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花の乙女  作者: 姫柊ほの
16/18

幕間 園遊会

園遊会での裏話です

 「あぁ~、もう、めんどくさ!!」


 机の上に積み上げられた釣書を見て、宗麟 攸俐和(ゆりか)は椅子の背もたれにもたれ掛かり、のけぞりながらため息交じりの愚痴を連ねた。


 「仕方ないじゃない。攸俐和は麒麟家の次期当主様なのだから。」

「でもさぁ~、梗和(きようか)。愚痴りたくなるじゃない、この『お品書き』見たらさぁ。」


 攸俐和は口を尖らせながら、今度は机にうつ伏せた。


 「お品書きって・・・。」

「違いないでしょ?」


 二人して顔を見合わせて笑った。


 お見合い用の写真と、経歴と当たり障りのない言葉で綴られた自己アピールの釣書。

 女子しか産まれない麒麟家では、次期当主の伴侶を決めるため、世代ごとの習わしとなっている。

 だが、次期当主となる攸俐和は、飽きもせずに届く釣書に辟易としていた。


 「麒麟家を途絶えさせることなんて出来ないから、伴侶を選ぶことは絶対必要なんだけど~。」

「攸俐和ったら、全く興味示さないんだもの。」

「親とか周りには、早く決めろ~! って言われてるけどさぁ・・・。」


 攸俐和は机の上に積み込まれた釣書を横目で見て、再び大きなため息をついた。


 「こんな中から、どうやって選べっていうのよ~~。」


 攸俐和の母の時代には、四家当主の内、玄家の者を伴侶に選んだ。

 体の大きな者が好みだった攸俐和の母は、自らの意思で当代一の実力者でもある玄家の背負う者と言われた人物に、物心ついた頃から好意を抱き、アピールしていたということもあった。

 そのため、その婚姻はすんなりと認められ、父は玄家次期当主の地位を捨てて麒麟家に入り、今もなお仲睦まじく支え合っている。

 攸俐和にとって、そんな両親の姿は理想であり、そうありたいと思う関係であった。


 「でもねぇ~、なかなかそんな相手って居ないのよね~。」


 こうやって釣書を送ってくる者は、麒麟家の権力を狙う、野心家である者が殆どだ。

 中には純粋に攸俐和に好意を抱いている者もいるようだが、ただ外見の美しさだけを称える者もいる。


 「攸俐和って、黙っていれば『絶世の美女』だもんね。」


 長い射干玉の黒髪は、少し癖がある緩やかなウェーブがかかり、黄金の瞳は、他人を惹きつけ魅了する。

 攸俐和がそこに『居る』だけで、存在感で他を圧倒するのだ。

 だけど、実際は梗和の目の前のとおり、他の子女となんら変わりない。

 

 「まだ24歳だっていうのに、決めなきゃならないのかしらね~。」

「でも、そう言ってる梗和は、もう婚約してるじゃない。」

「えへへ~。」


 梗和は照れくさそうに笑った。

一般家庭で育った梗和は、大学生の頃に通ったアルバイト先の斎木神社の宮司の息子に見初められた。

 中流階級とはいえ斎木は由緒ある神社であり、その跡取りの伴侶ともなれば、その座を狙い、寄ってくる女性も多かった。

 中には「花の乙女」も名乗りを上げていたとも聞く。

 そんな斎木家と梗和の家庭とでは身分が釣り合わず、苦労をするだけだとその交際には当初梗和の家族、特に母親が猛反対をした。


 「でも、斎樹家が味方してくれて、梗和のご両親を納得させてくれたのよね。」

「うん。特にお義母様が味方してくれて、色々間に入ってくれて・・。だから、私の両親も認めてくれたの。」


 「花の乙女」が婚約者候補に名乗りを上げていたのなら、梗和では到底釣り合わないと諦めようとした。

 でも、やっぱり諦めることなんて出来なかった。

 想う相手に告白してもらい、幸せな気持ちを与えてもらった。

 それだけでも十分だと自らに言い聞かせようとはしたが、どうしても涙が溢れてきて感情のコントロールが効かず、それを止めることが出来なくなっていった。

 辛くて、苦しくて、梗和のそんな姿を攸俐和は悔しい思いで近くで見ていたのだ。


 「私には、梗和みたいに誰かを一途に想う気持ちっていうものが分からないけれど・・・。」

「ねぇ、攸俐和。・・・想う人は居ないの?」

「へっ?」


 突然の梗和の話の振り方に、攸俐和は少し驚いた。


 「?なんか攸俐和、顔赤くない?」

「そ、そんなこと無いわよ。急に話を変えたから、びっくりしただけ。」


 攸俐和はとぼけようとしたが、親友の梗和には本当の事を伝えたかった。


 「誰かを好きになるって気持ち、本当のところは分からない。」

「攸俐和・・・。」

「私には、『麒麟家』を継がなければならないって責務がある。それに見合う人を選ばなければならないってことも、ちゃんと分かってる。でも・・・。」

「攸俐和、相変わらずそういうところは真面目だね。」


 梗和は決して茶化しているのではなく、真剣に考えている攸俐和を心配していた。


 「でもね、攸俐和。そこにあなたの心はあるの?」

「望んだところで叶わないのよ。だったら最初から望まない方が、自分の心が傷付かずにすむわ・・・。」

「それじゃあ、攸俐和の心が救われないじゃない。そんなのって・・・。」

「梗和、ありがとう。でも、麒麟家には麒麟家の事情があるの。それは絶対に曲げられない、曲げてしまうとこの世が乱れてしまうことにもなりかねない。だからそれだけは絶対に防がなければならないの。」


 梗和は大粒の涙を流していた。

 親友にも幸せになって欲しいのに、自分には何の助けにもならないことが歯がゆく悔しかった。 


 「親友の梗和には、ちゃんと話すね? 私ね、この間告白をした人がいるのよ。」


 攸俐和はそういうと、少し淋しそうに笑った。


 「でもね、断られちゃった。」


 梗和は大粒の涙を流しながらも、そっと攸俐和の手に自分の手を重ねた。


 「こんなに美人で愛らしい攸俐和を振るなんて。しかも麒麟家の次期当主の相手となれるのに・・・。」

「うん。その人ね、麒麟家の使用人なのよ。」

「それは・・・。」

「その人にね、『使用人が麒麟家次期当主の隣に並び立つことなど出来ない』って言われちゃった。」


 攸俐和は、堪えていた感情が抑えられなくなったのか、梗和の泣き顔につられてしまったのが、知らぬ間に涙が溢れてしまっていた。

 お互い感情が落ち着くまで、しばらく泣いた。


 「大丈夫よ。四家次期当主は幼馴染みだし、見知った仲だもの。誰が相手になっても、良い関係を築いていけると思うわ。」

「攸俐和はそれでいいの?」


 攸俐和はゆっくりと頷いた。


 「振られたんだもの。私には、もう他に想う人も居ない。でも麒麟家を継いでいかなければならない・・。」

「だけど・・。」

「上流階級では、恋愛結婚よりもお互いに利になる相手との結びつきを優先させることが多いのよ。それも責務なのだから、私もそうしなきゃ。」


 攸俐和は赤くなった目で、穏やかに微笑んだ。

 梗和は攸俐和の決意を、本当は応援したかった。

 でも、それよりも、梗和には攸俐和に幸せを感じて欲しいと望んだ。


 「ねぇ、攸俐和。少しだけ時間をくれない? この事について、相談してみたい人がいるの。」


 その夜、梗和は斎樹家を訪ねた。

 お節介というのは分かっているけれど、攸俐和のために何かをせずには居られなかった。

 まだ嫁いでもいないのに、こんな相談をして呆れられるかもとは思ったけれど、お義母様に攸俐和の事について話した。

 話が進むにつれ、梗和の顔が涙でクシャクシャになっていく。


 「あなたは、自分の親友のために、後悔をしたくないし、させたくも無いと思っているのね。」


 斎樹の義母は、泣きじゃくる梗和の肩をそっと抱き、近くにあったティッシュを渡した。


 「相手が同性でも、異性でも、それだけ相手を思いやれる気持ちを持てるあなたが愛おしいと思うわ。」

「お義母さま。」

「だからね、私もちょっとしたお節介をやいてあげる。」


 そう言って優しく微笑んだ義母は、梗和にそっと耳打ちをした。

 それが、「麒麟家の桜の木のある庭で『園遊会』を行う」ということであった。


 そうして大々的に行われた園遊会で、『桜の乙女』に選ばれた麒麟家次期当主の相手は、攸俐和が告白したという使用人であった。

 桜の乙女に選ばれ、次期当主の相手候補として筆頭に名を連ねていた四家次期当主が膝を折り、認めたことで、誰一人として異を唱える者も居なかった。



 「その後どう? 攸俐和。」

「どう?って?」

「好きな人と婚約出来たってこと?」


 梗和はからかう様に言っているが、本当は自分の事のように喜んでいた。

 攸俐和も頬を少し赤らめ、幸せなオーラを纏っている。


 何の権力も持っていなかった使用人が、いきなり麒麟家次期当主の伴侶へと上り詰めた。 当然、今までとは生活も一変するし、当主の伴侶として覚えなければならないことも沢山ある。

 だが、もともと麒麟家の使用人であるため、麒麟家での作法や礼儀は見知っており、また学習能力も高かったため、その辺りの不安はすぐに払拭された。

 本人の努力に寄るということもあるのだが、その穏やかな容姿や、使用人であった頃からの人当たりの良さも相まって、まだ少し四家当主に対しては緊張してはいるものの、すぐに周りに溶け込んだ。

 そして、何より次期当主である攸俐和の想い人なのだ。

 麒麟家邸内で見掛ける二人の姿は、その仲睦まじさから溢れる幸せオーラで皆を癒やしていた。


 「あの時、笛を吹いていたのは、あなたでしょ?梗和」

「あっ、バレてた?」

「私が見間違う訳ないでしょ?」

「遠目だから、わかんないだろうって思ってた。」


 お互いに顔を見合わせて笑った。


 「でも、さすがにあの『桜の乙女』は、誰だか分からなかったけど・・・。」

「そうでしょ? すごい人なのよ?」

「やっぱり、正体については内緒なのね。」

「うん、こればっかりは騒動が起きるからね。ま、本当は誰だか見当ついてるんでしょ?」

「おおよそはね。」


 でも、ここで答え合わせしないのは、二人とも誰かに聞かれると大事になることを知っているからだった。

 今もまだ、躍起になって『桜の乙女』探しは継続されている。

 白き桜の乙女では無かったが、それでも『桜』は別格なのだ。

 誰しもが『桜の乙女』を欲しているのだ。


 「そう言えばねぇ、攸俐和には言っていなかったことがあるんだけど・・・。」


 梗和はそういうと、少し意味ありげにイタズラっぽく笑った。


 「何?また私のことをからかうつもり?」


 攸俐和は少し身構えた。

 だが、梗和はイタズラっぽい顔を解し、穏やかに言った。


 「その『桜の乙女』と呼ばれる方からの伝言でね・・・。」

「・・私・・に? 『桜の乙女』から?」

「えぇ。」


 あの日、天空から舞い降りた桜の花びらは、舞の中で決めてられていた振付の一つであったということだというのだが、誰の元に降りるのかは、桜の乙女であっても全く分からなかったということであった。

 「あの人の手に降りるのは、決まっていたことではない・・。と言うことなの?」

「そうみたい。」

「じゃあ、あれは本当に・・・。」

「えぇ、本当に桜に選ばれたあなたの伴侶ということになるわ。」


 攸俐和は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに顔が茹でられたように真っ赤になった。

 こういう純真無垢なところが、かわいらしいと梗和は思った。


 そうしてその後、攸俐和たちは結婚式をあげ、二人の間には麒麟家初の男児が産まれた。

 二人の姿は、幸せな家庭、そのものだった。


 梗和の結婚式もつつがなく終わり、ようやく落ち着いた時間が持てるようになった二人は、麒麟家のテラスで久しぶりの二人だけのお茶会を開いた。

 攸俐和の腕の中では、少し大きくなった麒麟家次期当主の男児が、すやすやと眠っている。


 「ふふっ、大きくなったわね。」

「そう? 毎日見ているから、成長はあまり判らないけれど、毎日新しい発見もあるわ。ちょっと大変だけれど、麒麟家には大勢のおじいちゃんおばあちゃんが居るから。」

「甘やかされているわね。」

「仕方ないじゃない。だって麒麟家初の男児だもの。」


 攸俐和にとっては初めてのことだらけで、戸惑うことも多いのだが、麒麟家に仕える使用人達は、男児の誕生に大いに盛り上がり、何かと世話を焼いてくれ、子育てについてもわからないことについて教えてくれる先生も多いので、攸俐和は充実した日々を送れているようだった。


 「ねぇ、攸俐和。私、あなたにまだ言っていないことあるのよ?」

「何かしら?」

「私ね、『乙女』になったのよ。」

「えっ?」

「ふふっ、私の年齢で『乙女』になれるなんて、自分でも驚いたわ。」

「梗和・・。おめでとう。」

「実はね、『乙女』に目覚めたのは、あの『園遊会』だったのよ。」


 本当なら、修行中の身で『桜の乙女』の舞の笛を吹くことなど出来なかった。

 だが、乙女はあえて梗和を指名した。

 不思議には思ったが、梗和も親友のためならと受け入れ、そこから園遊会まで猛特訓を行った。

 乙女と合わせることも無く、当日のぶっつけ本番。

 緊張しない訳が無い。

 だが、あの雰囲気の中、自分でも不思議なくらい周りが見えなくなり、木の陰に立つ乙女の姿だけが浮かび上がって見えた。

 その乙女の動きに合わせて、指が勝手に笛の音を奏でていく。

 やがて演奏は佳境へと向かい、ひときわ高い笛の音を響かせて自分の役目を終えた。

 乙女は仮面の下から穏やかな声で、「あなたにも幸運を。」と告げ、巫女舞を始めた。

 乙女の咲かせた桜が満開となり、その桜の木の下で美しい花と月を見上げていた梗和は、自分の躰が熱くなってきたことを感じた。

 躰の火照りが静まってきた頃、梗和の瞳に、静かな月の光が映った。

 月明かりが静かに降り示す方向に目をやると、『桔梗』が一つだけ花を付けているのが目に付いた。

 ふらふらと誘われるようにその花に近付き、そっと触れる。

 すると、その花が霧のように細かい粒子となり、梗和の躰の中に吸い込まれていった。

 強烈な立ちくらみはあったが、成人した躰で体力があったからなのか、その場で倒れずにすんだ。

 ふと、左二の腕に違和感を感じ、着物をまくり上げてみると、そこには桔梗の花の紋が浮かび上がっていた。


 「その後、すぐに頭の中に花の意味が流れ込んできたの。それが『永遠の愛』、『変わらぬ愛』。」


 梗和は攸俐和の瞳を見ながら話を続ける。


 「だからその場で願ったわ。攸俐和が幸せな愛を掴めるようにって。『永遠の愛』を、『変わらぬ愛』をって。」

「それなら、あの時、桜の花が選んだのでは無くて、あなたが望んでくれたから、この結果が付いてきたっていうことになるのかしら。」

「それはどうかな? でも、結果は望んでいた幸せに繋がったのだから。」

「うん、皆が納得する方法で、こうやって穏やかな日を過ごせるのも、あの時この計画を提案してくれたからよね。本当にありがとう。」

「好きな人が隣にいてくれるだけで、心が満たされる。そんな日々が攸俐和に訪れてくれたら、私は嬉しく思うわ。」

「それは梗和にも言えるわよ?」

「えぇ、二人して、幸せになるわよ?絶対だからね。」


 穏やかな日、攸俐和の腕の中では次期当主となる子がスヤスヤと眠っている。

 こんな穏やかな日が長く続くことを願い、二人はこれからの話に花が咲かせた。



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