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花の乙女  作者: 姫柊ほの
13/18

桃の乙女編 12

 「おはよう、今朝は遅かったね。」


 自分でドリップしたコーヒーをカップに注ぎながら、曉月教授は漣に言った。

 漣が来るのを待ちきれなくなって自分でドリップしたようだが、教授が入れるとどうしても濃く苦みが強くなってしまう。

 眠気覚ましには良いのだろうが、朝からは胃に負担がかかりそうだ。

 案の定、教授は一口すすった後、苦そうな顔をした。


 「『乙女』が現れたんだ。」


 漣は自分の机にカバンを置きながら、ぶっきらぼうに答えた。


 「マジ?!」

「あぁ・・。」

「それでそれで?」


 興味津々で曉月教授は矢継ぎ早に質問を重ねていく。

 漣は気怠そうにしながらも、言葉短く答えていった。


 「ふ~ん、現れたのは『桃の乙女』なんだね~。」

「あぁ。」

「で?」


 その言葉には返事もせず、漣は新たに自分用のコーヒーを入れ始めた。

 漣のコーヒーを入れる手つきは丁寧だ。

 戸棚にあるコーヒー豆を気分に合わせてキャニスターの中からチョイス、自分好みにブレンドしてゆっくりとミルする。

 ここで慌ててしまえば苦味が増すので、手動でゆっくりとミルしていく。

 徐々にコーヒーの良い香りが漂い始めた。


 「『で?』って何だ?」

「またまた~。その『桃の乙女』に興味がわかなかったの~?」


 曉月教授は漣の本音を聞き出そうと、少し煽るようにのぞき込んだ。 


 「湧く訳ないだろ。」


 そう言いながら漣は近付きすぎた曉月教授の体を引きはがした。

「あら、残念。」と、曉月教授はつまらなさそうにコーヒーだけを受け取って自席に戻っていく。


 「そもそも、乙女の女は龍家時期当主しか見ていなかったしな。」

「漣くん、振られちゃったんだ~。」


 からかってくる曉月教授をかわしながら、漣も自分のコーヒーを持って自席に座った。


 「『桃の乙女』は最初から龍家時期当主のものになるつもりだったようだし、他家の時期当主達もその様子を見守っていたんだが・・。そこでちょっと面白いものをみた。」

「面白いもの?」


 曉月教授の瞳が、キラリと光った。


 「あぁ、いつものように『百合の乙女』とやらが蒼にちょっかいを出しに行ってた。」

「それが面白い事なの~?いつもの事じゃん~。」


 面白い話が聞けると期待していた曉月教授だったが、百合の乙女が絡んできただけだと聞いて、がっかりして椅子に倒れこんだ。

 そしてつまらなさそうに、拗ねた顔でコーヒーを口にした。


 「あのなぁ、それもいつもの事だが、人の話は最後まで聞けよ。」


 漣はため息をつきながら、教授の前の椅子に座った。


 「今回は早々に百合の乙女は諦めて授業に向かった。だが、そこからなんだが・・・。」

「なに、なに~?」


 漣に注意されたというのに、曉月教授はまた途中で漣の話を折る。

 だが、今度は先ほどとは違い、教授の興味をそそられる内容のようだ。食いつくように前のめりになり、話の続きをせかした。


 「その乙女が友人を呼んでたんだが、そいつが近付いてきたら、四家時期当主が皆圧倒されてたように見えたんだ。」

「へぇ~・・・。って、時期当主全員が?」

「あぁ。」

「時期当主4人とも?」

「そうだ。」


 いつものふざけた様子がなりを潜め、曉月教授は真顔で何か考え始めた。


 「その子は『乙女』なのか?」

「いや、違うと言っていた。」

「そう・・なのか・・・。」


 曉月教授はそこで考え込んでしまった。

 漣には教授が何を考えているのか、ある程度は判っている。


 「25年ほど前の話だ。『桜の乙女』が現れたという噂が広まった。その話は知ってるよな?」

「あぁ。」


 25年ほど前、『桜の乙女』の出現を待ちわびている人々の間で、実しやかに流れ始めた噂だった。

 四家当主達の実力が拮抗し、世界を統べる実権争いが激しかった頃だ。


 彼ら四家を統べるはずの『麒麟家』には、なぜか後継者たる男子が生まれなかった。

 だから麒麟家の次期当主に婿養子として入る者が、最高権力者としてこの国に君臨していくことが決まっていた。

 そして、その時代、候補に挙がっていたのは、四家当主の子息達だった。


当時、最も有力だったのが朱雀家だった。何度でも炎の中より蘇る。その都度その力が増し、そしてその性格の激しさから実権を握るべく「力」による実力行使を行うべく、着々と準備をしているという話も実しやかに噂されていた。

 だが、それはあくまで噂であると、当事者である当主が否定し続けてはいた。

 実際、本当に「蘇る」などという事などなく、ちゃんと世代交代はしている。

 だが、その能力だけはしっかりと受け継がれ続けていた。

 受け継いだ者は、更に研鑽を積み、より強くなっていく。

 だから「朱雀家」が最強という話が信じられているのだ。


 だが、それに対して他家の当主たちは心穏やかではない。

 誰もが「実権」を握りたい。

 それぞれこの国を見守り、動かしてきた『一族』である。

 これまでお互いをリスペクトし、己の腹の中に納めず意見を出し合うことで信頼を築き、良き方へと誘ってきた。

 もちろん、その時代の能力の高い者が指揮をとるのは、通例となっている。

 だが、その時代の四家当主の力は拮抗していたのだ。

 なので、「選ぶ」ことが出来なかった。


 その騒ぎの中心である、麒麟家の時期当主となる乙女は、自分のせいでこのような騒動になっていることを憂いていた。

 当主の願いは、「心穏やかに過ごせる日々」である。にも関わらず、日々繰り返す実権争いによる醜い姿は見るに堪えなかった。

 当主は学友で、親友でもあるとある女性の相談を持ち掛けた。


 「このままでは、四家の派閥争いが始まり、この国が滅びてしまう。」


 相談を持ち掛けられた女性は、しばらく考えた後、麒麟家の当主にこう告げた。


 「麒麟家の桜の木のある庭で『園遊会』を行えば、必ず良い結果に導かれるでしょう。」


 季節は秋。

 桜の花は見頃ではない。だが、香りは強いが「金木犀」が見頃である。

 麒麟家には、大きな金木犀の木が1本だけ植えられていた。

 その近くには桜の木もあるので、その日は「金木犀の香りを楽しむ会」が催された。

 季節的には良い時期である。

 夕涼みがてら、麒麟家からの招待であるので、大勢の来客で賑わった。

 

庭にある「金木犀」と「桜」の木はライトアップされていた。

 時期的に桜の木は葉も落ちてしまっているが、その枝ぶりはライトアップされることによって、美しく浮かび上がっている。

 実は、このライトアップも麒麟家当主の友人からのアドバイスであった。

 来園者は「なぜ葉の落ちた木もライトアップしているのか」と不思議ではあったが、これもまた一興と、酒の話のネタにもなり得た。


 宴もたけなわ、中空に月が差し掛かった頃だった。

 宴を楽しむ人々から見れば、桜の木の真上に月が差し掛かり、ライトアップされた灯り以外は、足元を照らす非常灯を残し全て消された。


 月明かりに照らされる桜も金木犀も美しい。そして、花の香りも風に乗って散らされた分、心地よく甘さになっている。


 そんな中、静かに横笛の音が聞こえ始めた。

 音の方を見ると、ライトアップされた桜の後方に、白い羽根で飾られた面を被った者が笛を吹いている姿が確認できた。

 人々はしばしその音色に聞き入った。

 これが今夜の麒麟家の催事だと思ったのだ。


 そして、ひときわ高い笛の音が響いた後、桜の木の後ろから、同じく白い羽根で飾られた面を被った巫女が現れた。

 笛の音は止み、今度は巫女が持っている鈴の音が軽やかに響き始める。


 人々は巫女の舞に見惚れていた。

 優雅に、厳かに、その場を魅了していた。

 しばらくその美しい舞に魅入っていたところ、突如巫女はその上衣を脱ぎ捨てた。

 少し露になった巫女の肌。

 胸から鎖骨にわたり薄い布で覆われているだけで、両腕は露になっている。

 また、巫女袴は大きくスリットが入っており、動くたびにその美しい脚が見え隠れしている。

 そして、巫女は結い上げていた長い髪をほどいた。

 白く長い髪が、ライトが当たるとほんのとピンク色に輝く。

 見ていた者達は最初は驚いたものの、妖しさやいやらしさはなく、むしろ清々しく荘厳に感じられるその舞により、一層魅了されていった。


 ふと、気付けば巫女の体は「舞」により熱を帯びてきたのか、その白い肌がほんのりとピンク色に染まってきている。

 皆、巫女舞に気を取られていたが、とある者が気付いた。


 「巫女の体に、白い模様が現れてきていないか・・・?」


と・・・。


 その言葉に皆が注視すると、確かにピンク色に上気した肌に、桜の花が浮かび上がっている。


 「「「『白き桜の乙女』!!」」」


 この時代に「桜の乙女」が現れたという噂はあった。

 「桜の乙女」といっても、様々な「色」がある。

 また、「桜の乙女」が現れるのは、最も低い確率だともいわれている。

 ましてや「白」はあり得ないと、皆思い込んでいた。

 

 だが、今皆の目の前にいるのは、まぎれもなく「白き桜の乙女」である。

 そして、目の前で神聖な「巫女舞」を披露している。

 騒ぎになるよりも、より一層静まり返り、美しく、巫女舞を固唾を呑んで魅入っていた。


 熱気を帯びた巫女の肌に現れた白い桜の花は、やがて巫女が腕を振るたび、巫女がその足を動かすたび、現れた桜の花が巫女の身体から離れ始め、空を舞い始めた。

 舞い始めた桜の花は、やがて後方の桜の木に吸い込まれていくようにその枝に着き、花を咲かせていく。

 やがて、幹と枝になってしまっていた桜の木は、満開の桜の花を咲かせた。

 皆、その神聖さと美しさに圧倒され、一言も発しない。

 誰もが巫女に魅了されていた。


 桜の花が満開となったところで、巫女舞は終わりを迎えたらしく、巫女はひときわ大きく鈴を鳴らした後、深くお辞儀をすると共に、持っていた鈴をゆっくりと地面に置いた。

 そして、その両腕を天へと差し出し、天を仰いでいる。

 皆、巫女が差し出した両腕のその先を注視した。


 風のない、雲すら浮かんでいない、穏やかな月夜だった。

 桜の木の真上にある月がある場所から、何かしら小さく光るものが「ひらひら」と舞い落ちてくる。

 それは本当に小さくて、肉眼ではわからないほどだ。

 巫女はその落ちてくるものの速度に合わせ、両の手の親指と薬指で輪を作りながら、ゆっくりと横に広げるように下ろしていく。

 やがて、肉眼でも捉えられる大きさとなったそれは、ほのかにピンク色に輝く「白い桜の花」だった。

 ほのかに光りながら、優雅に、ゆるやかに舞い降りてくる。

 皆、その桜の花の行く先を見つめていた。

 誰しもが、自らその花を取りに行こうとはしない。

 今、自分たちが佇んでいる場所を移動することすら、この神聖な場所にはそぐわないと感じてしまうほど、この場の雰囲気に圧倒されている。


 やがて、その花は人々の中へと降り始めた。

 巫女は相変わらず、ゆっくりと自身の真横にその両腕を下ろしている。

 花はとある人物の目の前に舞い降りた。

 そして、その場でヒラヒラと何かを促している。

 その人物は、両手を前に差し出した。

 すると、花はその手の上に舞い降り、静かに光が消えていった。


 「今、その花を受け取った人物こそ、麒麟家時期当主のお相手でございます。」


 どよめきが起こった。

 皆、その人物に注目する。

 次期当主の相手と告げれた人物は、四家時期当主の子息ではなかった。

 また、参列した貴族の子息達でもなかった。

 その者は、麒麟家に仕える、見目好い使用人であった。

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