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第一話

「これより、大罪人エリシアの公開処刑を始める!」


 あたりに男の声が響き渡る。

 それと同時に怒声にも似た民衆の叫びが響き渡ってきた。


 もう何度目だろう。この怒声を聞くのは。

 もういい加減慣れてきたし、さらに言えば飽き飽きしてきた。

 怒声に含まれるのは、暇な日常を埋めてくれる非日常への渇望。

 もしくは、面白半分で見て、話のタネにするだけのこと。

 本当に恨んでいるものなどいない。誰もがただ、非日常に飢えているだけなんだ。

 私なんてどうでもいい。大罪人という見世物が面白いことになるぞ、と。

 ごめんなさいね、面白いことなんて一つもないと思うわよ。


 私はぼろぼろの服を着させられ、首につながった綱に引っ張られてギロチン台に連れていかれる。

 そして拘束が行われると、いよいよ自分の首の上にギロチンが今か今かとその刃を光らせていた。


 もう、そんなに張り切らなくていいのよ。もうあなたと会うのは五回目なのだから。


 私はそんな、たぶん人に聞かれたら狂ったとしか思えない言葉を心でつぶやく。

 でもそうなのだから仕方がない。

 事実なのだから。

 こうしてギロチン台に固定されるのも、首に刃が落ちてくるのも。

 最初は怖かったけれど、もう何も感じることがない。はぁ、とため息すら出てくるのは、もはや余裕とも言えるのかもしれない。


 遠くに見えるのは、青ざめた表情を浮かべている元婚約者。

 私を捨て、こんな目に遭わせることを決めた張本人。

 もっと楽しそうにすればいいのに、そんなにギロチンされるところが見たくなければ、そこにいなくてもいいのよ。

 どうせ、こんなことになるとは思わなかったんだ、と言いたいのでしょうけれど、これがあなたの望む望まぬ関係のない結末なのよ。

 なんて小さな男なんだろう。最初に恋したことが嘘のように思えてくる。

 本当に醜い男ね。


「義姉さま」


 と、私がそう思っている間に、ギロチン台に誰かが上ってきた。

 これもいつものことだ。

 拘束されていて動けない私の代わりに、その人物が私の顔の前にやってきて、座り込む。


「イリエス……」


 イリエス・ヴァージニア・ウェルファダート。私の義妹。


「可哀そうに。哀れな義姉さまの最期を見届けようと思って、参ったんです」


 そして、私をこの状況にまでに追い込んだ張本人。

 優しい言葉とは裏腹に、私にしか見えていない顔には、愉悦と勝ち誇った顔が浮かび上がっている。

 

 私を蔑んでいる色すら見えていた。その顔を最初に見たときは驚き、叫び散らしたものだ。

 しかし、今ではもう腹の底すら知っている。

 私への慈悲や関心などなく、ただ邪魔者がいなくなることへの喜びと安堵しかないんだ。

 私は知っているのよ、あなたもあの王子と同じ。小心者なのだと。

 哀れな子。

 でも、その哀れな子に五回も殺されているのだから、私も大概愚か者よね。

 私は、はぁ、とため息を吐いた。彼女への憐憫のためじゃない。愚かな私を自嘲する意味だ。


 私はだるそうな表情を浮かべて、動く範囲に妹に顔を向ける。

 

「そんなところに立っていると、私の血で、大事な王子さまからもらったドレスが汚れるわよ」

「ええ、ええわかっています。でもこうしてあなたを憐れむところを見せないと、私のやさしさがみんなに伝わらないですもの」


 ゆがんだ笑みを浮かべている。

 さっきも言ったが、最初私は、この表情を見て本当に悔しくて無様に泣き散らしたものだ。しかし、五度目となるともうわかっている。

 わかっていたのに、このフィナーレを迎えてしまったのが悔しい。

 いっそ、六度目なんて訪れないで、そのまま終わってほしいなんてすらも思っている。

 だけれど、六度目は必ず訪れるのだろうな、と私は考えた。

 そして、そう考えているとおかしくなりそうだった。

 おかしくて、笑いが止まらなかった。私はニンマリと笑みを浮かべ、妹に向ける。

 イリエスはその表情を見て悲鳴を上げた。


「ヒッ。処刑前でく、狂ってしまったの?」

「狂ってしまった? 私はとうの昔に狂っていたわ!」

「何を……」

「イリエス様! 危険です! お離れください、こちらへ!」


 イリエスが連れていかれる。

 私は笑いが止まらなかった。

 刻々とギロチンが下ろされる準備が行われていく。


 と……不意に、視線を下に移したところ、必死にそうな表情を浮かべている男が一人。栗

 色の髪に、黄色の目。中性的な顔立ちをしているが、王子に比べてたくましくもあり、力強い瞳の中には悔しみが見える。

 ああ、あの人は最後まで私をかばってくれた、ツヴェイル・マイティス辺境伯だ。

 彼は私が投獄された後も、なぜか、私のことを擁護しようとしていたらしい。

 しかし、領地のこともあるのだろう。口に出せるのも限界がある。

 しかし、何で今回はそんなに心を痛めているような表情をしているの。

 私を助けたいとでも思ったの? でもそんなはずはない。

 今の私には味方なんていないのだから。

 でも、三度目も四度目も私のことを一人かばってくれて、そして五度目は、私の元へ悲痛な表情を浮かべて何かを叫びながら民衆をかき分けてこちらに来ようとする。

 でも、民衆の怒号によって何を叫んでいるか聞こえなかった。


 ギロチンが下ろされそうになっている。


 また死ぬのか、私は少しだけ怖くなった。

 ギロチンの刃が首に食い込む瞬間の痛みはまだ慣れない。それに……なんであんなに悲しい顔をしているのだろう。その顔を見るだけで、私の心は苦しくなっていく。

 

(もし、ツヴェイル辺境伯の悲しい顔を見ずに済むのなら。彼を幸せにすることができるのであれば……)


 その瞬間、ギロチンの綱が切られ、私の意識は一瞬にして真っ黒に落ちていった。

 


 真っ黒になって、何か水の中を浮かんでいるような沈んでいるような感覚になる。これも五度目のこと。

 私はその中で腕を組んでいる。

 だから、同じことがこれからも起こるのだろう。


「私の人生も六度目か……色々とやってきたけれど、結局終わりは一緒なのよね」


 私、エリシア・アンドレイア・ウェルファダートは、いわゆる傲慢公爵令嬢だった。

 欲しいものは何でも欲しいと親にねだり、甘やかされてきたのだが。

 しかし、突如養子として迎えられた義妹、イリエスが現れたことによって変わってしまった。

 親の愛は彼女に向けられ、嫉妬し、ついには私と婚約をしていたこの国の王子ファルニエールとイリエスは恋をし、私はというと、今まで行った悪事や親が行っていた不正……つまりはつけを払わされるかのように、親とともに処刑された。


 これが一度目の人生である。

 二度目の人生はほとんど同じだった。あれは夢だったんだ、と現実から逃れ、どちらかと言えば一度目よりもひどい人生を送り、同じように公開処刑された。


 三度目からは、私も『死に戻り』という、小説の中でしかないような経験であるということを認めざる得なくなり、まっとうに生きようと、貴族にふさわしい令嬢になろうと努力をした。

 

 しかし結末は同じだった。


 四度目と五度目の人生は、親の不正を暴くことに集中した。

 ついでに言えば、王子との婚約も断り……と言っても、結局無理やり婚約をさせられたのだが……一人で地味に生きていた。


 その結果があれなのである。


 不正らしい不正を見つけられなかった。しかし、私たちは処刑された。あの娘だけを置いて。

 そして嫌でもわかるだろう。不正は私たちが行っていたことではない。イリエスがでっち上げたことなのだと。


 その事実に気づくまでに私は五度の人生を棒に振った。

 しかし、彼女がでっち上げたと言って、私に何ができるのだろう?

 おそらくファルニエールも彼女の言いなりになっているのだろうから、不正を築くことぐらいやりかねない。


『……様、お嬢……エリ……様』 


 ああ、私の意識が元に戻ろうとしている。

 体が浮かび上がってくるのがわかる。

 私がなぜこんなことにならなければならないのか、わからないけれど。


 死に際に思ったこと。ツヴェイル辺境伯の悲しい顔を見なくて済むのであれば。あの人との幸せそうな表情を見られるのであれば。


 私はなんだってしたい。



「エリシアお嬢様、朝でございます……」


 なじみの深い使用人の声が聞こえてくる。

 私が起き上がると、処刑されていた時よりもほんの少し若い姿の自分の寝間着姿が姿見に写し出されている。

 金色の長い巻き髪、青い瞳。女性らしい体型をしている自分。

 ああ、また戻ってきたんだ、と感じざるを得ない。また人生が再始動した。

 いい加減おかしくなりそうだけれど、それでも気丈にふるまわなければ、何度も何度も繰り返すことになる。


「お顔を拭かれますか?」

「ええ、お願い」


 私がそうした気持ちを込めて笑顔で答えると、侍女は驚いたようにふるまう。

 当然だ。これも何度目かのこと。

 わがままな私は顔を拭くかと言われたことぐらいでも癇癪を起すような娘だった。

 当たり前でしょ、さっさと準備をしなさい、遅いのよ。そんなわがままを言う娘だった。

 でも、今の私は、前と同じであるならば十五歳の体、つまりは容器に多くの経験や後悔、様々なものを入れた人間だ。

 いやでも性格は変わるし、ねじ曲がっていた自分を恥じることもある。


「洗面器は?」

「あ、す、すぐに!」

「急がなくていいのよ。持ってきてくれるだけでありがたいんだから」


 私はそう言って、使用人に洗面器を用意させ、顔を洗う。

 首はつながっているようだ、と、いつも怖くて確認してしまう。

 もしかしたら、私はすでに亡霊で、同じ夢を見ているだけなのかもしれないと考えてしまうのだ。

 そんな私を侍女が不思議そうに首をかしげて見ている。

 そうよね、私以外、記憶がないんだもの、私が急変したようにしか見えないだろうし。

 驚くのも無理はないわ。

 心の中では何か企んでいるのではないだろうか、など考えているのではないだろうか。

 残念だけど、私は何も企んでいないわよ。ああいや、企んでいるとしたら、この後の人生設計かしら。


「どうか……なさいましたか? お首の調子が悪いのでしょうか?」

「いえ、なんでもないわ」


 私はとりあえず笑みを浮かべてその場をごまかして見せる。

 使用人はやはり首をかしげていたけれど、特に追及することなく、洗面器を持って私の部屋から出て行った。


死に戻り令嬢ものです。六度目の彼女はうまくいくのでしょうか……?本日はもう一話更新します。


もしよろしければ、本編の下にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです!


これにより、ランキングの上位へと行き、より多くの方に作品を読んでいただく事が出来るので、作者である自分の執筆意欲が高まります!


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