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俺と梨愛

 萌々子たちのオーダーが出来上がっていくが、萌々子たちに続いて団体客が来たこともあり、近藤さんのお父さんは忙しそうだ。


「手伝うね」


 近藤さんが席を立ちヘルプに入った。「近藤珈琲店」と小さくプリントの付いたエプロンをつけ、団体客のところへオーダーを取りに行く。


「ちょ、見て、あの人。ちょーかわいくね?」

「ほんとだ! ねーね-、見て! すごい美脚!」

「髪の色、あれ、地毛? 肌とかもめっちゃ白いし!」

「エプロンの下さぁ、ウチの学校の制服でしょ。同じ学校だよ、あの人もしかしてアレが噂のロシア人留学生?」

「ロシア人留学生の話って、デマじゃなかった?

「だっけ?」」

「いいなー私もあれくらい美人だったらなー」


 エプロン姿の近藤さんを見た萌々子の友人たちが騒ぎ出した。


「そうですか? 全然普通じゃないでしょうか? あれくらい」


 ややとげのある声で言ったのは萌々子だった。

 そんな会話が聞こえたのか聞こえなかったのか、近藤さんは萌々子たちの方を見てニコッと微笑んだ。


「かっわいいーっ! 笑顔最強すぎ!」

「全然普通じゃないよ! めっちゃ美人だって!」

「そうだよ萌々子ちゃん! 萌々子ちゃんもかわいいけど、あの人もかわいいよ

!」

「まじアイドルじゃね?」


 口々に近藤さんをほめたたえる萌々子の友人たち。


「そうですね、確かにアイドルみたい。地方都市かつ非県庁所在地のご当地アイドル、でもセンターじゃないって感じです。数人しかいない常連オタク相手に握手会やってそうだわ。公民館とかで」


 やたら限定されたアイドルだな。


 そんな会話を聞いた岡村さんは「賑やかだね、岡本さんとお友達」と、それなりに楽しそうだ。


「だな」と俺はこたえた。


 いかにもJKって感じだよ。


 ヘルプを完了しボックス席に戻ってきた近藤さん。今度は俺に向かって微笑んでくれた。


「岡本さん可愛いね。あんな幼馴染みがいたら嬉しいでしょ、遠藤君」

「うーん……どうだろう」

「恋しちゃう?」

「しないしない!」

「えー? でも可愛いよ、岡本さん。恋しちゃわない? 私が男の子だったら好きになるなあ」

「確かにそうだな、可愛くはあるが……妹みたいなものだからね、俺にとっては」

「どれくらい妹?」

「幼い頃から隣同士だったから……実の妹同然、かな」

「ふーん、そっか。それじゃあ恋しないか。……でも可愛いよ?」


 相変わらず粘るな、近藤さん。


「まあ、確かに可愛いけどね。……小動物的な意味で」

「どんな小動物?」


 どんな小動物、か。あまり考えたことなかったな。なんとなく小さい動物としか思っていなかった。


「そうね……うーん……レッサーパンダ的な?」


 幼い頃萌々子と何度もいった市立動物園。一番の人気者はレッサーパンダだった。幼い萌々子はレッサーパンダ舎の前でレッサーパンダのものまねをするのが大好きだった。


「レッサーパンダ! うん、そんな感じだね! 知ってる? レッサーパンダのお腹の毛って、真っ黒なんだよ! 茶色じゃないの!」

「ああ、知ってるよ」


 まかせろ。俺はレッサーパンダの腹毛には詳しいんだ。市立動物園のレッサーパンダ、バンザイポーズで立ち上がるのが大好きすぎて「たっちゃん」て呼ばれていたからな。萌々子もよくバンザイポーズしてたよ。


「プリンは頭が黒いんだよ」


 特別サービスしてもらったプリンを近藤さんが指さしていった。


「そのプリン、私の手作りなんだ」

「そうなの? いつ作ったの?」

「朝、学校に行く前に私が焼くんだ」

「……何時に起きるの?」

「えーと5時かな?」


 早いな、俺なんか萌々子が来るまでは7時半だ。朝ご飯はコンビニで菓子パンかって教室で食べてたから、朝食時間は不要だった。今は萌々子の作る朝食を食べるので7時起きだ。


「どう? 美味しい?」

「うん。すごく美味しい」


 女子の手作りデザート。萌々子も色々作ってくれた。だが萌々子は萌々子。幼馴染みで妹的な女子なのだ。同級生女子とは違う。


 部活の女子の手作りプリンを食べる。男子高校生としては貴重な青春よ思い出となるであろうシチュエーションだ。

 ただ残念なのはこのプリンは老舗喫茶店のメニューの一つ、すなわち量産型プリンであり、毎日多くの人が味わっているということだ。俺のために作られたものではない。さらにデコ―レーションはカウンター奥の気難しいおっさん。さらにいえば有償。


 しかし、今はそのことは忘れよう。女子の手作りデザートを振る舞ってもらったという事実だけを記憶すべきなのだ。

 背後に熱いような冷たいような萌々子の視線を感じながらも俺は近藤さんとつかの間の恋人気分を味わうことにした。


「私もプリン食べよっかなあ。でも、スパゲティでお腹膨れちゃったしなあ」


 ぽんぽん、と小さなお腹を近藤さんがたたく。


「遠藤君のお腹はどうかな?」

「!」


 近藤さんの手が俺の腹部をまさぐる。いや、近藤さん、そ、それは……ヤバすぎです。


「近藤珈琲店のお食事は口に合ったかな、遠藤君?」

「は、はい」

「うん、よろしい! また食べに来てね。コンビニ弁当、あんまり食べちゃだめだよ」

「は……はい」

「お、けっこう胃が膨れてるよ。お腹いっぱいだね!」


 さすさす。ぽんぽん。ぺたぺた。近藤さんの手が俺の腹部を這い回る。

 

 あ。そ、そこ、胃じゃないです。十二指腸とか小腸じゃないかな……いや大腸かも……てか……10センチも離れてない……あの場所から……へ?……ちょ……えーっと……あのですね……その……先っちょが……すでに……あの……。


 ――それ以上はいけない。


 喉元まで言葉が出かけるが、俺の本心は違う。


 ――もうちょっと下です。


 これが俺の本心だ。


 仕方ないだろ? こんなラッキー体験、そうそうないんだ。期待するなという方が無理だ。


 だいたい、近藤さんは美人でかわいい。俺が彼女に恋愛しなかったのは、近藤さんとできるだけ良好な関係を維持したかったからだ。だってたった二人の同学年演劇部員だったのだ。振ったり振られたりしたらとっても気まずくなるだろう?


 あと……近藤さんは意外に天然なとこがある。二人っきりでも恋愛ムードにはなりにくい。なんともいえないユーモアのある人なのだ。火が付きかけた恋心がそのユーモアセンスによって鎮火されてしまうのだ。


 だが。


 俺も男である。美人女子から《《あんなとこ》》触られたら……触られたら……むふう。そして、あふう。仕方ねーし!


「お兄様、もうすぐ閉店ですって。帰りませんか?」


 再び背後から萌々子の声だ。


「ひゃ、ひゃい!」


 決していかがわしくはない、だが想像次第ではかなりいかがわしい行為とも言えなくもない近藤さんとの行為をエンジョイ真っ最中だった俺は、慌てて変な声を出してしまう。


「お兄様、変な声出してどうしたんですか? ……ちょ、ちょ、おおおお兄様っ! なななな何してるんですかっっっっっっ!」

「な、何って、これはその、お腹の具合を……う、うおおおお!?」


 近藤さんの手が俺の下腹部にあるから萌々子が驚愕したのではない。


 近藤さんが寝ていたのだ。いつのまにか。俺の太ももを枕にして。顔を俺に向けて。

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