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第二話

 さて、私一人になったわけだけれど。

 まずはともかく状況を整理しよう。

 今はこれまでと同じであるならば、十五歳、社交デビューは済んでいる。

 この数か月後、私の元にファルニエール王子との縁談が行われるはずだ。

 そのことは私が王家主催のパーティで見惚れて、我がままを言って結んだものだから、私が何もしなければ結ばれることもないはずなのに。


 他の人と婚約を結ぼうとしたこともあった。


 だが、結局私の元に来るのはあの王子だった。どこからともなく縁談が行われて、無理やりでも彼と婚約する。何かの因果が働いているのかわからないが。これをどうにかしなければいけないのではないだろうか。


 さらに問題はその後、私の穴を埋めるかのようにやってきた、義妹イリエスだ。親戚の家の娘で、両親が死んだことでこの家に養子としてやってくる。


 彼女の目的はおそらくこの家を乗っ取り、さらに言えば王子と結ばれ地位を手に入れようとすることだろう。なぜ知っているかは、彼女自身が私の処刑前に口を滑らせたからだ。

 

「……だけれど、私にそれを止めるすべはないのかもしれないわね……」


 復讐は考えたことがある。養子に迎えるなとわがままを言ったこともある。しかし、どう足掻こうと、彼女はこの家に根付くようにふるまい、そして私を破滅まで導くのだ。


 それに父も母も、私が言うのもなんだけど甘い人だ。優しいと言えば聞こえはいいのだけれど……。


「心が弱いとも言えるのよね」


 その両親も救いたいと思ったこともある。

 そこまで行ければいいのだけれど、どうしても私の破滅と両親の破滅はつながっているようだ。

 だから、私が生き延びるほかないのではないかと、ずっと考えている。

 考えをまとめるために、私は紙の上を、インクのついた羽ペンを走らせる。

 考えをまとめるためだけだから、もはや乱雑で何が書かれているかわからないものになっていた。


「いっそ止めることをあきらめる……?」


 ふいにそんなことを思いついた。

 何もできないとすれば『そこは』あきらめてしまうという選択肢もある。

 しかし、具体的にはどうしたらいいだろう?


「失礼いたしますっ。お嬢様、朝ご飯をお持ちいたしましたっ」

「ああ、ありがとう」


 と、部屋のノックとともに、跳ねるような明るい声の女性の声が聞こえてきた。

 私がそれに答えると、声の主、赤毛の使用人が「失礼しますっ!」と扉を開き、朝食を運んできてくれた。

 とりあえず、お腹を満たすことからね。

 と、私はメモを隠し、テーブルに置かれた朝食に手を伸ばす。

 赤毛の使用人はニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべてこちらを見ていた。


 赤毛はみつあみにされ、スカイブルーの瞳はなんだか爽やかさも感じられる。

 そばかすがあり、あどけなさも感じられつつも、可愛らしさがにじみ出ていた。

 今まで気にすることなかったけれど、彼女はなんでこんなにうれしそうなのだろう?


 私は六度目にして、その理由を聞いてみることにした。


「なんだかご機嫌ね。なにかあったのかしら?」

「い、いえっ! 申し訳ございませんっ」


 少し恐縮させてしまっただろうか。私はなるべく優しく笑みを浮かべて訊ねなおす。


「そんなに嬉しそうな表情をされたら、私だって聞いてみたくなるじゃない。嬉しいことは分け合った方がよいでしょう?」

「あう、その……私の実家の話なのですけどっ」

「実家? あ、ええっと、あなたの名前を聞いていなかったわね。聞かせてくださる?」

「へっ!? わ、私の名前なんか……」

「いいから」

「ヴェ、ヴェルと申します」

「ヴェルね、覚えたわ」


 ヴェル、どこかで聞いたことがある名前だけれど……。

 というのもこのメイドと話すのは初めてだ。

 朝食を持ってきてもらって、黙って私が食べて、そして終わる。だから名前を直接聞いたことはなかった。

 とりあえず記憶の片隅に置いておくことにする。

 私は彼女の実家のことを聞いてみることにした。何はともあれ、私の人生を変える要因になるのであれば何でも関わってみることが大事だ。


「それで、実家がどうかしたの?」

「その、私の実家……というか、私の父が錬金術師なのですがっ、その父が作った魔法のインクが評価されたってお知らせが来まして……」

「へぇ……」


 私は感心したようにうなずいて見せた。錬金術師、というのはどういう職なのだろう。

 私はさらに深く訊ねることにした。


 なんというか、好奇心が沸き上がってきたのだ。


 普段なら聞き流すところなのだけれど、自分でも不思議なことだった。

 興味がこんなに湧くのはなぜだろう。それを考える前に、私の口が開いていた。


「錬金術師っていうのは?」

「あの、例えば生薬と呼ばれるものからいろんな薬を作ったり、素材を組み合わせて新しいものを作り出したり……魔法のインクなんかは、魔法を使うための魔導書を作るために錬成されるんですけど……私や父みたいに魔法が使えなくても、魔力さえあれば……ってっ!」


 一生懸命に説明をしていた途中で、ヴェルは突然頭を下げ始めた。

 一瞬何事かと思ったけれど、思い当たる節があって、私は「ああ」と苦笑して見せた。

 なるほど、私の体のことを誰かから聞いていたのね。


「気にすることがないわよ。私は魔法使えないけれど、気にしていないわ」

「しかしっ……」


 そう、私は公爵家の娘でありながら、魔法を使うことができない。

 魔力はある、という診断だったけれど、それをうまく練り上げることができなかった。

 そのため、社交界でも無能の公爵令嬢と言われていた。

 その陰口ゆえに私は性格をゆがませ、公爵令嬢という立場を使って傲慢なふるまいをしていたのだ。


 それももう昔のようで、懐かしいような気分だ。


 今では魔法が使えようが使えまいが関係ないという考えだ。

 そもそも貴族が魔法を使って何かしているのを聞いたことがない。

 中には領地の繁栄や魔物退治のための魔法騎士団が重宝していると思うが、少なくとも社交界には必要ないことだった。

 私は、少し悪戯っぽく笑みを浮かべて、ヴェルに声を掛ける。


「そうね、じゃあ罰としてもっとお話ししてくださる?」

「えっ、えっとっ……」

「ほら、錬金術師のこと、教えてくださらない? それか、実際にあなたの実家にお忍びで訪問してみたいわ。実際に錬金術を使っているところ見てみたいもの」


 決してこれは意地悪で言っているわけではない。

 本音だ。魔法が使えない人々が使う技術、というものを自分にも使えるのではないかと思ったのもある。


「あのっ……そのっ……父は偏屈でして……お嬢様がお会いしたらきっと機嫌を損なわれてしまうますっ」


 職人気質というものだろうか。

 それはそれで面白いものだと思う。

 ヴェルは何度も頭を下げて、恐縮しているようだった。

 私はさらに興味を抱いて答えて見せる。


「その話を聞いて余計に会ってみたくなったわ。大丈夫、仕事の邪魔をするつもりもないし、邪魔になるならばすぐに帰るわ」

「その……わかりましたっ、手配いたしますっ」

「ごめんなさいね、我がままを言って」

「そのようなことはっ! 父の仕事にご興味を持ってくださって恐縮ですっ!」


 そう言って、ヴェルはそのまま朝食を片付け部屋を後にしていった。

 あわただしい子で、話し方に癖があるけれど、良い子だと思う。

 ああいう子が近くにいたらよかったのかしらね。


 それはともかく、私も無学のまま訪問するわけにはいかない。

 書庫に行って、錬金術に関する本を探ることにする。

 古びた本が一冊、隅っこに置いてあった。

 錬金術の基礎、という本だったけれど、誰も読んでいる形跡もなく、埃が積もっていた。

 私はそれを叩き落とすと、書庫の机で開いてみる。文字が汚いが、何とか読めるようだ。


 錬金術はその名の通り、金を錬成することを最終到達点にした術で、昔は魔力すら使っていなかったらしい。

 それがこの本の時代には錬金窯という魔力を使った錬金術が流行りだし、それが主流となったのだという。

 もちろん、古典的な薬草をすりつぶすなどの工程は残っているものの、錬金窯によって錬成を行うのが一般的らしい。

 しかも魔力さえあればその錬金窯を操ることができるという。


「へぇ……また便利なものがあるけれど、それが何で流行らなかったのかしら」


 私は小さくつぶやく。本によれば、そも、魔法があるのだから、そっちを使えばいい。

 金など、鉱脈から取ればいい。

 レシピを作らなければいけないのが苦痛。

 最低十年の修行が必要。

 と、魔法に対して手軽さがないのが普及しない理由のようだ。そもそも、錬金術によって金を生み出したものなどいないのだという。

 しかし、ある者にとっては錬金術でしか作れない薬やインク、金属などを必要とし、おかかえの錬金術師を雇っているといううわさもあるという。

 それがうわさでしかないのは、表向き、魔法が使えない者の落ちこぼれた術というのを活用しているというのを隠したいからだ、という。

 また国によっては錬金術を使えるものを国家が抱えているというが……この国はそうじゃないらしい。

 魔法至上主義のこの国では、魔法が使えない者が魔法の真似事をしているだけだと考えているようだ。

 本にはそのことについての文句も書いてあって、なんというかこの本を作った人物がどれだけ錬金術を愛していたかが伝わってきて笑ってしまった。

 なるほど、こういうこともできるのか。私は思わずつぶやいてしまう。


「幸せも錬成することができるのかしら?」


 こんなことを聞かれたら、気が狂ったかと思われるだろうが、私としては本音も本音だ。


 今まで送った人生の中で幸せだったことは一度もない。いや、何も知らなかった頃は幸せだったのかもしれないが、それももう道化のようなものだと感じている。


 結局のところ、本当の幸せというのは自分で作り出さなければならないのではないか。

 誰かから与えられるものではないのではないかと思ってしまう。

 だからこそ、私は幸せも錬成することができるか、と自問自答してみたのだ。


 当然答えは返ってこない。少しばかり虚しい気もする。


さて、主人公の方針が定まりつつあります。


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