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上書き、そして

「家着いたぞ。いつまで手、握ってるんだ」


 玄関前になっても俺の左手を握りしめ続けている萌々子に言った。


「ん? ずっとですよ?」

「無理だろ。どうやって鍵開けるんだ」


 右手に鞄、左手に萌々子。物理的に不可能である。


「むー」


 しぶしぶ萌々子が手をほどいた。俺は鞄から鍵を取り出し、玄関のドアを開ける。


 それぞれの部屋で部屋着に着替える。俺は洗濯とトイレ掃除、萌々子は晩ご飯の用意。それぞれが分担する家事をこなしていく。

 自分の担当家事を終えてダイニングキッチンに行くと、肉の焼けるいい匂いが漂っていた。システムキッチンでエプロン姿の萌々子が鼻歌交じりに調理している。


「肉焼いているのか?」

「はい。今日はハンバーグです。萌々子特製ハンバーグ。上書きしないと駄目ですから」

「上書き?」


 俺が問い返す。すると萌々子は、


「なんでもありません」と笑いながら言った。


 やがてテーブルの上に料理が並べられた。ハンバーグ(ミニスパゲティ付き)、海藻サラダ、キャベツと根菜のコンソメスープが今日のメニューだ。


「いただきまーす」合掌して合唱。


 さっそくハンバーグを食べる。


「うん、美味しい」

「嬉しいです、お兄様」

「この……デミグラスソース? グレービーソース? とにかくハンバーグにかかってるのが旨いな。まるでレストランみたいだ」

「それ、デミグラスでもグレービーソースでもありませんよ。残った肉汁にケチャップとソースを混ぜただけです」

「へぇ。ケチャップとソースだけなのか」

「はい。家庭料理ですから。萌々子、こう見えても家庭的なんですよ?」

「確かに、家庭的な味だ」

「さっきはレストランみたいだって言ってたくせに」


 萌々子が笑う。


「家庭的なレストランなんだよ」


 俺も笑った。


 ♡ ♡ ♡


 俺の担当家事である食器洗い――といっても食洗機に食器を突っ込んでスイッチ押すだけの仕事だが――を終え、スマホで動画視聴をしているところに、萌々子がやってきた。


「なんだ?」

「あのね、お兄様」


 どうしたのだろう。なんだか、言いにくそうだ。恥じらいを感じる。


「今日は……お兄様が先にお風呂に入ってください」


 俺から目を逸らしボソッと萌々子が言った。


「ああ。わかった」

「ありがとうございます」


 ぺこり。萌々子が頭を下げる。


 礼なんていいんだ。わかっている。あれだろ? 女の子の……アレだろ?


 まかせろ、俺は性教育は得意科目なんだ。そういった配慮は出来る男なのさ。まあ、さすがに、ちょっと気まずいけどね。


「じゃ、お願いします」


 パタパタと萌々子が自室に去って行った。


 俺は立ち上がりキッチンの壁に設置してある集中給湯リモコンを操作。湯沸かしを開始した。


 10分後、陽気な電子音声が「まもなくお風呂が沸きます」と俺に語りかけた。そしてその1分後、お湯張り完了メロディ。


 萌々子の部屋の前に行き、扉越しに「風呂入るぞ」と告げる。なんでこんなことをするのか説明しよう。一般的な日本住宅である我が家は脱衣場と洗面スペースそして洗濯機が同じ部屋にある。誰かが風呂に入っているときは歯磨きや洗濯は出来ないのだ。


 ……って、何当たり前のこと説明しているんだ俺は。


「はーい、わかりました。ごゆっくり」


 妙に陽気な返事が返ってきた。俺は自室から着替えを手に取り風呂に向かった。脱衣を済ますと洗濯物を洗濯かごへ突っ込み風呂に入った。


 湯船につかりながら、近藤さんのことを考えた。


 告白されてしまった。


 近藤さん、俺のことが好きだったのか。月曜日どんな顔して部活に行こうかな。やっぱ返事すべきだよな。

 全然心の準備が出来てねぇ。つか、俺、一応萌々子と婚約しているんだよね。萌々子は知らないけど。そもそも俺の意志とは関係なく締結された婚約なんだが、それでも一応フィアンセがいる身として、彼女を作るなんて道徳的に許されないのではないのか?


 だめだ。どうして良いか分からない。


「よし!」


 気合い一発、俺は湯船から出た。とりあえず、シャンプーしよう。考えるのはそれからだ。


 ということで。


 俺の入浴スタイルについて説明しておこう。


 俺の場合は掛かり湯を浴び、まずは湯船につかるスタイルだ。十分に暖まってから湯船を出る。

 次にシャンプー。最後に身体を洗う。その後もう一度湯船につかって終わりだ。


 てなわけで今日も俺は掛かり湯を複数回浴び、軽く汗を流してから湯船につかっり、身体が暖まってから湯船から出た。


 まず風呂いすに座り頭髪にシャワーをする。お湯だけで丁寧にマッサージだ。

 十分に頭皮をマッサージした後、ポンプ式シャンプーから適量を取り出し頭髪にぶっかける。わしわし。さらに頭皮をマッサージ。毛根の油を綺麗にしないとな。なんだかんだ俺は男子高校生。新陳代謝が盛んなお年頃だ。しっかり洗わないとフケが制服に付いてしまう。


 その時、背後で音がした。


「おじゃましまーす」


 え? なに? 萌々子? シャンプー中につき目をつぶっている俺には確認しようがない。


「お兄様のシャンプー手伝いますね」


 わし。俺以外の手指が俺の頭を掴んだ。そして始まるマッサージ。やはり萌々子だ。


「も、萌々子か?」

「はい。萌々子です。萌々子以外の誰がいるっていうんですか?」

「ちょ、俺、風呂に入ってるんだけど!?」

「はい。だから、背中流そうと思って来たんですよ? お兄様は身体の前に髪の毛洗うんですね」


 わしわしわしわし。萌々子の細くて柔らかい指が俺の頭皮をマッサージ。うむ。自分の手で揉むより快感だ。


 ……なんて言ってる場合じゃない。


「萌々子、裸なのか!?」

「ふふ、そうだったらどうします?」

「どうします、じゃないだろ!?」

「だってお風呂って裸で入るものですよ?」

「いやいやいやいや! おかしいって!」


 俺は顔に付着したシャンプーの泡を払いのけ、ゆっくり目を開けた。正面の鏡には俺の姿と――スクール水着姿の萌々子。


「……水着着ているのか?」

「はい」


 安心したようながっかりしたような。


「なら、そう言えよ! 焦ったじゃないか!」

「だってー、ちょっとからかってみたかったんですもの」


 ぴと。濡れた箇所が所々濃くなったスクール水着の萌々子が密着した。背中の上の方になんかくっついた。二つの突起物が。

 わかる。わかるぞ。薄い化学合成繊維越しではあるが確かに感じる。それって……アレだよな。赤ん坊が母乳を吸い出す、健全なマンガやアニメでは描写が自主規制されがちな、あの器官だよな。まかせろ、俺は性(ry。


「裸の方がよかったですか?」


 俺のうなじ付近で萌々子が囁いた。


「んなわけねー! ……つか、近い! 近すぎだぞ萌々子!」

「ふん!」


 なぜか萌々子の怒気をはらんだ鼻息。


「……ったくせに」


 ぼそっと萌々子が呟いた。前半部分が聞き取れない。


「なんて言ったんだ?」俺は聞き返す。

「なんでもありません。それじゃお兄様、シャンプー流しますね」

「ああ」


 しゃわわわわ。頭頂部から適温のお湯がかけられる。萌々子の指が頭皮についた薬剤を丁寧に流していく。頭皮がマッサージされ血流が促される。

 ふう。これまた気持ちいいものだ。同じ洗髪でこうも違うのか。


 などと落ち着いている場合ではなかった。


 頭頂部から流れ落ちる水が洗い流すのは頭部の泡だけではない。頭部から胸部へ、胸部から腹部へ、そして禁断の場所へ。水流とともに排水溝に流れていく。


 ヤバい。きわめて、ヤバい。このままでは男子高校生のシークレットな部分が露出してしまう。スク水女子に密着されトランスフォームしかねない俺の相棒だというのに、そんなものが露出配線してしまったら……。


 駄目である。絶対的に駄目である。そのような事態はなんとしても阻止せねばならない。俺は流れて消えゆく泡を必死でかき集め、股間に集めた。突入待機状態であった特殊期間ならぬ特殊器官を隠すには、十分な泡が集まった。


 ふう。安堵の溜め息。

 よかった。これで萌々子を風呂から追い出しさえすれば、もう大丈夫だろう。


「じゃ、コンディショナーでお手入れしますね、お兄様」

「トリートメント?」

「シャンプーだけじゃ髪の毛ごわごわになっちゃいます」

「リンスとは違うのか?」

「もう、お兄様ったら! 同じですよ、リンスとコンディショナー。コンディショナーのことをリンスだなんて、お兄様はいつの時代の人ですか? 昭和ですか?」


 萌々子が笑った。

 なるほど。コンディショナーってリンスことなんだ。JKはリンスのことそう呼ぶのか。一つ勉強になった。


 俺の背後からにゅっと手が伸びて萌々子がリンス改めコンディショナーのボトルを手に取った。いよいよだな。


「ん?」


 ちょっとまて。コンディショナーってつまりはリンスなんだろ? リンスって、すぐ洗い流すよな? そんでもって、泡なんか全く立たないよな?


 やばい。泡は立たなくとも俺の特殊器官は(略)


「ま、待った!」


 だめだ。せっかく(股間に)集めた泡が流れてしまう。なんとしてもコンディショナーを阻止せねばならない。


「俺さ、リン……コンディショナーはしない主義なんだ」

「え?」

「だから、コンディショナーはしないんだよ」

「コンディショナーはしない? どうしてですか、お兄様」

「それはだな……」


 理由を探す。


「あー、合わないんだよ。成分が」

「成分が合わない?」

「そう。痒くなるんだな、頭皮が」


 頭皮をかきむしる仕草で説得力アップを目指す。


「かゆくなるって、もしかして、アレルギーですか?」


 萌々子がいいことを言った。それだ!


「そう、アレルギー。シャンプーにはなくてコンディショナーに入っている、何らかの成分にアレルギーなんだ。たぶん」

「そうなんですか」

「そうなんだよ」

「わかりました。じゃ、戻しておきます」


 萌々子が手を伸ばしリンスじゃなかったコンディショナーを戻す。つるん。再び背中に感じる妙な接触。いかん。強攻型へとチェンジしそうだ。相手艦にダイダ○スアタックをぶち込みかねない形態であるといえよう。


「じゃ、身体洗いましょうね」

「ふへ!?」

「洗わないんですか?」

「い、いや、洗うけど……」


 身体なんか洗ったら、シャボン玉が消えてしまうではないかっ!

 どうすれば……どうすればいい!?


「えーっと……も、もう、洗った! 俺は既に身体を洗ったんだよ、萌々子!」

「お兄様」

「なんだ?」

「嘘はいけません。萌々子知ってます。お兄様、まだ身体洗っていません」


 ドキ。


「なんでわかる?」

「だって、ずっと扉の向こうから見てましたから。磨りガラスごしに」


 マジかよ。見ていたのかよ。やめてくれよ。

 つか、どうしよ。


「お兄様、身体洗うの嫌いなんですか?」


 ええい、こうなったら。こうなったら!


 はっきり言おう。俺はな、裸の萌々子と一緒に風呂に入って、性的に興奮している。我慢の限界なんだ、と!


 そうだ。隠すことなど何もない。シャワーヘッドを手に取り、股間の泡を洗い流そう。そして完全に露出させるぜ特殊器官。握りしめるぞ俺の拳で。


「見ろ! これが俺だ! 俺の……戦闘形態すなわちバトルモード!」


 ………………なんて、できるわけがない。


「あのな、萌々子」

「はい」

「俺さ……やっぱ恥ずかしいんだ」

「何がですか?」

「俺たち高校生なんだ。一緒に風呂に入るのはおかしい。前も言ったよな? 実の兄妹だって、高校生になれば一緒に風呂に入ったりしないんだ。俺、萌々子の方を向いてないだろ? なぜだかわかるか?」

「……わかりません」

「言わせるのか? 俺の……今の……状態を」


 沈黙。

 気まずい空気が流れる。


「……いいえ」

「だったら……悪いけど風呂から出てくれないかな?」


 こく。萌々子が無言で頷いた。そして立ち上がる。


「……シャワー借りてもいいですか? シャンプーの泡が付いているので、流したいんです」

「ああ」


 背中越しにシャワーを渡す。今度は萌々子の身体がくっついていない。萌々子は無言のままシャワーを浴びる。


「ありがとうございました」


 萌々子がシャワーを俺に返し、そのまま風呂から上がった。

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