桃の乙女編 16
扉からの短い廊下の右手にはレストルームや水回りへ続く扉があるが、これは使用人専用で、その反対側の扉は、厨房と使用人達の休憩ルームなのだそうだ。
その短い廊下を抜け、リビングへと入室した。
リビングは想像していたよりは狭いが、並べられた調度品はどれも最高級のもので、ブランドに疎い美櫻でもわかる銘柄が並んでいる。
部屋が狭いとは感じたものの、しっくりと落ち着いた感じの壁には、いくつかの扉が設置されていた。
厨房から続く扉はもちろん、主人専用のレストルーム、書斎の他、簡単な会議室もある。
そして、奥へと続く扉を開けると、そこは四家の共通部屋となっていた。
そこで共に勉学に励み、次期当主としての才覚を養う場でもあるのだそうだ。
桃香はその部屋への入室は出来るものの、次期当主達とは学年も違うし、選択出来ない授業もあるらしく(次期当主専門や、学年ごとの科目)共に授業を受ける事は厳しいので、会議室の内の一室を借り、そこでオンラインで授業を受けることになったと言う。
「だからね、ここなら一緒に授業を受けられるでしょ?」
「そう・・ね。でも、私が出入りしていいのかしら? ここは、四家専用の・・・。」
「大丈夫! だって、蒼の許可がおりたんだもの。」
桃香は嬉しそうに微笑んでいるが、この場所で授業を受けるとなると、美櫻にとっては堅苦しいものでしかなかった。
桃香は「乙女」だと公表したため、自分の存在をもう隠そうとはしない。
そのため目立つのはもちろんなのだが、一緒に護衛に囲まれていたため、始終周りの視線を集めてしまっていた。
(エレベータに乗るまでのあの距離を、毎回あんなに注目されながら通るのはちょっと・・・。)
「桃香、あのね・・・。」
「美櫻の事だから、遠慮するっていうよね?」
美櫻の気持ちは察しているが、桃香は少し興奮気味に美櫻の言葉を遮った。
「わかってるじゃん。」
「でもね、特典があるんだよ?」
「?」
東館は特別プログラムを行う校舎である。
中でもその身体のどこかに四家を表す痣が現れた者、そして、「花の乙女」として開花した者は、特別な授業を受ける事となっている。
「邪」については多くが謎に包まれているが、四家に仕える者として、それらとの戦い方を学べるのだという。
「美櫻はさぁ、邪と戦いたい訳じゃないけど、研究をしてるよね?」
「うん、そうだけど・・・。」
「プログラムにはね、曉月教授の授業もあるんだよ? 受けてみたくはない?」
美櫻は、「邪」と戦うだけでは根本的な解決にはならないと考えていた。
もちろん、自分みたいなちっぽけな存在が、どうこうしたとして何かが変わる訳ではないことはわかっている。
戦い、その場では消滅させたとしても、新たな「邪」がすぐに現れる。
美櫻はここ最近の「邪」の出現に対して危機感を持っていた。
年々「邪」の強さが増してきているのだ。
ちゃんと食い止める策を立てなければ、いずれ強大な力となり、国が滅んでしまうのではないかとも懸念され始めていた。
その対策を考えるためにも、「邪」研究の第一人者である曉月教授の話は、美櫻にとっては聞いてみたい気持ちは大きい。
先ほど教授に出会ったが、思っていた印象とは違い、気さくで好感が持てた。
自分一人くらい授業に紛れたとしても、見逃してくれるかもしれない。
そんな気さえしてくる。
(でもなぁ・・・。他の候補者もいるし・・・。)
この特別な授業は、重要事項であるため、特に曉月教授のプログラムは別格なので情報漏洩を避ける必要があるため、授業はオンラインではなく、全員教室に赴き、出席する事が必須となっている。
上流階級の、それも四家直属の家紋の子息令嬢だけでなく、「花の乙女」に選ばれた者しか受ける事が出来ない授業なのだ。
それに部外者が入ってしまうと、目立つ事極まりない。
それに、そのことにより、龍家や桃香が誹謗中傷の的になる事も嫌だった。
「・・・桃香、気持ちはありがたいけど・・・。」
「ダメよ! 遠慮しちゃ。」
「でも・・・。」
「もう、許可は取ってあるのよ?」
「へっ?」
「龍雅花家次期当主、龍雅花蒼が申請した。許可が下りない訳がない。」
いつの間に龍雅花家次期当主が入室していた。
用を済ませ、桃香をお茶に誘いにきたのだという。
ついでに、他家の次期当主への紹介を兼ね、交流を深めるつもりのようだった。
(じゃあ、お邪魔虫の私は退散しましょ。)
美櫻は手短に次期当主に挨拶をし、桃香には先に帰る事を伝えた。
「美櫻、曉月教授の授業は、明日の午後からだからね~。予定しておいてね。」
「考えておくわ。」
帰り道も龍雅花家の護衛が門まで送ってくれた。
セキュリティの関係上、エレベーターの起動や門の開閉など、美櫻一人では東館の外に出る事さえ出来ないからだ。
(なんだか面倒くさいことになってきたわね・・・。)
美櫻は少し憂鬱に感じた。
龍雅花家の護衛を従えていたのだ。
地味な格好をしてきたのに全く意味がなく、案の定東館の外に出ても注目を集めてしまっている。
どうにか下校する人の中に紛れ、周りの視線から逃れる事が出来た。
今日は朝からずっと緊張していて、いらない疲れがどっと押し寄せてくる。
「そうだ。気分転換に、おばあちゃんのところに寄って帰ろう。」
美櫻は踵を返し、祖母の家を目指した。




