応えない。応えられないのだろう。
強い意志をたたえた瞳はかすかに揺らいでいた。
女神から祈りを受けたシバタが振り返る。
「とりあえず、何が起こるかわからないので先に礼だけ言っておきます。皆さんお世話になりました」
「……任務だった」
「のだ」
「ふん。さっさと行きな!」
それぞれの言葉を受け取ったシバタは、ふっとちいさく微笑むと、銀色の帽子を掲げ――、
「いきます!」
己の頭に被せた。