遠藤君に膝枕してもらった
ぱち。近藤さんが目を開けた。
「……あ、私、寝ちゃってた?」
俺の股間で可愛い声を出す近藤さん。特殊器官が吐息の熱を感知。脳細胞にパルス信号が送られた。送られたのは昇天シークエンス開始信号だ。俺は慌ててその指令を解除する。
むく。取り消し命令が効いたらしく、起き上がったのは俺の特殊器官ではなかった。
起き上がったのは近藤さんの頭部、ヘッドだ。それをみて俺のタートルなヘッドも若干起き上がった。おい、昇天シークエンスは取り消しただろう?
「あれ? 遠藤君?」
起き上がった近藤さんが俺と目を合わせて言った。
「私、遠藤君の膝枕で寝てた?」
「えーと……うん、まあ」
膝枕というには余りにも危険なポジションだったが。
「膝枕だと!?」
カウンター奥から地獄のケルベロスの如き咆哮が聞こえてきた。もちろん、萌々子ではない。近藤さんのお父さんである。萌々子もメデューサのごとき目で俺を睨んでるがな。
幸い他の客――つまり萌々子の友人たち――は先に店を出ていたようで、近藤さんのお父さんが発した怒声は俺・萌々子・近藤さんしか聞いてない。
「てめェ、俺の娘に何しやがった!」
とうとう俺を指し示す人称代名詞が「てめェ」になりました。
「どうして怒っているの、お父さん?」
「梨愛! 大丈夫か!? この男に、変なことされてないか!?」
「変なこと? ううん、されてないよ。遠藤君に膝枕してもらって寝てただけだよ?」
「それが変なことなんだあああっ!」
断末魔の叫び by 近藤さんのお父さん。お父さんの右手にあるパン切り包丁がぎらりと光った。
「もーお父さん、考えすぎだよ。遠藤君紳士なんだから。あとね、遠藤君の太ももって暖かいの。すごい気持ちよかった」
「はぐぅっ!」
呻いたのは近藤さんのお父さんではない。萌々子だった。ちなみに近藤さんのお父さんは胸を押さえて前屈みになっている。声も出ないほどのクリティカルヒットだったらしい。
「私の頭、重くなかった?」
そんな二人を全く気にせず、近藤さんが俺に言った。
「い、いや、大丈夫。軽かった」
「よだれこぼしてない? ズボン汚してない?」
近藤さんの手が俺の太もも、それも唇があったあたりへ。それって、もう、至近距離なんですが。
「そ、それも大丈夫だから!」
感じるぞ、殺意フロム近藤さんのお父さん。震えるぞ、俺のハート。恐怖でな。
「お兄様、もしかして、その方といつもそんな風なんですか!?」
「何!? いつもそんなことしてんのか、コノヤロウ!」
「し、してません! 今日が初めてです!」
さすがにこんなことが日常だったら、俺は近藤さんに告白したと思うぞ。
「お父さん、なんで怒っているの? お手伝いせずに友達とご飯食べたり、居眠りしちゃったから怒っているの?」
「梨愛に対して怒ってるんじゃない。俺が怒っているのは、こいつだ! 大事な娘をもてあそびやがって! おい、貴様! 正直に言え! 今まで梨愛にナニを、どこまで、やった!」
近藤さんのお父さんが俺に詰め寄ってきた。その様子を見た萌々子、
「え! その人と……や、やっちゃったんですか!?」
と叫ぶ。
「や、や、や、や、やっただと!?」
萌々子の叫びが近藤さんのお父さんの怒りに火を注いだ。
「貴様、人の娘をなんだと思ってるんだ!! 殺す! 貴様を殺して俺も死ぬ!」
近藤さんのお父さんがパン切り包丁を握りしめ、俺にむき出しの殺意を向けてきた。パン切り包丁、ギザギザだなあ。あれで切られたら痛そうだ。やだよ。あんなので切られるの。
「なにもしてないよ、お父さん。だって友達だもん。手をつないだことだってないんだから」
あきれ顔で近藤さんが言った。
「そ、そうなのか!?」
「うん」
「絶対か!?」
「絶対」
「……信じていいんだな?」
「信じて。お父さん。私、世界で一番お父さんが好き。お父さんのお嫁さんになりたいくらいだよ? だって、お父さんはいつだって私を信じてくれるんだもん」
「そうかあああ! お父さんが好きかあ! うんうん、そうかそうか!」
近藤さんのお父さんは満面の笑みでカウンターの奥に戻っていく。なんとチョロいお父さんであろうか。近藤さんは計算してやっているのだろうか?
「ごめんね遠藤君。お父さん、ちょっと短気だけど、本当はいい人なの。私、大好きなんだ、お父さんのこと」
「そうなんだ」
なんと天然でお父さん大好きだったようだ。
「お兄様……ねえ、お兄様!」
「なんだ萌々子」
「帰ろうよー。お家に帰ろーよー」
萌々子が席の後ろから髪の毛を引っ張る。
「痛たたた。髪の毛引っ張るなよ」
「だって。いつまでもそこにいるんですもの。もうすぐ8時です。閉店時間ですよ? 長居しては迷惑です。ね、お兄様のお友達の近藤さん?」
「そっか、もうそんな時間なんだ」
「ということで、私たちは失礼します。お兄様、早く準備して!」
「ちょっと待って」
立ち上がろうとした俺の太ももを近藤さんが手で押さえた。それを見て萌々子の髪の毛が逆立つ。
「あのね、遠藤君。まだ見てないでしょ、アリス」
「アリス? ああ、あのなんとかレトリーバーのアリス」
「そう。子犬のアリス。約束したじゃない、見てくれるって」
そんな約束しただろうか?
「ていうか、今日遠藤君が私の家に来た最大の理由はアリスと親交を深めるためなんだよ?」
「そう……なの?」
「うん」
力強く頷く近藤さん。
「さ、こっち来て」
俺の右手をつかみ、住居部分に通じる店の奥の扉へと引っ張る近藤さん。
「ちょっと、お兄様の肩が脱臼しちゃうでしょ!」
もわん。反対側の腕に感じる柔らかい感触。萌々子が全力で俺の左腕に抱きついたのだ。二つの膨らみに挟まれて俺の左腕は身動きできない。
「お兄様は子犬と萌々子が溺れてたら、どっちを助けるの? ねえ、どっち?」
「どっちも助ける!」
「やだ、どっちかだけにして!」
「はあ!? つか、なんでそんな究極的状況なんだよ!」
さらにぎゅーっと萌々子が締め付けてきた。
「帰ろーよー!」
「つっても……あれ?」
気がつけば近藤さんがいない。
「アンアン!」
店の奥から子犬らしき鳴き声が聞こえてきた。
「こら、梨愛! 店に連れてきたらだめだって言っただろ!」
「いいじゃん。もう閉店なんだし」
「うちは飲食店なんだ! 保健所がだなあ……」
「お願い。いまだけ。ね?」
「嫌だ。だいたい俺は犬を飼うのに反対だったんだ!」
近藤さんのお父さんが大きい声を出したものだから、子犬のアリスが「きゅ~ん」と小さな悲鳴を上げた。
「おーよちよち。怖かったねアリス。……ん? なになに? ふーん、そうなんだ」
近藤さんが子犬と会話しだした。
「あのね、お父さん。アリスね、お父さんのこと、大好きなんだって」
「それがどうした」
「私がお父さんのこと大好きだから、アリスもお父さんのこと好きになるんだって。かわいくない?」
「は、はいっ?」
「私たち、お父さん大好きだもんねー。ねえ、アリス?」
「アン!」
子犬のアリスがかわいく返事する。
「ほら。好きだって。私と同じくらい、お父さんが大好きなんだよ?」
「ほ、ほほう……」
一生懸命怖い顔を維持しようとしているが、近藤さんのお父さん、どんどん目元が緩んでいく。
「だからね、とりあえず今はお店にアリスつれててもいいでしょ? 大好きなお父さん」
「お、おう……」
やっぱこのお父さんチョロすぎる。




