妹以外としちゃだめ!
土曜日。スマホのアラームがけたたましく鳴り響く。アラームの設定を間違えていたらしい。ベッドサイドで充電中のスマホに手を伸ばす。だが俺の手はスマホに届かなかった。
「……ん……だめ」
唐突に色っぽい声。断じてスマホからではない。
「いきなり抱きつくなんて、お兄様大胆……」
萌々子だった。萌々子が添い寝していた。俺とスマホ間に萌々子が横たわっていたのだ。よって俺は今、あたかも寝返り打ちつつ萌々子を抱きしめようとしているかのような格好になっている。しかしそうしなければスマホに手が届かない。スマホの鳴動を止めた後、離れようとする俺に萌々子がしがみついてきた。
「でも……いいよ、お兄様なら。萌々子、覚悟は出来てます」
はにかみながら萌々子が言った。どんな覚悟だよ。俺は萌々子のセリフを無視して、
「布団に潜るなって言ったよな?」
と言った。
「潜ってないもん。かぶってるんだもん」
不満げに萌々子が返す。
「いっしょだ萌々子。結果として同じベッドで密着して寝ているんだ。思春期の男女がこういう……」
「興奮しちゃう?」
耳元で萌々子がささやいた。
「ふざけすぎだぞ、萌々子」
「そうですか?」
萌々子が俺にしがみついてきた。
「ちょちょちょ! やめろよ!」
「なんで?」
「なんでって……」
「一緒のお布団、だめ? いいって言ったよ、昨日?」
「俺が?」
「はい」
全然覚えてない。きっと寝ぼけていたんだろう。相変わらず萌々子はぎゅーっと俺にしがみついてくる。
ヤバい。男子ならわかるだろう。男の朝はいろいろヤバい。
ゆっくり息を吸って吐く。深呼吸。体中に酸素を行き渡らせ、筋肉を始動させる。
「そうか。わかった。わかったから、どけ」
「はーい」
もぞもぞと萌々子が布団から出て……いかなかった。すりすり。さらに俺にくっついて身体をこすりつける。
「……いま、はーいって、言ったよな?」
「言いました」
「じゃ、出て行こうぜ」
「どーしよっかなー?」
布団の中で萌々子がもじもじうごめく。
「わかった。寝てていいぞ」
「ホント!? やった!」
「俺が起きる」
股間に出現しつつあるモーニングなスタンドを押さえつつ、俺は起き上がった。
「えー? なんでー?」
続いて萌々子も起きた。
「朝だしな、起きるんだ」
「土曜日なのに?」
ああそうだ。土曜日だ。こんなに早く起きる必要はない。だが、そうせざるを得ない状況になった。主として萌々子のせいでな。
と。その時。俺のスマホが振動した。LINEの通知だ。
「誰からですか!」
険しい顔で萌々子がベッドサイドに置きっぱな俺のスマホを覗き込む。
ロックされたままのスマホであるから通知画面に送信者の名前は表示されていない。
おそらく近藤さんだ。きっと金曜日の返事の催促だ。返事はすぐじゃなくていいと言ってはいたが、きっと心変わりしたに違いない。
「むむ! 画面ロック! お兄様、ロック解除してください!」
鬼の形相で萌々子が俺に画面ロックされたスマホを突きつけた。
「あとでな」
解除できるわけ無いだろ。俺のことを独占したい萌々子なんだ。近藤さんから告白の返事を催促するLINEが届いたなんて知ったらどんな大騒ぎになることやら。
「なんでー!」
「なんでって。俺のスマホ、俺のLINEなんだぞ? 俺の好きなときに好きなだけ使うさ」
「そんなフリースタイル、萌々子に通用するとでも思って? あのね、萌々子、お兄様のこと好きです。でも、浮気を許すほど甘くはないんです!」
「浮気ぃ!? 浮気も何も、俺と萌々子、付き合ってないだろ?」
こっそり婚約中ではあるがな。無効だが。
「浮気です! 萌々子はお兄様の妹なの! 妹以外とLINEしちゃだめ!」
「意味わかんねー」
「あ! 足の黒い人からのLINEだ!」
「え?」
しまった。うっかり画面を注視したことで顔認識機能がロックを解除してしまった。送信者そしてLINEの内容が画面いっぱいに映し出される。といっても一言「ちょっといいかい?」としか書いてなかったが。
送信主はアリス先輩だった。
「こんな時間にLINEなんて! 彼女気取りじゃないですか! やっぱりお兄様は、あの足の黒い人と去年一年間、部室で乳繰り合っていたのですね! 萌々子、悲しい!」
「LINE来たくらいで飛躍しすぎだ」
「ごまかさないでください!」
アリス先輩から2通目のメッセージが届いた。俺と萌々子が一斉にスマホの画面を覗き込む。
「出来ちゃった、ですって? なによ、出来ちゃったって! も、もしかして、あ、赤ちゃん!?」
「んなわけねーだろ」
「お兄様のバカ! 浮気者!」
いきなり萌々子が俺のスマホを取り上げた。
「萌々子が直接言ってやります! お兄様に手を出すなって! その赤ちゃん、自分で育てろって!」
スマホを取り返さねば。萌々子のやつ、何を喋るかわかったもんじゃない。
「おい、やめろ」
手を伸ばし、萌々子の手にからスマホを奪還する。「んぎゃ!」と、萌々子が素っ頓狂な悲鳴を発したが無視だ。
「ったく、いったい……」
『もしもし? 遠藤君か?』
萌々子に説教しようとしたその時、スマホから声がした。アリス先輩さんだ。萌々子め、すでに通話ボタンを押していたらしい。
『遠藤君だな? なぜ黙っている?』
「ちがいます!」
萌々子が大声で返事。
『ん? その声は……』
「あ、あの、先輩、これはですね」
萌々子の声を遮り、俺、返事。
『言わずとも良い。岡本さんだな?』
「そうです」
『ほほう。一緒に住んでるだけあって、いつも一緒というわけか。まるで夫婦だな』
くっくっく、とアリス先輩の笑い声。
「あら、わかります? そうなんです。萌々子とお兄様、夫婦同然の生活を送っています」
『ははん。つまり夫婦生活を送っているということだな? なんともはや……』
「ん? よくわかんないですけど、たぶん、そういうことです。いつも一緒ですから。さっきまで一緒にベッドで……むー! んぐむーっ!」
何を喋っているんだ萌々子! 誤解を生むだろうが!
俺は萌々子の背後に回り、後ろから抱きしめた。そしてスマホを持っていない右手で萌々子の口を塞いだ。
「むぐー! んぐー!」
『え? なんだ? よく聞こえないぞ? ……ははーん。わかった。もしかして、なるほど。お楽しみの最中だったんだな。わかった。遠慮無く続きをやってくれたまえ』
萌々子のうめき声がアリス先輩を誤解させたらしい。まずい。このまま通話を終わらせるわけにはいかない。誤解を解かねば。
「す、すみません、萌々子が勝手に通話ボタン押したみたいで、LINE通話になっちゃいました」
『おう遠藤君か。いくらそういう関係だからって、行為の様子をスマホで撮影するのは良くないぞ。世の中にはリベンジポルノというものがあってだな』
「は?」
『だから、行為の様子を撮影しようとスマホ片手にいたしていたんだろ? で、手が滑ってうっかり私と通話になってしまった。そういうわけだろ? そしてお互いその動画を共有しようということだろうが、将来的に破局した場合その動画は兇器となりうるんだ。つまり……』
何考えてるんだこの人。妄想激しすぎだろ! つか、エロすぎだっつーの!
むぐむぐ。俺の腕の中でうごめく萌々子。どすん、ばたん。萌々子が足をばたつかせるので低音が部屋に鳴り響く。
『すまん、遠藤君。さすがに二人の愛の営みを実況中継されるのは刺激が強すぎる。私はこれで失礼するよ。すまなかったな、夫婦生活を邪魔して。ご近所迷惑にならない程度に乱れるがよい』
「そんなんじゃありま……うひゃい!」
ぺろぺろぺろ。自分の口を解放し声を発するために、俺の手を引き剥がすべく萌々子が手のひらを強烈に舐めてきた。あまりのくすぐったさに俺は思わず素っ頓狂な声が出た。
『どうした、遠藤君?』
「な、なんでも……へげああ!」
萌々子の激しい舌技が俺の手のひらを刺激。思わず、萌々子の口から手を離してしまった。間髪入れず萌々子が、
「萌々子とお兄様仲良しなんです! 今、お兄様は萌々子を抱きしめています! 萌々子はお兄様の大事な部分を舐め舐めしますっ! すっごくたくさん、ぺろぺろって、舐め舐めするのっ!」
と、スマホに向かって叫んだ。
「違うんです、先輩!」
スマホのマイクに向かって叫ぶ。
「一から説明しますから!」
中途半端に説明したのでは誤解は解けない。俺は普段から萌々子が布団に忍び込んでくること、しかし決して性的な意味ではないこと、今日の朝もそんな感じでゴニョゴニョしているとこりにアリス先輩からLINEが来て萌々子が通話ボタンを押したことなどを一気にまくし立てた。
「……てことです。わかって頂けましたか?」
『ああ。わかった。そういうことにしておこう』
笑いを含んだ声でアリス先輩が言った。
いや、わかってねーし。
『いずれにしても、岡本さんが遠藤君を舐めていたのは事実なんだな』
「だからですね、それは、その……」
『まあよい。とりあえず、脚本が出来たんで、思わずLINEしただけなんだ。すまなかったな、いろいろ邪魔して』
「そーです、邪魔でした、とっても!」
だから横から口を挟むな萌々子。
『ふむう……』
アリス先輩、沈黙。
『なるほど。これは……うむ。そうか』
なんか勝手に納得しだした。
『いろいろ参考になったぞ、遠藤君。というわけで私は寝る。昨日徹夜で執筆活動にいそしんだんでな。では』
プチン。いきなりの通話終了。
「仲いいですね。お休みの日に電話かけるだなんて」
「通話ボタン押したの萌々子じゃないか」
「言い訳はやめてください」
いや、言い訳じゃねーし。
「……で、結局なんだったんですか?」
ぷんすかしながら萌々子が俺を問い詰める。
「脚本が出来た、それだけだ」
「それだけ?」
「ああ」
「まあ、仲がよろしいこと」
「別に仲良くない。単純に完成して嬉しかったんだろ」
「へー」
気のない返事だ。
「ところでお兄様、いつまで萌々子を抱きしめているつもりですか?」
「あ」
……しまった。俺の主観としては萌々子を取り押さえているだけなのだが、客観的には後ろから抱きしめていると言える。つか、客観的にもそうとしか言いようがない。
「邪魔者も消え去ったことですし、萌々子とおねむの続きしましょ、お兄様。萌々子、後ろからぎゅーってされたい。もっとぎゅーってして。背中にお兄様を感じたままおねむがいいな」
萌々子が身体を押しつけてきた。それは単なる甘えの仕草なのだろうが、健全な男子高校生の本能を刺激するのは十分な行動だ。
まずい。なんつーか、このままではまずい
「また今度な」
萌々子を引き剥がす。
「えー。やだ」
「やだじゃない。もう朝だ、起きる」
「じゃあ今晩」
「駄目だ」
「じゃあ、いつならやってくれますか?」
「だから、また今度」
「今度? 今度っていつですか?」
今日はしつこいな。
「とりあえす今世紀中は待ってくれ」
「わかりました。萌々子、ローマ法王にお願いして一気に世紀末にしてもらいます。だから21世紀は今日で終わり。明日から22世紀ですよお兄様」
「無茶苦茶だな。ローマ法王関係ないだろ?」
「あるもん」
「ねーよ」
「とにかく、それくらいお兄様とおねむしたいの!」
おどけた調子で萌々子が言った。そして、
「萌々子、待ちますから。お兄様がその気になるまで」
と上目遣いで俺を見つめながら呟いた。
「つまり来世紀ってことだな?」
「だから、ローマ法王にお願いするんだもん!」
悪戯っぽく笑って萌々子が言った。
「じゃ、朝ということなんで、萌々子、朝ご飯作ってきます」
「おう」
萌々子が部屋を出た。
「ふう」
なんだったんだいったい。
とまあ、そんな感じで週末は過ぎていった。




