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第四話

「どうかされましたか?」


 と、じろじろと見すぎてしまっただろうか。

 ツヴェイル殿が困ったような表情を浮かべて首をかしげてくる。

 私は何でもないと首を横に振り、誤魔化すようにヴェルの方を向いた。


「ヴェル、お弁当は持ってきたわよね?」

「はいっ! こちらに……」


 ヴェルが取り出したのはサンドイッチの入ったバスケットだった。

 バスケットの中には所狭しといろんな具材のサンドイッチが入っている。

 正直作りすぎではないかと思ったけれど、そこで私は思いつくがままにツヴェイル殿に顔を向けた。


「私たちお昼にしますが、ツヴェイル殿もいかがですか? アーサー殿は……研究に集中されていらっしゃるみたいですし」

「よろしいのですか? わあ、おいしそうなサンドイッチですね」


 ツヴェイル殿は瞳を輝かせ、サンドイッチに興味を持っているかのように覗き込んできた。

 ヴェルは恐縮そうに顔を赤らめながらうつむいている。褒められ慣れてないのだろうか。


「ヴェルも楽にして、貴方も食べなさい。さすがにこれは私たち二人じゃ食べきれないわ」

「あ、ああ作りすぎて申し訳ございませんっ! ちょっと張り切ってしまってっ」

「それはわかっているから」


 私は苦笑して見せる。そしてふいにツヴェイル殿の顔を見ると、少し呆けた顔になっていたが、すぐにくすりと笑ってみせた。

 なんだか本当に裏表がなさそうな人だなぁと思う。

 そうして、ツヴェイル殿とヴェルと談笑を重ねながら夕方になるのを待った。


「そうでしたか、ヴェルファダート公爵殿下のご息女様でしたか。遠路はるばる、この地に来られて、大変だったでしょう」

「いえいえ、私が彼女……ヴェルの御父上の錬金術を見たいと言い出したことでしたから。遠かろうが関係ありません。むしろ良い機会に恵まれて光栄だと思いますわ」

「なるほど……」


 感心したようにツヴェイル殿は頷いて見せた。

 そして微笑むとヴェルの方を向いて、頭を下げる。


「いや、アーサー殿のご息女様にもお会いできて光栄の極みです」

「ひぇ、あの、貴族の方にそんな頭を下げられたら、私どうしたらいいか……」

「そうですよ、ツヴェイル殿。一応私たちは貴族。しっかり身分の差ははっきりさせないと」

「いいえ、貴賤の差など関係ありません」


 ツヴェイル殿がはっきりとした口調で言う。

 私は一瞬驚いてしまったけれど、その場を取り繕うとして出た言葉ではなく、本心の言葉なのだと気づくと、なんだか私が恥ずかしくなってきてしまった。

 しかし、ツヴェイル殿はすぐに微笑みを浮かべ言う。


「私の拘りですから、お気になさらず。変わった思考と思われるのは慣れっこですから」

「ああ、いえ。そんなことは……いえ、隠し事はしないほうがいいですわね。正直驚きましたわ」

「それは失礼を……」

「いえ、失礼などではありません。気づかされたのです。このヴェルとは友人としてありたいと思っていたのに、やはり身分のことを考えようとしていた。恥ずかしい限りですわ」

「いいえ、貴族としての在り方は貴女の方が正しいと思います」


 お互いに譲り合ったというかなんというか。

 しかし、なんだかおかしくなってしまって、ふふと笑ってしまった。

 失礼かなと思ったが、ツヴェイル殿も笑ってしまったようだ。そうすると笑いあってしまう。


「人の職場で談笑たぁ、良いご身分だな?」


 と、そんなところにアーサー殿がやってきた。

 相変わらず不愛想な表情を浮かべている。

 その手にはなにやら液体の入った瓶があった。蓋がつけられており、薄緑色の綺麗な液体だった。


「申し訳ございません。お邪魔でしたか?」


 私はあくまで謙虚な態度をとることにした。

 と言っても、イラついているわけでもなし、邪魔しているのは私たちなのだから、これぐらいは当然のはずだ。

 ツヴェイル殿も立ち上がり、お辞儀をする。と、ポーションの方を向いて、彼は表情を明るくした。


「それはもしや……」

「傷を癒すポーションだ。一瓶で三十人は癒せる。ただし、しっかり薄めて使えよ。じゃなければ過剰反応を起こすからな」

「ありがたい! これで最前線の兵士たちの癒し手を助けることができます! お礼の品は、かならずお持ちいたします。それでは、私はこれで……」

「ああ、さっさと帰れ」


 ツヴェイル殿はもう一度深くお辞儀をすると、ポーションを受け取り、その場を後にしようとする。

 なるほど、辺境での戦いで傷つく兵士たちに何か報いたかったのかしらね。

 そう考えると、とてもやさしい方に見えるけれど……あら、こちらを向いたわ。


「ミス・ヴェルファダート。またいずれお会いできる日が来るかもしれません。その時はよろしくお願いいたします」


 にこりと笑う彼の表情はとても印象的だった。

 なんというか、心がときめくような……いやいや、そういう場合じゃないのだから、私。今は錬金術のことを考えないと。

 そう思いつつも、私はツヴェイル殿に笑みを返した。

 彼は瓶を手にしてすぐさまにこの家を出て行った。……また会える日か。私は『一度』会っているはずなのだけれども、彼のこと、何もわからなかった。

 だからこそ、この出会いは何かを変えてくれるような気がする。

 そんなことを考えていると、アーサー殿のあきれ返った声が聞こえてきた。


「おい、聞いているか?」

「え? ああ、申し訳ございません。ちょっと……」

「ったく、錬金術のことを教えてほしいって言ったのはおめぇだろうが。さっさとこっちに来いって言っているんだ」

「見せてくださるのですね! 光栄です!」


 私は思わず勢いよく立ち上がってしまって、椅子を倒してしまった。

 ちょっとはしたなかったかしら。

 しかし、アーサー殿は特に気にすることなく、「ついてこい」の一言で奥へと向かっていく。

 私はヴェルと頷きあい、彼の工房へと入っていった。

 先ほどのポーションを作った残り香だろうか。先ほどの部屋にいたときよりも匂いが強くなっている。


「錬金術って言っても、大したことはねぇ。ただレシピに従って調合・錬金をする。それだけだ」

「お料理と似ているのかしら?」

「ああ、意外と頭が回るな。まさにその通りだ。そして誰も見たことがないものを作るには、それだけの閃きと素材、そして魔力が必要になってくる。料理も同じだな?」

「新しい料理を作るには食材選びや火力など、様々な要素を新しくする必要がある」

「ふむ……じゃあ、一つ作らせてやる。簡単な薬だ。必要な素材もある。まずは見せて、道具の使い方を教えるから、自分なりに作ってみろ」


 いきなりか、と思いつつ。

 これは試されているのだと、私は思う。

 私は袖をまくり、アーサー殿の近くへと歩み寄る。

 そして一通りの道具の使い方を学んだあと、まずはアーサー殿が錬金窯に道具や水などを入れ込む。

 蓋をして、彼は魔力を錬金窯に込める。

 すると、錬金窯がほのかに光だし、蒸気を上げる。私は少し驚いてしまったが、何とか声を上げることだけは避けた。

 アーサー殿が集中していたからだ。

 そしてしばらくするとほのかに光っていた錬金窯は暗くなり、自動的に蓋を開ける。

 覗き込むと、そこには先ほどツヴェイル殿が受け取ったポーションよりもさらに薄い色の液体があった。


「よし、できた……中にある液体があの坊ちゃんに渡したポーションの基本的な形だ」

「これが……」

「同じ材料がここにある、お前がやってみろ」


 まったく無茶を言うな、とも思う。

 料理で言えば、材料は用意した、さあ調理をしろと言っているようなものだ。

 しかし、私はそれでも怖気づかない。

 先ほど見ていたアーサー殿の動きを真似て、量なども自分の目分量で窯に入れていく。

 アーサー殿は何も言わない。

 ヴェルは後ではらはらとしたような表情を浮かべて様子をうかがっている。

 すべての材料を入れた後、私は窯のふたを閉めて、大きく一呼吸をした後、魔力を込めようと手を伸ばす。ほのかな光が窯から出てきた。

 成功したのかしら? そう思った瞬間、窯の光が一層強くなる。

 何かおかしい。私がそう思った瞬間、アーサー殿がとっさに私の腕をつかんだ。

 

「バカ野郎! なんて魔力の量を窯に入れているんだ!」


 その瞬間、窯の光は消え、ふたが開く。中を開けば、濃い、黒色にも見えるような液体が残っていて、しかも強烈なにおいを発していた。


「うわ……」


 私は思わず鼻を抑えてしまう。

 ヴェルも同じようにしながら、心配そうにこちらへ駆け寄ってきた。


「あぶねぇ、俺の窯が壊れるところだった……しかもなんだ、このやたらと濃いポーションは……あの坊ちゃんに渡した奴の十倍は濃いぞ」

「十倍!? そんなものが出来上がったのですか?」

「レシピ通りにやっていたらこんなもんはできねぇ。お前、何をした?」

「いえ、ただ魔力を込めて、薬を作ろうと思って……」


 私の言葉に嘘偽りはない。

 見様見真似でやっただけだ。それなのにこんなことが起こるとは思わなかった。

 アーサー殿は唖然とした表情を浮かべていたが、ため息をついて、窯の中身を処分すると、何やら考え事を始めた。


「あの、アーサー殿?」

「うるせぇ。今日は帰りやがれ。何も教えることはない」

「おっとう!」

「いいから帰りやがれ!」


 思わぬ彼の怒声に私たちは圧倒されたが、私は「ひとまず宿に戻りましょう」とヴェルに言う。そしてお辞儀をすると彼女と一緒に家を出て行った。

 次の日、アーサー殿の姿は家も工房にもなかった。

 どこかへ出かけてしまったのだろうか、とヴェルに訊ねてみるが、ヴェルもよくわからないと首をかしげるばかりだった。


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