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 そんなわけで、近藤さんと脚本を考えることになった俺たち。

 火曜日にアリス先輩に脚本チェンジを直談判したところ、意外なことにアリス先輩はあっさり快諾してくれた。


「おお、そうか。近藤君の脚本なのか。遠近コンビの遠近コンビによる遠近コンビのための脚本だな。今まさに演劇部室にゲティスバーグが現出したといえよう」


 部室がゲティスバーグだったらなんなのだろう。相変わらず意味不明なアリス先輩だ。


「ゲティスバーグ……南北戦争……風と共に去りぬ……スカーレット・オハラ……。うん、閃めいた!」


 何を閃いたんだ近藤さん。


「ということで、プロット考えるよ、遠藤君!」

「プロット?」

「そう!」


 アレ? ノープロットって言ってなかったっけ?

 まいいか。


 近藤さんが大きめの付箋を取り出し、部室に保管した会ったA3の紙の上に置いた。


「この付箋に事件とか行動とかを書いて、並べて、検討して。こうやってプロットを考えるの。で、このノートだけど、今まで書いたプロットなんだ!」


 今までもプロットあるじゃん……。


「それじゃ、私はこれで失礼するよ」

「え? アリス先輩も手伝ってくださいよ。俺たち、ずーっと裏方なんですよ?」

「近藤君の意見はどうだ?」

「えーっと……大丈夫です」

「ということだ。あとは若い二人に任せた」


 若いって。自分だって10代、十分若いじゃないか。


「じゃ」


 アリス先輩は帰ってしまった。俺と近藤さんが取り残された。昨日同様気まずい。近藤さん、昨日は告白のこと特に触れてこなかった。何事もなかったかのように語り、先週の金曜と同じように旧校舎を出て校門まで手を繋いで帰った。


「……聞いてる?」


 ちょっとだけ怒り顔で近藤さんが言った。


「ごめん。ぼーっとしてた」

「もー、遠藤君! 私と遠藤君がお芝居するんだよ! ちゃんと集中しよう!」

「わかった。ごめん」


 あーでもないこーでもない、といいながら俺たちは付箋を紙に貼った。近藤さんは前屈みになって付箋を貼っている。万有引力の法則に従っている近藤さんの胸とシャツ。必然的に生じた隙間からたわわな果実の一部と谷間が見える。


 結構でかいな。そして白いな。きっと柔らかいに違いない。近藤さんと付き合ったら、触ったり出来るんだろうか。


 ……いかんいかん。何考えてんだ俺。きっと萌々子のせいだ。萌々子が俺に変なアプローチをしてくるから、すべて変な妄想になるんだ。


「どっちにする?」


 唐突に近藤さんが聞いてきた。


「どっちって?」

「これとこれ」


 前屈みになったまま、近藤さんは両手で付箋を指し示す。それぞれ違う展開が書かれているようだ。


 俺から見て右の付箋。そこには「ヒロインと付き合う」とあった。途中にある近藤さんの胸の谷間を経由し、俺は視線を左に動かす。

 俺から見て左の付箋。そこには「幼なじみと付き合う」とあった。


 あれ? ヒロインの喫茶店経営の話じゃなかったっけ? そういえば一応はラブコメだと言ってはいたか。幼なじみなんていつ出てきたんだ? 俺が近藤さんの胸の谷間にドキドキしている間にそんなに話が進んでいたのか?


「……どっち?」


 上目遣いの近藤さん。まっすぐ俺の目を見ている。


「えーと……」


 俺が答えようと口を開きかけたその時、


「わかっていると思うけど」


 強い口調で近藤さんが割り込んできた。


「このヒロインというのは私のことで、幼なじみというのは岡本さんのことだよ」

「そうなの?」

「そうだよ。決まっているじゃない」


 努めて平然に喋る近藤さん。しかし、かすかな声の震えがある。


「岡本さんて、可愛いよね」


 挑戦的な目つきで近藤さんが言った。


「そ、そうかな?」

「そうだよ。二重まぶたでお目々ぱっちり。お人形さんみたい」

「確かに二重まぶただな」

「容貌だけじゃないよ。遠藤君に甘える仕草、本当に可愛い」

「可愛いか? どっちかと言えばうざいけどな」

「うざいなんて言っちゃ駄目。女の子は好きな人に甘えたいものなの」

「……好きな人に甘えたい?」

「そう」


 近藤さんの言葉を頭の中で復唱する。好きな人に甘えたい? どういうことだ?


「わからないの? 岡本さん、遠藤君のこと好きだよ」

「そんなのわかっているさ。萌々子と俺は幼なじみで兄妹同様に育ってきたんだ。あいつは俺のことをまるで兄のように慕っていて、そういう意味で俺のことを好き……」

「そうじゃない」


 近藤さんが俺のセリフを遮った。


「そうじゃないよ、遠藤君。岡本さんはそういう意味で遠藤君のことを好きなんじゃない」


 少しだけ近藤さんの声が震えている。俺の目をじっと見たまま、近藤さんがゆっくり息を吸う。そして、


「岡本さんは遠藤君に恋してる。遠藤君のことを男性として見ている。遠藤君だってわかっているんでしょ? 岡本さんの気持ちに気がついているんでしょ? なんでわかってないふりするの? それじゃ岡本さんかわいそうじゃない。ずーっと、あんな調子でごまかしてきたの? それって、女子的にはあり得ないよ、ひどいよ」


 畳みかけるように俺に言った。


「それは……」


 気がついてなかったわけじゃない。萌々子の言動の背後にある感情に気がつかなかった訳ではない。気がついていた。気がついていたが、それを認めたくなかった俺はあえてそれを無視、あるいは「萌々子だから仕方ない」という超理論で合理化していた。


 日々連発される「好き」のワードと誘惑の数々。普通に考えれば導かれるであろう結論を、俺はあえて無視していた。


「こっち見て遠藤君」


 思わず目を逸らした俺に近藤さんが言った。


「私、遠藤君に告白した。軽い感じで告白したけど、すっごく緊張したんだよ? 何日も何日も悩んで、やっとのことで告白したの。返事いつでもいいよって言ったけど、本当はすぐにでも返事が欲しい」


 そんな風に毎日俺のことを考えていたとは。驚いた。そして全く気がつかなかった自分を恥じた。


 しばし続く沈黙。

 普段は気にならない吹奏楽部の練習。

 グランドから聞こえるボールを蹴る音。ああ、あれはきっとラグビー部だな。

 かすかな喧噪と沈黙。


「好きなんでしょ?」


 近藤さんが沈黙を破る。


「岡本さんのこと好きなんだよね、遠藤君は。だから……私に返事してくれないんだよね?」


「好きというか、なんというか、妹みたいな存在であって……」

「もうやめようよ、それ」


 近藤さんの悲しい声が部室に響いた。

 

「聞かせて、遠藤君の気持ち。聞くまで帰らないから、私」


 ちょこん。テーブルをどけ、俺の目の前に椅子を持ってきて近藤さんが座った。近藤さんの本気宣言。どうしよう。


「俺は……」


 どっちだろう。萌々子と近藤さん。俺が好きなのは。


 考える。


 萌々子のことは嫌いじゃない。だが、妹のように接してきた。そりゃもちろん、実の妹じゃないから他人と認識している。高校生になって再会してからはその成長ぶりに正直ドキッとする。恋愛感情が発生してもおかしくない。親が決めた婚約者といってもそんなの戯れ言だ……と思っていたが萌々子との結婚生活を想像すると……。


 近藤さん。文句なしに美人。同い年。話も合う。部活で1年間一緒だった。異性として意識しないわけではなかった。前にも言ったが、近藤さんは天然不思議ちゃんなところがあり、どことなく守りたい存在なのだ。その意味では妹的であり萌々子と同じといえる。


 ということで、建前はここまでだ。


 本音で語ろう。


 萌々子。久しぶりに再会した萌々子は女性として成長しており、魅力を感じないなんてことは無い。気がつかないふりをしているし、俺の中の理性が萌々子は妹だと叫ぶので恋心を抱かないだけだ。萌々子のアタックに正直理性は崩壊しかけている。理性の壁が崩壊するときは一気に崩壊するだろう。


 近藤さん。どことなくロシアな感じの美人。男子から大人気。透き通るように白い肌。彼女が笑うと俺も笑う。そんな部活の時間が楽しくて仕方がない。優越感もあった。全男子憧れの近藤さんと毎日プライベートに接触、会話を楽しんでいるのは全校生徒の中で俺(とアリス先輩)だけ。「お前、近藤さんと付き合っているだろ?」と友人にからかわれるのも俺の優越感を満足させた。


 そして俺。彼女が欲しくないわけではない。いたらいいなと思う。つーか、欲しい。朝待ち合わせて、手を繋いで登下校とかしてみたい。放課後一緒に教室で居残って勉強とかしてみたい。家に帰ってからも通話で話したい。暇があればLINE送りたい。休日はデートにも行きたい。


 萌々子と近藤さん。どちらも俺の()()として申し分ない。いやそんな上から目線じゃだめだ。俺にはもったいない。

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