修羅場
「どっち?」
夕方。部室。目の前に、選択を迫る近藤さん。
「俺は……」
目を瞑る。一番最初に思い浮かぶ女性は誰だろう。
『ふっふっふ。修羅場だな遠藤君。モテる男は辛いな』
アリス先輩ですか。俺の脳内にまでからかいに来るとは困った人ですね。
『一郎や、元気にしとうかいな? お婆ちゃんな、天国で困っとんやで。お婆ちゃん、桃アレルギーやったやんか? 天国な、桃しか食べるもんないねん」
久しぶりやな、お婆ちゃん。天国でも神戸弁なんや。お婆ちゃんと喋ると俺も神戸弁になるんやで、お婆ちゃん。「あんたの神戸弁、イントネーション変や」ってよく言ってたね。お墓参り行けてなくてごめん。ウィルスのせいでさ、神戸までなかなか行けんかったんだよ。この夏には行くからさ。
とりあえず、成仏して。
『いちろーちゃん、萌々子ちゃんに変なことしちゃ駄目よ?』
久しぶりだね母さん。大丈夫、してません。てか、萌々子が俺に変なことしてきます。詳細は省きますが。ところで中国どうですか? とりあえず、今晩電話しますんで今は消えてくれます?
……ったく、どうして全く恋愛と関係の無い女性ばかり出てくるんだ。
「お兄様! お兄様!」
お、萌々子だ。ふむ。これが正解なのか?
「これはどういうことですかっ!」
何のことだろう?
「目を開けてくださいっ!」
顔面に感じる萌々子の激しい息。リアルだなあ。思わず目を開けた。
「おや? 萌々子じゃないか? どうしてここに……って、お前、何持ってきたんだ!!」
「説明してくださいお兄様! これ、どうして減っているんですか? 誰と使ったんですか?」
キョトンとしてる近藤さんの横に突っ立っている萌々子。その萌々子の手にあったもの。それは俺が机の奥深いところに隠してたコンドームだった。例の親父からもらったコンドームだ。通称「男は黙ってコンドーム」だ。
「何それ? 駄菓子?」
いきなり登場した萌々子に特に動じず、近藤さんは言った。
駄菓子屋の店頭につるされている五円チョコ、あるいはフエガムとでも思ったのだろう、近藤さんがまじまじとコンドームを見つめる。
「は? 駄菓子なわけないでしょ? コンドームです!」
言った。萌々子がコンドームって言った。
「コンドーム?」
続けて近藤さん。近藤さんがコンドーム。なんか響きがいいな(棒)。
「つまり避妊具ってこと?」
そこまで言いますか近藤さん。
「まあ、白々しいわね、近藤さん! あなたですよね? これ、使ったの!」
ずいっ。萌々子が近藤さんの顔面にコンドームを押しつける。
「一個足りないんです! ほら、数えて!」
「いち、に、さん……じゅういち。11個ですね。一個足りないんですか?」
「そうです! コンドームは12個セットで売ってるんですよ? 知らないんですか?」
「ええ、知りません。だって買ったことも使ったこともないんで。岡本さん、よくご存じね。よく買ったり使ったりしてるの?」
近藤さんの声色にトゲがあるような気がしたのは俺の錯覚だろうか?
「はぁああああ!? ま、ま、まさかっ、そんなわけ無いでしょう!? は、箱です! 箱に12個入りって書いたあったの! だからなのっ!」
「箱入りなんですね。知らなかった」
うーん。やっぱり近藤さん、ちょっととげとげしいような。
「んぐぐぐ……」
顔を真っ赤にした萌々子がうめく。
「そ、そんなカマトトぶっても、この萌々子には通用しなくてってよ!」
カマトトなんて言葉良く知ってたな萌々子。
「お兄様答えて! なんで減っているんですか?」
再び萌々子が俺に詰め寄ってきた。
「それはだな」
「やっぱりこの女と使ったのね!」
俺のセリフを遮り萌々子がキレた。
「まだ何も言ってないだろ! 話は最後まで聞け!」
俺が大声を出したから萌々子の身体がビクッと震えた。同時に萌々子は少し落ち着きを取り戻した。
「それは……そのゴム製品は、俺の親父が俺にくれたものだ。男子たるもの、万が一女子とそうなったとき、万が一に備えて避妊はすべきだって」
親父が想定した俺の相手は萌々子なんだが、そのことは伏せておこう。
「で、いきなり使用しても使い方わからないと恥ずかしいぞとかなんとか親父が言ってさ、一枚だけ練習させられたんだよ、もらったその日」
「お父さんの前で練習?」
天然な近藤さんの天然な問い。
「いや、さすがにそれは恥ずかしいから……その……トイレで練習したんだ」
「へー。上手に出来た?」
「あ、ああ。まあ」
「そっか、よかったね遠藤君。これで恥かかなくてすむね」
近藤さんが笑う。
「ありがとう」
これ、礼を言うところだろうか?




