第五話
結局のところ、私たちの滞在期間中にアーサー殿は戻ってこなかった。
ヴェルも私も心配になったけれども、両親をこれ以上心配させるのも申し訳ないから、私たちはヴェルファダート公爵領に戻っていった。
それからしばらく私は錬金術のことを調べてみたけれど、本の中の言葉ではやはり足りなかった。
あの強い光は何だったのか、私が魔力を込めすぎたのか、それとも何か別の要因があったのか。知りたかった。
出来上がったものも思った以上に濃い成分だったようだったし、自分は錬金術に向いているのかどうか、というのも。
私の魔力があるというのは診断された。
しかし、その量などは気にしたことがなかった。
もしかしたら、もしかすれば私の力が強いのだろうか。
わからない。わからないけれど、なんだか胸の中がドキドキしている。
もしかしたら何かの突破口になるんじゃないかと期待すら感じられる。
でもどうしたらいいのだろう。
またアーサー殿に会えないだろうか。そして……ツヴェイル殿にも会えないだろうか。
ふいにあの顔を思い出す。
とても爽やかな、優しい方だった。
柔らかい声使いも、なんだか惹かれてしまった。
彼は私のことをどう思ったのだろうか?
「アルテシア!」
と、外からヴェルの声が聞こえてきた。
私は窓を開けて下を覗き込む。
するとそこには倒れている女性使用人と、ヴェルの姿があった。ヴェルはその使用人……おそらくアルテシアという名前なんだろう。
私はともかく下に向かっていこうとした。
廊下で木箱を運んでいる使用人がいて、私を呼び留めたような気がしたけれど、それを振り切って庭に出ていく。
ヴェルは慌てた様子でアルテシアを呼び掛けていたが、アルテシアはぐったりとして、顔も真っ青になっているようだった。
「どうしたの!?」
「あ、お、お嬢様っ! アルテシアが突然倒れてしまって……」
ヴェルの表情は憔悴しきっていた。
私はともかく倒れた使用人、アルテシアの様子をうかがう。
苦しそうに不規則な呼吸をしている。
顔色は遠くから見ていた時よりもずっと悪く、一刻を争う状態だった。
しかし、常備している薬を取ってこさせても、それが効くかはわからない。
直感だが、これは毒だ。何か盛られたに違いない。
私の中の何かがそう告げている。なぜだろうか、わからないが……。
「とにかく、私の部屋に運ぶわよ。ヴェル、体を支えてあげて」
「はいっ! アルテシア、しっかりして……!」
アルテシアを一先ず私の部屋へと運び入れる。
そして私のベッドに寝かせた。
と、私の部屋に先ほど見かけた木箱が置かれている。
「お嬢様、これは!?」
先ほどの木箱を運んでいた使用人だ。私は事情を説明し、とりあえず医者を呼ぶように伝える。
「そういえば、アーサーという方からの、献上品が届いております!」
「アーサー殿!? わかったわ、とりあえずあなたは行って!」
「はいっ!」
使用人は勢いよく飛び出して行った。私はすがるように木箱を開ける。
そこには古そうな錬金窯と、材料、そしてレシピと思わしき本一冊が入っていた。
手紙も書き添えてあった。
『ミス・ヴェルファダートへ。先日のご無礼をお許しいただきたい。あなたほどの魔力の持ち主であれば、その操作を誤らなければ必ず、錬金術を使いこなし、人を助けると思った。この錬金窯は師匠オルファンが使っていたもの。あなたの魔力にも耐えうるものでしょう』
私は手紙の言葉を見た瞬間、飛びつくように錬金窯を取り出す。
そして、すぐに組み立て、レシピを見る。
解毒剤の作り方が書いてあった。
私はすぐにアーサー殿からいただいた材料を錬金窯に入れ、魔力を込めていく。
「お嬢様っ、それは……」
「黙ってて!」
泣きそうな表情を浮かべているヴェルに、少し強い言葉をかけてしまった。
しかし、今度は失敗するわけにはいかないの。
私は錬金窯に魔力を注入しつつ、解毒剤ができるように祈る。
その祈りが形になっていくよう、魔力を操っていく。
錬金窯は煙を上げて、ゆっくりとふたが開いた。
何かの粉が出来上がっている。レシピを見ても、粉状の薬が出来上がると書いてある。
アルテシアの呼吸が浅くなっていた。
このまま医者を待っていては間に合わないだろう。
だとすれば、初めて自作した薬をイチかバチか飲ませるしかない。
「これを飲ませてみるしかないわね……。ヴェル、水を!」
「はいっ!」
私は粉を丁寧に紙で拾い上げ、慎重にアルテシアの元へと持っていく。
彼女の口にいちかばちか粉を入れた。
そして、それを飲み込ませるようにヴェルも水を彼女の口に含ませた。
「お願い、飲み込んで……!」
「アルテシアっ……頑張ってっ……!」
願いを込めて、アルテシアを励ます。
すると、ごくんと飲み込んだ音が聞こえた。
私とヴェルはハッとなり、彼女を見つめている。今度はせき込みはじめた。
そして、ゆっくりと目を開ける。
「アルテシアっ! よかった!」
ヴェルが彼女の体に抱き着く。
アルテシアは何が起こったか分からず、自分の状況もわからないまま、あたりを見渡していた。
私は途端に力が抜けて、その場に座り込んでしまう。
よかった、失敗ではなかったんだ。本当によかった。
ようやく、私の顔に笑みが浮かんできたことが自分でも分かった。
安堵とも言ってもいい気がする。そんなさなか、私の部屋に先ほどの使用人と医者が飛び込んできたのだった。