【萌々子視点】お兄様、ホラー怖いの?
萌々子、ホラー映画嫌いです。
だって、全然怖くないんですもの。
でも、お兄様は怖いの大好きです。小さい頃から、お兄様はホラー映画ばかり見ていました。萌々子はお兄様思いなので、それに付き合ってあげました。
お兄様ったら怖いの好きなくせに怖がりなんです。小学生の頃、お兄様は映画の間中ずっと「ももこ、こわくない? だいじょうぶ?」と言いながら萌々子の手をずっと握りしめてました。本当はお兄様が怖かったんだよね?
そんなお兄様がおもしろかったので、萌々子はよくお兄様を一人残して他の部屋へ移動、こっそり震えるお兄様を観察していました。それをお兄様は勘違いしたみたい。萌々子が怖い映画苦手だから、逃げたって勘違いしてる。
だから、お兄様が「ホラー映画見よう」って言ってきたの、懐かしかった。お兄様が選んだのは「THAT アレが見えたら終わり」。萌々子、この映画中学校の時に見たことありました。ちょっとだけ怖かったかな? ピエロが水路を猛ダッシュするシーンだけ、ね?
お兄様の魂胆はわかってました。萌々子がセクハラとか言って意地悪したから、仕返しのつもりだったんだよね? 怖がらせようとしたんだよね?
萌々子はそんなお兄様の期待に応えました。わざとらしく「きゃー」と言って、お兄様の脚にしがみつきました。久しぶりにしがみついたお兄様の脚は、前よりちょっと筋肉がついていて、太くなっていました。
* * *
昔から、怖いことがあったらお兄様の脚にしがみついていました。最後にしがみついてのは……中学2年生の時。全校集会。
その日、私は講堂で下級生に絡まれました。その下級生はそれまでも何度も私にわざとぶつかってきて、去り際に胸を触ってました。先生に言いつけたかったけど、そういうのって証拠とか無くて。悔しかった。
そのいつも胸を触ってきてた男子生徒。その日は仲間を連れて萌々子に近づいてきました。
「ちょ、マジでけー。ヤバくね?」
「だからヤバいって言ったろ?」
「あれ? いつも触ってんの?」
「そう。すげー柔らけー。餅みてー。マジ、気持ちいいし」
「俺も触っていい?」
「もちろん。つか、お前羽交い締めにしろよ。で、俺、揉みまくる」
「ちょ、俺は?」
「俺のあとな」
「でもさ、先生に見つかったらヤバくね?」
「俺が隠すから大丈夫。まだ先生来てねーし。乳首とかつまもうぜ。ぎゅーってやったら、乳とか出るかもしれんぞ!」
「マジかよ!? それ、動画撮ろうぜ!」
怖かった。すごく怖かった。周りの人、会話が聞こえているのに、誰も助けてくれないんです。
「おいおい、怯えてるじゃん」
「これから気持ちいいことしてあげるのによー」
……もうだめ。触られちゃう。男子生徒がスマホを取り出しました。カメラを起動します。
「その動画あとで俺にエアドロしてな」
「おう」
そのとき。お兄様がやってきて、萌々子の前に立ちはだかりました。
「何やってんだ」
聞いたことない、恐ろしい声でした。
「は? なんだお前?」
「俺か? 俺はただの3年生だ」
「3年生? だからどうした? お前も一緒に乳揉みてーの?」
下品な声で笑い出す男子たち。お兄様の視線が男子生徒のスマホに。
「……動画撮ってんのか?」
「おう。これからマシュマロちゃんのおっぱい動画撮るんだ。こんな感じでな」
萌々子のあだ名、マシュマロ。胸が大きいから……柔らかそうだから、ついた、嫌なあだ名。
男子生徒が動画を再生し始めました。萌々子の後ろ姿が映ってます。そこに近づく男子。「極上マシュマロちぇっく!」手書き風文字が流れ。そして「このあと美味しく頂いちゃいます」とテロップ。最後に私の悲鳴。
撮られてた。萌々子が触られるところ、撮られてた。そして……TiKTokに投稿されてた。
「めちゃエロ!」
もう一人の男子が囃し立てます。
「……それ、ネットに投稿したのか?」
お兄様が問い詰めました。
「悪いの? 表現の自由だし!」
「……ふざけんなよ」
お兄様が拳を握りしめました。すごい手が真っ赤。お兄様、怒ってる。萌々子のために怒ってる。
お兄様が一歩、前に出て、スマホを持った男子生徒の手を掴みます。
「お? なに? やんの? 3年生だからっていい気になるなよ?」
お兄様どうするつもり? まさか、喧嘩?
腰の力が抜けました。だって、お兄様、見るからに喧嘩弱そうなんです。男子生徒、1年生なのに身体大きくて、喧嘩したら絶対お兄様負けます!
その場にへたり込んだ私はお兄様の脚にしがみつきました。
(やめて、お兄様! 怪我しちゃう!)
叫ぼうと思ったけど、怖くて声が出ません。その時です。
「青木先生ーっ! 青木先生ーっ!」
突然、お兄様が空いている方の手を上げました。するとすぐに青木先生が来ました。
「どうした?」
「青木先生、生徒指導部ですよね?」
「おう」
「この1年生、スマホ持ちこんでいます」
「なんだと!? おい、こっちに寄越せ!」
青木先生が男子生徒のスマホを取り上げました。
「おい、学校はスマホ禁止だぞ!」
男子生徒は「スマホ持ち込み禁止とか聞いてねーし」「マジ意味わからん」「財産権の侵害じゃねーの?」とか言って騒ぎ始めました。
「青木先生、スマホの画面見てください」
「ん? なんだこれ?」
「動画のSNSです」
「動画SNS? ああ、チックタックとかいうやつか?」
「ちょっと違いますが、だいたい合ってます。それより、動画の内容見てください」
お兄様が言うと、「おい、プライバシーの侵害だろ? 訴えるぞ? 俺の父ちゃん、弁護士だからな?」と男子生徒が騒ぎました。
「お前は黙っとけ!」
男子生徒を一喝してから青木先生が動画を再生し始めました。
「どれどれ……ん? うちの学校?……ああん!? なんだこれ!? おい、これ、痴漢じゃねーか!」
みるみる青木先生の顔が赤くなりました。そして鬼のような形相で男子生徒を睨みつけます。
「おい、貴様! 生徒指導室へこい! これは問題だぞ!」
「お、俺の学習権はどうなるんですか? 全校集会受ける権利は保障されないんですか? 俺の父、弁護士なんで!」
「そうか、それはよかったな。弁護士呼ぶ手間が省けて」
「……え?」
「痴漢は立派な性犯罪だ。ご丁寧に犯行の証拠まである。こりゃ、停学処分だけじゃすまねーな。少年院行きだ」
「え、ええええ!」
「おい、お前もグルだな? 一緒に来い!」
こうして二人の男子生徒は連れて行かれました。その後、二人の男子生徒の姿を見ることはありませんでした。
* * *
(お兄様の脚、懐かしいな)
ホラー映画の音声を聞きながら、私はぎゅーって抱きしめました。ちら。お兄様を見ます。
ん? あんまり怖がってない? それとも怖すぎて無表情?
わかりません。どちらにしても映画に夢中みたい。
そっか。じゃ、萌々子もお兄様に夢中になろーっと!
というわけでそれから100分間。適当に「きゃー」「こわいー」とか嘘悲鳴をあげて、お兄様の脚を堪能したのでした。
でも少しだけ残念なことがあります。お母様が言ってました。男の子は女の子の胸が大好きだって。隙あらば触ろうとしているって。だから、あの男子生徒も触ったんだって。
「一郎君も男子高校生。思春期なの。昔と違って、萌々子ちゃんの胸に興味津々だと思うわ。一緒に住むに当たってはあんまり胸を強調しちゃ駄目。いくら一郎君でも……ね? 触られたり、変な目で見られたら、ちゃんとお母さんに言ってね?」
お母様によれば、お兄様も萌々子の胸に興味津々で、その魅力に思わず……ってことだったんですけど……。
なにもなかったです。けっこう、胸、お兄様の脚に押しつけたんだけどな。強調したんだけどな。
ふう。やっぱり、お兄様にとっては萌々子はただの妹なんだな。
既成事実にはまだまだです。




