桃の乙女編 11
図書室では静かな時間を過ごしたいと思っていたのに、少し当てが外れてしまった。
漣と共にエレベーターから現れ、少し会話をしただけだった。
漣の後を追いかけて行く者もいたが、それよりもその場に残った自分にも注目が集まってしまった。
(なんであんな地味な子と漣様が・・・。)
図書室なので騒ぎにはならないよう、だが、わざと聞こえるように言っていることがわかる。
美櫻は大きく溜め息をついた。
(はぁ・・・。のんびり、気楽な大学生活を送る筈だったのに・・・。)
全くもって想定外の事ばかり起きていた。
通学初日から、桃香が花の乙女であることを公表し、「龍家」次期当主の花嫁候補に名乗りを上げ、その場に呼ばれたことによって、当然ながら目立ってしまった。
また、訪問した曉月教授は学内でも注目度が高い教授である。更に、教授に助手が居ることを知らず、その助手である漣が周りから注目されていることも知らなかった。
(全く、初日からこんなに注目されるなんて、地味な格好をしてきた意味ないじゃない・・・。)
とにかく、手早く履修科目を選択し、受付に提出してから速攻で帰ろうと作業に取り掛かった。
しかし、また遠くからざわめきが起こった。図書館という静かな場所なのに、そのざわめきはどんどん近づいて来る。
(また、何かイレギュラーが起こるの~? なんかもう巻き込まれたくないんですけど~。)
近付くざわめきに、美櫻はいつもの落ち着いた顔を見せることが出来なくなってしまった。
「やっぱりここに居た~。」
そう言いながら近づいて来たのは桃香だった。
晴れやかな桃香とは対照的に、美櫻は少しムスッとした顔をした。
「あっ、出た出た、巻き込まれたくない感満載の仏頂面。」
いつもの事だと、桃香は遠慮なしに美櫻に近づいて来る。
だが、桃香だけかと思っていたが、その後ろには体格の良い男性達が着いてきた。どうやら龍家が桃香に付けた護衛らしい。
「要らないって言ったんだけど~。」と桃香はおどけてみせるが、「乙女」だと周知された事に加え、龍家次期当主の花嫁候補となったことにより、大学内とはいえ単独行動はその身が危険にさらされる可能性が高いらしいのだ。
誰しもが「花の乙女」を欲している。
桃香が龍家の花嫁候補になったとはいえ、まだ確固たる契約を交わした訳ではないし、また桃香を奪うことによって、国を動かす中枢である「四家」に一矢報いることも出来る。
桃香は現状危うい立ち位置にいることになるのだ。だから護衛は必須だと言われ、引き連れて回ることになったのだという。
「ま、確かにそうだよね・・・。」
「ほんとはね、蒼が一緒に行くって言ってくれたんだけど・・・。」
(『蒼』? もう名前で呼び合ってるんだ・・。)
四家次期当主ということもあり、普段から近寄りがたい雰囲気を醸し出しているのだが、桃香に対しては甘いのか、この短時間で名で呼ぶことを許されるとは、少し羨ましくも感じてしまう。
「学園内をうろうろしてたらそれだけで目立ってしまうからって、代わりに護衛をつけてくれたんだ~。逆に目立ってしまうのにね。」
桃香は少しはにかみながらほほ笑んだ。それだけなのに、周りの注目を集めている。
「で? そんな危うい中にいるのに、どうしてここに来たの?」
「そうそう、それなんだけど~。」
そう言って桃香はまたほほ笑んだ。周りは彼女の微笑みに魅了されているようだが、美櫻にはそれが何か企んでいる顔だとすぐに気が付き、少し身構えた。
「ここじゃ話しにくいから、場所移動しない?」
「なに? 他人に聞かれたくない話?」
図書室ということもあって、二人とも小声で話してはいるものの、周りからの注目を集めてしまっていた。
美櫻も地味な格好をして目立たないようにしているが、桃香は「そこに居るだけ」でも華やかな雰囲気から目立ってしまう。
「ここで目立つのは嫌でしょ?」
桃香が近づいてきて、耳元でこそっと言うものだから、少しくすぐったかった。
普段から一緒に居て、桃香のこんな悪戯には慣れているのだが、周りの目が気になって慌てて少し離れた。
少し頬が赤くなった気がする。
桃香はというと、美櫻の慌てる姿を見て意地悪く笑っていた。
(桃香・・・、わざとね。)
確かに、桃香が来たことで目立っている。加えて護衛も付いて来ているので、先ほどの校門付近での出来事を知らない学生達も、横目で二人の動向をチェックしているように窺える。
「美櫻のことだから、図書室で履修科目を決めてさっさと帰ろうとしたんでしょ?」
「・・・よくわかっているじゃない。」
「だから迎えに来たのよ。一緒に履修科目を決めよ?」
入学する大学が決まってから、美櫻と桃香は同じ授業を受けると決めていた。
桃香は『花の乙女』なので、それを公にすると受けなければならない必須科目がある。
さすがにそれは『花の乙女』ではない美櫻は受けることが出来ないので、それ以外の科目という事になる。
また、桃香も『花の乙女』だと公にしなければ、普通の大学生として授業を受けることも出来たのだ。
実際、『花の乙女』であることを隠している者も少なくはない。
「でも、桃香は『花の乙女』であることを公表したじゃない? しかも、龍家の次期当主の花嫁候補に名乗りを上げたのだから、普通の授業は受けられないでしょ?」
現に、先ほど龍家次期当主から特別室で授業を受ける事を勧められていた。
本来なら、美櫻と同じ授業は受けられないことになるのだが、桃香はまたにっこりと微笑んで、何か企んでいる顔で美櫻をのぞき込む。
「だから、ここで出来ない話をしたいのよ。」
そう言って美櫻の腕に自分の腕を絡めてきた。
(仕方ないか・・・。)
何らかのいざこざに巻き込まれる感は拭えないが、美櫻は深くため息をついた後、幼馴染の桃香の言葉に従うことに決め、共に図書室を後にした。




