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気まずい

 風呂から上がった。バスタオルで身体を拭きながら、俺は考える。


 萌々子、なんであんなことしたんだ? おふざけにもほどがあるだろ?


 萌々子の気持ちになって考えよう。数年ぶりに幼なじみと再会、おまけに同居。確かに懐かしいし楽しいだろう。気持ち的に子供時代に戻るってのはわからない話ではない。


 だけど、俺たち。


 もう高校生なんだぜ?


 昔みたいに一緒に風呂に入るなんて無理だ。萌々子だってそれがわかっているから、裸でなく水着を着ていたんだろ?

 萌々子的には軽い悪戯だったんだろうけど。高2男子的にはさすがに、あれは無理だって。身体が反応しないわけ無いだろ?


 あ、いや、でも、萌々子って俺のフィアンセだから一緒に風呂に入るくらい別に良いのか?


 ……良くないって。あの婚約、親の勝手な婚約なんだ。無効だ。無効。


 とりあえず、気まずい。近藤さんに引き続き気まずいことばかりだよ。


 身体を吹き上げた俺は渇いた喉を潤すためダイニングへ向かった。途中のリビングに萌々子はいなかった。

 食器棚からマグカップをとり、冷蔵庫で冷やしておいたコーヒー牛乳を注ぐ。


「ふう」


 腰に手を当てコーヒー牛乳を飲む。風呂上がりのコーヒー牛乳を一番美味しく頂くにはこのポーズでなければならない……なんてことを考え、自分を誤魔化す。


「ぷは」


あっという間にコップが空になった。


「さてと」


 コップを洗い食器棚にしまった俺は自室へと向かった。

 俺の部屋と萌々子の部屋は廊下を挟んで対面している。萌々子の部屋の扉は閉められたままだ。隙間から明かりが漏れている。部屋に居るのは確実だ。


 扉をノックしようとしてやめた。ノックしてどうするんだ? 萌々子と対面してなにをいうんだ? 「さっきはごめん」とでも言うのか?

 振り上げた拳を元に戻す。踵を返し自室に入った。


 ばたん。ぱたぱた。


 扉越しに聞こえた。

 萌々子が部屋から出たようだ。時間からいって風呂だろう。俺と顔を合わせないように部屋を出たとしか言いようがない。


 萌々子にしてみれば単なるおふざけだったのかもしれない。だが、俺にとっては試練だった。さすがに冷静ではいられない。だって、水着女子が密着してるんだぞ? 胸がぐいぐい当たっているんだぞ? 平常心? なにそれ?


 言葉を選んだとはいえ、萌々子との濃厚接触によって惹起された身体変化を告げた。すなわちそれは萌々子に性的な興奮を感じたことの告白である。


 幼き頃より本物の兄のように接してきた俺からそのような感情を抱かれたことに、萌々子はショックを受けたに違いない。どんなにふざけても、誘惑しても、俺が萌々子に対してはそういう気持ちにならないって確信していたから萌々子は俺に甘えていたはずなんだ。


 なのに俺は……。


 仕方ないじゃないか! 俺だって男なんだし!


「ぷはあ……」


 パジャマに着替え、ベッドに身体を投げ出し、深いため息。なんとも落ち着かない。スマホをつかみ、適当にSNSやらニュースサイトやらをチェックしてみるが、頭に入ってこない。萌々子のことが気になってしまう。


 怒っているだろうか。少なくとも俺に幻滅はしたろうな。もうしゃべってくれないかもしれない。この家から出て行くというかもしれない。


「俺のこと嫌いになったろうな」


 思わず、独り言が出た。天井を見つめる。白いクロスにLEDシーリング。萌々子の部屋にも同じシーリングが設置されている。


「これ、本当にLEDなんですか? 蛍光灯の輪っかが見えますけど?」


 引っ越してきた日に萌々子が言った言葉だ。親父がニトリの通販で買ったこのLED、なぜか光源が往年の蛍光灯を思わせる二重輪っかになっている。おそらく昭和生まれの老人にはこれが落ち着くのだろう。意味わからん。


 はあ。


 まさかあれから一ヶ月もしないで気まずくなるとは。俺、2年生。萌々子1年生。萌々子が卒業するまであと2年もある。俺の親も萌々子の親も中国駐在は最低5年、最長で10年なんだそうだ。戦争でも勃発しない限り。


 どうすんだ?


 どう考えても俺は悪くない。悪いのは度が過ぎた萌々子だ。萌々子から謝罪があってしかるべきだ。俺が気まずい思いをする必要は無い。なのになぜ罪悪感があるのか? それはさっきも言ったように、俺の身体が反応したからだ。その結果必要以上に萌々子を遠ざけ、傷つけてしまったから、気まずいのである。その点において、俺は悪い。


 謝ろう。


 そうだ。謝るしかない。全面的に俺が悪いわけではないのだが、ここは()である俺が折れるべきだ。


 よし、と自分に気合いを入れベッドから起き上がる。着衣を整えて。すーはー。深呼吸。


「いくか」


 声に出して気合い。ドアノブに手をかけ、回し、押す。すいーっと扉が開く。

 と、そこに萌々子が立っていた。一瞬目と目が合ったが、お互いすぐに逸らした。


 気まずい雰囲気。


「や、やあ。奇遇だな。こんなところで会うなんて」


 一つ屋根の下ですんでいるのだ。「こんなところ」で会って当たり前だし奇遇なわけがない。


「そうですね、奇遇なのかもしれません。……でも」

「でも?」

「奇遇でないとしたら?」


 萌々子が顔を上げた。俺と目があう。


「……どういう意味だ?」

「奇遇の対義語ってご存じですか?」


 奇遇の対義語? そんなのあるのか?


「えっと、奇遇の奇は奇数の奇だから……奇数の対義語は偶数だから……偶遇?」

「ぐうぐう……?」


 ぷ、と萌々子が吹き出した。


「そんな熟語、ありませんよ、お兄様」

「じゃあ、なんなんだ?」

「ん? さあ、なんでしょう? 萌々子も知りません」

「なんだそれ」

「そーですね、あえて言えば必然・運命・巡り会い。そんなところでしょうか?」

「なんか大げさだな」

「ですね」


 久しぶり――といっても1時間程度ぶりだが――に見た萌々子の笑顔だった。


「あのね、お兄様。私、お兄様とお話がしたくて、部屋に行こうとしてここにいたの。だからね、奇遇じゃないんです」


 萌々子が一歩踏み出した。


「お邪魔していいですか?」


 萌々子が俺を見つめたまま言った。

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