おっきくて固い
「えっと……」
「だめ?」
「駄目じゃない」
「それではお邪魔します」
俺の隣を通過して萌々子が部屋に入る。すれ違いざまに萌々子の身体が俺と触れた。萌々子はそのまま奥まで進み、ベッドサイドへ。俺も部屋に入った。
「ベッドに座ってもいいですか?」
「もちろん」
パジャマ姿の萌々子がちょこんとベッドに腰掛けた。たしたし。その隣を萌々子が叩く。そこに座れという意味のようだ。
が、無視。俺は勉強机の椅子に腰掛ける。
「違いますよ、お兄様」
「何が違うんだ?」
「座る場所です」
ばんばん。再び萌々子が自分の隣を叩く。ばんばん。
「ここでしょ。萌々子の隣に座って、お兄様」
「あー」
「あー、じゃありません。ここ!」
ドスッ! とうとう萌々子がベッドを殴る。
「そこじゃないと駄目か?」
「はい、だめです」
萌々子はベッドを叩き続ける。やめてくれ、壊れてしまう。
「わかったよ」
言われるがままに萌々子の隣に座った。
「これでいいのか」
「はい」
満足げに萌々子が頷く。そして、
「あのね、お兄様。萌々子ね、反省してるの」
と話し始めた。
「反省?」
「はい。おふざけが過ぎたなって」
「……風呂場での一件のことか?」
「はい」
「昔は一緒にお風呂に入っていたでしょ? だからね、萌々子、久しぶりにお兄様とお風呂入りたいなーって思って、あんなことしたんだ」
「なるほど」
「でもやっぱり裸じゃ恥ずかしいかなって思って水着着たんですけど、よく考えたらお兄様は裸じゃないですか?」
「風呂だからな」
よく考えないとわからないことじゃないだろうよ。
「裸のお兄様を見た瞬間、萌々子、ドキッとしちゃいました。だって、お兄様……とってもたくましくなっていたんですもの」
「たくましい?」
原則として教科評定4以上な俺が唯一2を取ったことのある教科、それが体育だ。全学校行事の中で一番嫌いなのが体育祭、次に嫌いなのが球技大会だ。そんな俺と筋肉とは長く冷戦状態であり、俺を形容するのに「たくましい」などという日本語は正しくない。いったいどこを見てたくましいなどと?
「裸のお兄様にぎゅーってしたら、わかったの。お兄様たくましいな、って。子供の頃と違うなーって」
ま、幼少時よりは筋肉も骨も成長しているわな。
「それで萌々子意識しちゃったんです。お兄様も男性なんだなって」
萌々子の顔が真っ赤になった。
ん? もしかして……見たのか? そして触ったのか? もしかして……握ったのか!?
「すっごくおっきいな、って思いました」
「えひゃ?」
変な声出てしまった。やばい。おっきくなってたんだ。
「あと、固いなって思いました。あんなに固くなるんですね。萌々子、びっくりしました」
「お、おひょ?」
再び変な声。マジかよ。そんなことまで把握されていたのか?
「あ、あの、萌々子さん? い、いつの間に触ったんだ?」
心臓をバクバクさせながら俺が聞く。
「いつ? いつもなにも、ずーっとですよ?」
「ず、ずっと!?」
「はい。ぎゅーとした直後から、離れるまで」
まじかよ! 全然気がつかなかったぞ! そんな初期から握られていたのか俺は! 萌々子の水着に驚愕するあまり気がつかなかった。
「は、ははは。ふぉー……。そーなんだ、ずーっとなんだ。ははは。で……その……固かったのか?」
「ええ」
「最初から……最後まで?」
「もちろん。萌々子、びっくりしました。男の子の身体って、こんなんなんだなって」
「し、仕方ないだろ! 男なんだ! 大きくも、固くもなるさ!」
「ですよね。びっくりしました。ちっちゃいころと全然違うんですもの」
「ああ、そうさ! お子様とは大違いだ!」
……ん? ちっちゃいころ?
「ちょっと待て。萌々子、もしかして昔も……触ったことあるのか?」
「もちろん」
まじかよ! 全然覚えてねーし!
「あのころは柔らかかったです」
がーん! 感触まで覚えていやがる!
俺は悟った。言い逃れは無意味だ。潔く認めよう。きっとカチコチだったのだ、あの時。そんな自分を受け入れるしかない。そして萌々子にも受け入れさせるしかない。その上で過剰なスキンシップを禁じよう。
それしか道はない。俺の覚悟は決まった。
「いいか萌々子。百歩譲って幼少時のタッチは仕方ない。だが、お互い高校生の現状でそのようなスキンシップは駄目だ!」
「どうしてですか?」
「どうしてって……わかるだろ?」
「わかりません」
「なんでだよ!? あのなあ、俺と萌々子、もう子どもじゃないんだ。そういう……親密な接触はよくないんだ」
「えー、萌々子、お兄様とスキンシップしたい!」
口をとがらせ不満げに萌々子が言う。
「駄目だ」
「やだ!」
「駄目なものは駄目なんだ」
「もー! 背中に抱きつくの、そんなに駄目ですか? お兄様の固い背筋を味わうの、そんなに駄目ですか?」
「ああ、駄目だ。背中に抱きつくなんて、背筋の固さを味わうなんて……え? 今なんつった?」
「だから、背中です。背筋の固さです。お兄様」
背中。背筋。
「お兄様のおっきな背中に抱きついて、昔よりたくましく固くなった背筋を堪能するの、そんなに駄目な行為なんですか?」
紛らわしいな! 俺はてっきりアレの話かと思っていたよ!
「そういうことなら、背筋を堪能するのはかまわん。だが風呂場は駄目だ」
「けち」
「ケチじゃない。風呂場じゃなければ背筋だろうが腹筋だろうが好きに堪能すればいいさ」
「ホント!?」
萌々子の目が輝いた。しまった。俺は後悔した。
「えいえいえいえい!」
突然萌々子の手が俺の腹筋を突きだした。
「ん? 柔らかいぞ! お兄様、そんな腹筋では中年期にお腹ぽっこりマンになりますよ?」
もみっ。萌々子が俺の腹をつまむ。
「大きなお世話だ」
「萌々子、お兄様のお世話するんだもん! 今から腹筋トレーニングです!」
つんつんつん。再び萌々子が俺の腹筋を突く。そのたびに俺の腹筋が硬直し抵抗する。うむ。確かにこれは腹筋のトレーニングだ。
「えいえいえいえい! いろんな所を突きますからね? まんべんなく鍛えてください!」
みぞおちを押したかと思えば脇腹。脇腹を押したかと思えばへその横。萌々子の柔らかい指がくすぐったい。
「こら、やめろ。くすぐったいだろ?」
「やだ」
脂肪退散、と呟きながら萌々子が腹筋いじりを継続する。
「大分固くなってきましたね、お兄様の腹筋」
「だろ? もう終わりだ」
「そうですね。終わりにします」
良かった。
「と、見せかけて……ほあたっ!」
昭和の世紀末救世主伝説マンガ主人公のごときかけ声とともに、萌々子の指が俺の腹部を思いっきり突いた。
「どはう!」
思わず声が出た。今までと違い五指をそろえて突かれたのだ。まるで南斗聖拳のごとく。さらに不意を突かれた。
「う……ぐぐぅ……」
思わず身体を丸めベッドにうずくまってしまった。
「ご、ごめんさない!」
慌てた萌々子が俺の腹部に今度は優しく手を乗っけた。
「痛かったですか?」
「だ、だいじょうぶ……何でもないさ。不意を突かれただけだ」
本当は何でもないことはない。しっかり、みぞおちに南斗聖拳がたたき込まれたのだから。そんな俺の窮状を放置できないと思ったらしく、萌々子がベッドで悶絶する俺の隣に寝転がった。
「ごめんなさいね」
さすさすさす。萌々子の手が俺の腹部をなでる。
「どのへん、痛かった? ここ? もっと下?」
どんどん下方に侵攻する萌々子の手。臍を突破し、密林地帯へと向かう。
それ以上はいけない。
「大丈夫、もう痛くない」
萌々子の手に俺の手を重ねる。もちろん、どかすためだ。だが、何を勘違いしたのか萌々子が握り返してきた。
「お兄様……だめ……」
だめといいつつ萌々子は手に力を込めてきた。さらに俺との距離を詰める。萌々子が頭部を俺の胸に埋める。
「お兄様ったら……強引なんだから……」
いや、それ、こっちのセリフだし。
とはいえ、結果的に俺と萌々子は密着してしまった。それもベッドの上で横たわって。いわゆるベッドインという状態である。
そう。ベッドイン。
今の状況をベッドインと言語化したことで、俺は気がついた。
握りしめた手。胸に感じる萌々子の吐息。気がついたら俺の背中に回っている萌々子の片腕、それもじわっと力が込められており俺との距離がどんどん狭まっている。まさにベッドイン。そして萌々子は俺のフィアンセ。くどいようだが親が決めた婚約だ。
やべえ。相手が萌々子といえ、これはやばい。いろんなものがムクムク起き始めてしまった。
「えっと、その……ちょっと離れないか?」
「どうして?」
「どうしてって……ヤバいだろ、この格好」
「どこがどう良くないの? 小さい頃はこうやって……」
「あのな」
優しく、だがはっきりと俺は萌々子を引き剥がす。
「もう子どもじゃないんだ、俺たち」
「むー」
人間のベッドの上から強制撤去された猫のような顔をして萌々子が俺を睨む。二人横になったまま、しばらく見つめ合う。
「ねえ、お兄様」
「なんだ?」
「私たち、もう子どもじゃないの?」
「そうだ。といって大人というわけでもないけどな」
「一緒に寝たりお風呂に入ったりできないくらいには大人ってこと?」
「まさにそれだな」
「ふーん……」
ちょっとの間萌々子が考える。それから、
「萌々子、おとな?」
と、身体をくねらせ、大きな瞳で俺に問いかけた。普段はブレザーで押さえつけられている胸の膨らみが強調されていた。自然と目がそこにいく。さらに視線はくびれ、腰、太ももへと移動する。
「そこそこ大人だ」
俺は言った。
「お兄様にとって、おとなの萌々子は妹? 女の子? それとも……女?」
「性別的には女子、関係としては兄妹同然に育った幼なじみ、だな」
……あとフィアンセ。
「ずるいなあ」
ぼそっと萌々子が言った。
「ずるい?」
俺は聞き返す。
「なんでもありません」
萌々子が立ち上がった。
「もう遅いから寝ますね」
「ああ」
スタスタと扉へ。ドアノブに手をかける。
「……少し安心しました」
「何がだ?」
「妹じゃないんだ。妹的なんだ」
「ん? そりゃそうだろ? 本当は兄妹じゃないんだし」
「でしたね」
クス。萌々子が笑った。
「萌々子、女子なんだ。お兄様にとって」
萌々子は俺の部屋から出て行った。
「なんなんだいったい」
どっと疲れが――一週間の疲れが出てきた。再びベッドに横になる。気がついたら寝てしまっていた。




