桃の乙女編 14
美櫻は桃香に連れられて『東館』へと向かっていた。
花の乙女であることを公言し、しかも龍家の次期当主の花嫁候補に名乗りを上げ、認められた親友で大好きな桃香は、嬉しそうに少しスキップしながら美櫻を案内している。
地味な装いをしてはいるものの、美櫻は着飾れば美人の類に入ることを知っている桃香は、大好で幼馴染の親友を自慢したいと常に思っていて、腕を絡ませたままずっと微笑んでいるので、どうしても注目を集めてしまう。
目立つことが苦手な美櫻にとっては少しばかり苦痛な時間なのだが、桃香の嬉しそうな姿を見るのは美櫻にとってもやはり嬉しい事で、その嬉しさは美櫻が感じる苦痛を上回り、桃香につられて自然と笑みがこぼれる。
「やっぱり美櫻は、笑っている方がかわいいよ? ちゃんとお化粧もして服装も整えたら、本当に美人になるのに、もったいないよ。」
「私は目立つのが苦手だもの。だからこれでいいの。」
「でも、これからはそうはいかないかもよ?」
桃香はまたもや小悪魔的な微笑みを美櫻に向けた。
「だって、『乙女』を公言した私と一緒に居るんだよ? 当然、目立つに決まってんじゃん。」
(やはり、そうくるか・・・。)
予想はしていたけれど、ここまで桃香と一緒にいて、その注目度は思った以上だった。
第一、桃香はもう自分の魅力を隠そうともしていない。
ずっと慕い続けていた龍家の次期当主への想いが伝わったのだから。
「ねぇねぇ、それはそうと・・・。」
桃香は美櫻の顔を覗き込むように自分の顔を近付けてくる。
他の人にこんなことをすれば、誰しも桃香に魅了されてしまい、ストーカーの様に彼女の後を追いかけるようになってしまう。
だが、美櫻は幼い頃から一緒に過ごしていたからなのか、それをすんなり受け入れた上、普段通りに接してくれるので、誰かに甘えたくなった時、桃香はいつも美櫻に擦り寄る仕草をするのだった。
「さっき西館に行った時、すっごいイケメンとすれ違ったんだけど、美櫻、知ってる?」
(あっ、もしかして・・・。)
ちょうど桃香と入れ違いに、曉月教授に「漣」と呼ばれていた人が西館を後にした時間帯だった。
「少し長い黒髪に朱と金色をした房が混じってる、長身の人?」
「そう、その人! 美櫻、知ってるの?」
「知ってるというか・・・。さっきまで一緒に居たから・・・。」
「何、それ?」
桃香は興味津々で問い詰めてきた。
美櫻は、曉月教授を訪ねた際、その研究室に居た事、そして「漣」という名でであることを伝えた。
「あんなイケメン、居るんだね~。」
「うん、私も少し驚いた。」
大学に来て早々に出会った四家次期当主も、それぞれ個性があるが、顔立ちは整っている。
隠れてファンクラブを結成し、その会員も男女問わず多数あり、大学に現れると注目されるが、当の本人達はそれをひけらかすことはなく、周りの騒々しさや誤った情報に惑わされることなく、ただただ自分たちの未来を見据えて勉学に励んでいる。
「私ね、小さい頃から蒼への想いをずっと抱いていて、今日、やっと叶ったから本当に嬉しかったの。」
桃香の頬が嬉しそうに赤らんでいる。
「それに、蒼って本当にイケメンじゃない?」
「そういえば、桃香って、龍雅花家次期当主様の顔にも惚れていたっけ・・・。」
「そう! そうなのよ!!」
桃香はそこを強調するように言い、絡めていた腕を解いて美櫻の眼前に立った。
「すごくイケメンでしょ? それも良いのよ。」
「だけど、顔が良くても立ち居振る舞いも備わっていないと、次期当主の候補にすら挙げられないのよね?」
桃香は少し俯き、はにかみながら美櫻の方を向いたまま少しずつ東館へと向かっていく。
「本当はね、今日声を掛けられるって思っていなかったんだ~。会えるかどうかもわからなかったし・・・。」
「でも、出会えたんだよね。」
「うん、本当に嬉しかった。それにね、何だか今日しかない、チャンスだって思ってしまったの。」
「チャンス?」
「うん、そう感じたの。だから勇気を振り絞ったんだよ? だって、やっと出会えたんだもの。」
そう言って嬉しそうに、再び美櫻に腕を絡めてきた。
「桃香、良かったね。」
「ありがとう。」
二人顔を見合わせて微笑み合った。
二人の周りには、近くに咲いていた桜の花が、ゆっくりと舞っている。
「で、蒼も本当にイケメンなんだけど、『漣』くんだっけ? なんだか別格って感じがした。」
「そうね、それは私も思ったわ。」
美櫻のその返事に、桃香は少しキョトンとした顔をした。
「美櫻が他人に興味を示すって、珍しいね?」
「そう・・・かしら?」
「だって、いつもなら・・・。」
美櫻は、いわゆる「恋バナ」が苦手だった。
他人を「好き」になる感情がわからなかった。
だから、いつも思っていた。
(どうして、あんなくだらない事で盛り上がれるのかしら・・・?)
誰かが誰かを好きなのだとか、そんな話などどうでも良かった。
また、どこそこのケーキが美味しいとか、どこのお店のどのメニューが美味しいとか、本当に興味など無かった。
美櫻にとっては、そんな話を聞くなんて、その時間がもったいないと思うほどだった。
「いつもは『そんな話する時間がもったいない』って、目を細めながら仏頂面するじゃない。」
「・・・そう・・ね。」
「まぁ、それでも私は美櫻には聞いて欲しいから、蒼の話は聞いてもらってたけど。」
「桃香の話なら、聞けるのよ。だって小さい頃から一緒だったんだもの。」
「お互い、隠すことなんて何にもないし、何でも知ってるものね。」
その言葉に、美櫻は少し寂しく感じた。
「どうしたの?」
「・・・ンっとね? これからは、その役目は龍雅花家次期当主様に譲らなかならないのかな? って思うと、やっぱり寂しいかな~・・・って思っちゃって。」
その言葉に、桃香は大きな目をパチクリさせた。
「そんなわけ、ないじゃない!」
桃香は腕を強く絡めてきた。
「私と美櫻は、ずっと一緒なんだから!」
そして、意志の籠った強い瞳で美櫻の瞳を真っすぐに見つめてくる。
「うん、そうだといいな・・・。」
「いいな、じゃなくて、良いんだから。私がそう言うんだからいいの!! ね?」
そう言ってくれるのは、本当に嬉しかった。
でも、やっぱりどこか寂しい気持ちは拭えずにいた。
「ところでさぁ~。」
「な、なに?」
桃香はいつもの小悪魔的な瞳で、美櫻を見つめてくる。
「なに?って、さっきの話の続きよ? 美櫻はそのすっごいイケメンに興味を持ったの?」
「へっ? そ、そんなわけない・・。」
「いいじゃん、いいじゃん。そんなに焦るってことは、少しは興味あるんでしょ?」
不意をつかれて返事に戸惑っていたら、桃香は楽しそうに美櫻をからかってきた。
「もしそうなら、美櫻と『恋バナ』出来るじゃない。それって私が凄くしたかった事だもの。」
「私、そういうの苦手~。」
「ほら、またぁ~。頭から否定しない。」
美櫻は少しとぼけてみせたが、それも桃香にはお見通しだった。
「ねぇ、美櫻。人を好きになるって、単純でもないし、簡単でもないんだよ?」
「桃香・・・。」
「私は『乙女』になれたから、余計に思ってしまうのかもしれないけれど、蒼には他の誰とも違う、何か魅かれるものが確かにあったの。理屈なんてないのよ。」
今日の桃香は、蒼にその想いを受け取ってもらえたからか、いつもに増して輝いて見える。
「わたし・・・。私にもいつか、そんな感情が現れるのかな・・・。」
桃香の言葉に美櫻はどう応えていいのかわからないけれど、彼女の素直な感情を述べて魅せる甘い笑みを、羨ましくも思えた。
「いつか、私にもそんな日がくるのかしら・・・。」
「きっとわかると思うよ? 今までの自分とは違う、何かのスイッチが入って、自分の感情が切り替わったような感覚があるから。」
お互いに顔を見合わせて微笑みあった。
「その時は美櫻のその優しさで癒してあげてね。それから、私と二人で夜通し恋バナをするのよ?」
花の香りを乗せた風が、二人を柔らかく包むようにそよぐ。
桃香はいつもの口調に戻り、美櫻と共に東館へと向かった。




