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子犬のアリス

「アンアン!」


 近藤さんが子犬のアリスを床に下ろした。アリスは人見知りしない性格のようで一目散におれと萌々子の方へ駆け寄ってきた。


「か、かわいい! かわいいです、お兄様!」


 萌々子の豹変ぶりに俺はマジ驚いた。さっきまで、アリスが溺れてたら見殺せとかいってなかったか? え? そこまで言ってない?

 とにかく、空想上の子犬を溺死させようとしていたとは思えない台詞だぜ、萌々子。


「きゃ、顔をなめてます!」


 無邪気なアリスは萌々子にやたら甘える。それを見た近藤さんは、やや慌て気味に、


「ごめんね、岡本さん」と言った。

「大丈夫です!」と萌々子が笑顔で返す。


 それからしばらくの間、俺と萌々子は思う存分子犬を満喫した。

 俺は顔をなめられるのは好きではないので遠慮したがね。


「アリス、かわいいでしょ?」


 遊び疲れて眠ってしまいそうなアリスを抱き抱え、近藤さんが言った。


「ああ。かわいい」と俺。

「よかった。アリスが遠藤君気に入って」


 ん? どういう意味だろう?


「あ、アリス寝ちゃったかな?」


 とうとう寝たようだ、アリス。


「アリスちゃん、お疲れだな」

「うん。お店が大好きで、はしゃぎすぎちゃうんだ。いっつもお店に出たがるけど、基本アリスはお店立ち入り禁止。でも、今日はお店で遊べてすごく楽しかったんじゃないかな。そうだよねーアリス?」


 すぴーすぴー。寝ているアリスは返事しなかった。


「おい、店閉めるぞ」


 入り口の扉に「CLOSE」の札をかけつつ、近藤さんのお父さんが俺たちに言った。


「こい、アリス。今から片付けだ。危ないから奥に行こうな。おやつあげるぞ」


 孫に接するかのごとき優しい目と声で近藤さんのお父さんがアリスに呼びかけるが、アリスは寝たままだ。


「じゃ、お父さんアリスお願いね」

「おう」


 近藤さんがアリスをお父さんに手渡す。そしてそのままふたりは奥の住居スペースへと引っ込んでいった。なんだ、近藤さんのお父さん、アリス大好きじゃないか。

 そんな微笑ましい情景に俺の心も朗らかな気持ちになった。


「じゃ、俺たちはそろそろ帰るよ」

「うん。また明日、部活でね、遠藤君。ちゃんとご飯食べなきゃだめよ? コンビニ弁当じゃだめだよ?」

「お、おう」

「コンビニ弁当ってなんですか?」萌々子が突っ込む。

「家に帰ってから説明するよ」と俺。

「絶対ですよ? お風呂よりも、ご飯よりも、先に教えてくださいねっ!」

「はいはい」

「えーっと……」


 近藤さんがおれと萌々子の顔を不思議そうに見る。


「遠藤君と岡本さんの家、同じなんですか?」


 しまった。するどい突っ込みだ、近藤さん。


「あ、それはだな……」

「はい、そうです。私とお兄様、一緒に住んでいます」


 はい、終了。いきなりばらしました萌々子さん。確かに一緒に住んでいることは秘密にしておこうという約束なんてしていない。だけどさ、普通秘密にするだろ?


「どういうことなの、遠藤君? 岡本さん、幼馴染みなんだよね? なんで同居してるの?」

「同居じゃないです、同棲です」


 萌々子が口を尖らせ近藤さんに主張した。


「同棲なの、遠藤君?」

「いや、違う。単なる同居だ」

「同棲と同居って、何が違うの?」


 かわいい顔してエグい質問するね、近藤さん。


「一緒のお布団で寝るのが同棲です。別々のお布団だったら同居です」


 俺のかわりに萌々子が返事してくれた。ありがとう……って、おい!


「へー……。そーなんだ。岡本さん、遠藤君と一緒のお布団で寝ているんだ。そういう仲なんだね、遠藤君と岡本さん。びっくりしちゃった」

「はい!」

「ちょ、待ってくれ! 違うだろ!」


 二人の会話に割って入った。

 

「どう違うの、遠藤君?」

「一緒の布団で寝てないっ!」

「でも岡本さんは寝てるって……」

「昔の話だ、む・か・し! 俺と萌々子が幼い頃、そうだな、小学生くらいのころの話だよ! その当時はよく一緒に寝てたんだ。隣同士だったし! お互いの家行き来してたし! 家族ぐるみで仲良かったし!」

「そっかぁ。昔の話かぁ。……じゃあ、今は一緒のお布団じゃないの?」

「もちろん!」

「一緒だもん! 一緒のお布団に寝てるもん!」


 俺の努力を無駄にしないでくれるか、萌々子?


「あーわかったわかった。そんなに昔が懐かしいんだな? そーかそーか。……で、しばらく黙っててくれないかな、萌々子」


 俺は笑顔のまま、可能な限り眼にパワーを込めて萌々子に言った。


「やだ」

「ちょっとの間でいいんだ」

「やだやだやだ!

「……今日、一緒の布団で寝てあげるから。な? これでいいだろ?」

「むー……」


 萌々子の表情が和らいできた。


「最初から最後まで一緒でいいから!」

「……本当に?」

「ああ」

「ぎゅーってしてくれる?」


 一瞬たじろいだが、もう一押しなのだ。「あ、ああ」と返事した。ま、軽く抱きしめるだけでいいだろ。


「本当にぎゅーっだよ?」

「わかった」

「じゃあ、黙っとく」


 ふう。


「ぎゅーってするの?」


 やはり聞こえていたか近藤さん。だよな。だって俺たちほぼ一直線に並んでいるもんな。


「えーっと、まあ、なんつーか、昔からのスキンシップなんだよ。ぎゅーって言ってもそんな色っぽいものじゃなくて……そうそう、さっき近藤さんがアリスちゃん抱っこしていただろ? あんな感じだよ!」

「ああ、あんな感じなんだね。そっかー、岡本さん、小動物みたいっだもんね。レッサーパンダだっけ? うんうん。なるほどなるほど」


 とりあえず、納得してくれたようだ。

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