桃の乙女編 15
東館に着くと、桃香の後ろに控えていた護衛の一人が前へ出て先導し始めた。
桃香は相変わらず美櫻に腕を絡ませたまま、護衛の後をついていく。
東館は、花の乙女になった者、また、その身体に特別な痣が発現した者(男子)、そして四家次期当主達の専用ルームがあるだけなので、利用する人数も限られることから学内では一番小さな学舎となるが、利用する学生のほとんどが上流階級に属するため、その造りは控えめだが他の館に比べると優美さを備えている。
学内に入るための専用の門には常にガードマンが立ち、周りには高い鉄造の柵がそびえたっており、外から学舎を覗き見ることが出来るものの、一般の学生には近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
先導する護衛の後をついて学内に入ると、どこかの高級ホテルかと思ってしまうくらいに内装や調度品も一級品で揃えられており、その高級感に美櫻は気後れした。
ちらりと桃香を見やると、平然とゆとりの笑みを浮かべ、先導の護衛の後をついて行く。
そうゆうところ、桃香はやはり上流階級なのだと美櫻は感じた。
学内は、さすが上流階級に属する学生が多いため、護衛をつけている者も居るが、その中でも桃香は周りの視線を集めていた。
今の桃香は、自分の魅力を余すところなく全開にしている。
花の乙女であることを公言したので、もう隠す必要もない。
ずっとそうしたかったのだが、今までは自分自身を守る為にも抑えていた。
自分に魅かれていく様を見るのは、嬉しくもあるし、自信にもつながる。
周りの者たちは、その微笑みに魅了されていく。
長年の想いが通じ、自信に溢れた笑みを浮かべた桃香の姿を、美櫻は自分の事の様に喜んだ。だが、その反面寂しさも感じていた。
桃香は「今までどおり。」と言ってくれてはいるが、乙女であることを公表した上、龍雅花家次期当主の花嫁候補に名乗りを上げたことで、当然その行動範囲には制限が課されることとなる上に、これからは龍雅花家次期党首と共に過ごすことも増えることになる。
そんな桃香にどこまで係わっていけるのかは、今のところ全くわからなかった。
美櫻が色んなことをモヤモヤと考えている内に、最奥のエレベーターの前に到着し、先導していた護衛がICカードをかざす。
どうやらそこは四家当主専用のエレベーターのようで、美櫻は桃香に引っ張られるように乗り込んだ。
あらゆる耐性を備えた「シースルーエレベーター」になっており、内にあるボタンは、最上階の一つしかない。
(上流階級の人って、どうして最上階にこだわるのかしら・・・。)
そう考えると少し可笑しくさえ思えてくる。
最上階に居を構えることは、「上流階級の特権」と自負し、当たり前のように見下ろす事に慣れ、権力を振りかざす者も学内では少なくない。
(だから、上階を好む人は世間知らずな者が多いなんて揶揄されるんだわ・・・。)
桃香にはバレないように、美櫻は口角を上げ、笑いを堪えた。
でも、よく考えてみると、先ほど曉月教授を訪ねた部屋も最上階だった。
(まぁ、「邪」研究の第一人者だもの。見せられない書類とか、研究書とかもあるだろうし、それはそっか・・・。)
もともと曉月教授は平民出身だと聞く。
だが、邪の研究者として頭角を現し、第一人者と言われるまで上がってきた。
己の力だけで掴み取った地位である。
邪研究の第一人者となってからは、東館の部屋を進められたが、曉月教授は「あんな堅苦しい場所で研究する気にならない」と、現在の西館で研究を続けている。
かといって、重要な書類も多いので、多くの人が行き交う場所は避けるべきだと、最上階に専用の部屋を造り、立ち入る人を制限しているのだと聞いた。
学内でも重要人物であるにもかかわらず、人当たりも良く、ミステリアスな容姿も相まって曉月教授は学内でも人気が高い。
(本当の意味で「上」を目指す人にとっては、曉月教授は目指すべき人格者となるのでしょうね・・・。)
上流階級でも、四家当主や次期当主達のように、しっかりと地に足をつけ、自らを律しながら研鑽を積む者も多く居る。
それはわかっているのだが、東館の門を潜り、エレベーターに乗るまでの間、美櫻と桃香に向けられる羨望の眼差しの中に、あからさまな敵意を向ける者も少なくなかった。
四家に近い上流階級の子息、令嬢達はしっかりとした作法を学び、身分をひけらかすこともなく、その地位を盤石のものとしており、器量好しな者も多い。
本当の意味での上流階級と羨望の眼差しを向けられる者たちは、周りに対しても偏見を持たず、一学生として分け隔て無く接してくれるので、周りには常に多くの人が集まってくる。
しかし、東館への入館は認められているものの、頭角を現せないものにとって、上の者への妬みは激しかった。
ほんの一部の道を外れた者を見て、一括りにしてけなすのは、良識のある者のすることではない。
ないのだが、学を積まずに地位を誇示し、それをひけらかして周りを圧し、煙たがられる者も少なくないのも事実だった。
そんな者達を、最上級の地位である四家の次期当主達は律していた。
学内では「次期当主」として、皆の上に立つという事の学びの場にもなっている。
特にこの東館では、学生同士で格式張った隔たりはないとはいえ、誰かが規律を正さなければ乱れてしまう事も懸念されるのだ。
学内とはいえ、これから社会に出るための準備、というか、それぞれの能力を発揮し、自分の足元を盤石のものにするための、いわゆる社会勉強の場でもあった。
東門を潜り、エレベーターに乗るまでの間、桃香に向けられる視線の中には、「花の乙女」である燈花会の羨望の眼差しも多くあった。
だが、少数ではあるが、いきなり「東館」に現れた人物に不快な目を向ける者も多くいる。
桃香が乙女である事を知り、なりたくてもなれない「花の乙女」への嫉妬。
四家次期当主の花嫁候補となった桃香への妬み。
また、四家へのライバル心を持つ者、そしてその次期当主が「花の乙女」を得、より強力な力を得た事への妬み。
そして、「上を蹴落として、その地位を奪いたい」と、四家の地位を虎視眈々と狙う家紋も多い。
ましてや新しく上流階級の仲間入りを果たした家紋は、あからさまに厄介ごとを持ち込んでくる。
そうやって上を蹴落としながら力を得た者は、手段を選ばない。
黒埜家はその筆頭であった。
法に抵触はしても証拠を残さないので、取り潰され、吸収された家紋は多く、絶えず良からぬ噂を聞く。だが、それを上書きするほどの羽振りの良さ、また都合の良い相手を選び、味方にする事で、それらは何も無かったようにされてしまう。
当然多くの恨みを買っているが、そんな相手を「敵」と見なせば手段を選ばず圧を掛け、潰していく。
だから、勢力を持たない家紋は、恨み言を言いながらも反撃することが出来ず、ただただ恨みを募らせていくだけだった。
更に、黒埜家は「花の乙女」を得た。
黒埜当主の実子ではないが、母子家庭である使用人の娘が「花の乙女」に選ばれた事を聞きつけ、無理矢理第二夫人としたのだ。
最初は拒否した母親も、黒埜家に睨まれて他の職を探す事も出来ず、今後の生活の安定を約束することを引き換えに、渋々提案を受け入れた。
正妻の圧力はあるものの、百々梨が「乙女」であるため、あからさまな嫌がらせもなく、また使用人仲間も事情を知っているので、百々梨親子は邸内で最初はひっそりと暮らし始めたのだと聞く。
(勢力争いのゴタゴタに巻き込まれるのは、ゴメンだわ・・・。)
桃香に向けられる視線が自分にも向けられているのを感じている美櫻はそう思った。
(ま、東館はほぼ身内で固められているみたいだから、新参者は変に注目されるわね・・・。)
美櫻は大きなため息をついた。
桃香はまだ見慣れぬ景色を嬉しそうに眺めている。
これから毎日桃香は東館に通い、このエレベーターを使うのだ。
そのうち見慣れた景色に変わっていくのよね・・・と美櫻は淋しく感じた。
最上階に到着し、扉が開くと、そこは長い廊下に少し豪華で重厚な扉が四つ並んでいた。
桃香の話では、それぞれ四家専用の扉で、中の造りは同じ様式になっているのだが、それぞれの家風に合わせた内装になっているらしい。
どの部屋にも専用のキッチン、化粧室、バスルームがあり、使用人やコックも各家より配置されており、一度この部屋に入ると、次期当主達はここから出ずに授業を受け、食事を摂り、休憩も出来るので、一歩も外へ出ることはない。
もし、美櫻自身ががこの部屋の利用を許されていたら、授業は受けるけれども、絶対に勉強に集中なんてせず、自分のやりたい事を優先させてしまうだろうなと思ってしまう。 そうしたら単位が取れずにず~~っと留年しそうだと、妙に自分に納得した。
先導する護衛は、左奥の扉の前へと進んだ。
扉には、龍家の紋が描かれている。
護衛はICカードをかざし、丁寧に扉を開けた。
桃香は入室した事もあるのと、そういう扱いに慣れているのか堂々と部屋に入っていったが、美櫻は少し気後れし、護衛に軽く会釈をして部屋へと入っていった。




