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俺はただ……なだけ

「だから……誰とも使ってないし、使うつもりもない」


 嘘です。本当は使えるものなら使ってみたい。相手がいないだけだ。


「そ、そうだったんですね、お兄様……」

「だいたい、どうして萌々子が俺のコ……ゴム製品、持ってるんだ? 机の奥に隠していたんだぞ? 俺の机、勝手に探したのか?」

「え、えっと、そ、それは……」


 萌々子の目が泳ぐ。


「萌々子、嘘は駄目だぞ? お兄ちゃんの部屋に勝手に入って、机の引き出しを開けたんだな?」

「……はい」

「どうしてだ」

「……」

「どうしてだ、萌々子!」

「それは……」


 萌々子が、しゅん、とうなだれる。


「遠藤君、もっと優しくしてあげて」

「近藤さん?」


 近藤さんの意外な言葉に俺は驚いた。


「岡本さんは遠藤君が他の女性とそういう関係にあるんじゃないかって心配になったんだよ。それは遠藤君が好きだからだよ」


 一瞬、時が止まった気がした。冷たい空気が場を支配する。


「ちょ、ちょっと何勝手なこと言ってるんですか!?」


 沈黙を破り萌々子が近藤さんに猛然と抗議した。


「岡本さん、遠藤君のこと好きなんでしょ? 私にはわかるよ、だって私も遠藤君好きだもの」

「え……」


 萌々子が絶句する。


「ねえ、遠藤君。これでわかったでしょ? なんだかすごく変な展開になったけど、もう逃げられないよ。教えて遠藤君。選んで、どちらかを」


 萌々子と近藤さんの視線が俺に集まった。確かに逃げられない。俺は考える。さっき目を瞑ったとき誰のことを思い浮かべたか。

 アリス先輩とお婆ちゃんと母さん。アリス先輩である可能性はゼロではないが、まずこの3人はないとみていい。答えのヒントは母さんのセリフにある。


『いちろーちゃん、萌々子ちゃんに変なことしちゃ駄目よ?』


 俺の内なる規律を象徴する母のイメージ。その母が、萌々子に対し欲望のまま行動するなと注意した。それはすなわち、俺は無意識の中で萌々子に対しある種の欲望を抱いていると言うことなのではないだろうか?


 ある種の欲望。それはたぶん、性欲だろう。俺は萌々子に欲情しているのだ。それを必死の思いで抑圧しているのだ。そのことを母のイメージが俺に伝えた。


 性欲と恋愛は別物だろうか? 性教育では別みたいなことを言ってた。だが、そんな簡単に峻別できるのか?


 好きだからヤりたい。ヤりたいから好き。童貞の俺にはわからぬ。抱きしめたい気持ちと行為に及びたい気持ちの違いがわからない。手を握ってドキドキする、これって性欲なの? 恋愛感情なの?


 近藤さんと手を握ってもドキドキする。萌々子に抱きつかれてもドキドキする。人を好きになるって、一かゼロじゃない。たぶん、同時に複数の女子を好きになることもあるはずだ。だけど、きっと、誰かが一番なんだ。誰かが100で、だれかが50だったり70だったり80だったりするんだ。


 そして――。


 俺の場合。一番は。100は。




 萌々子だ。

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