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萌々子と梨愛

 両手をグーに握りしめ、じっと近藤さんを見つめる萌々子。


「ああ、こちらは近藤さん。俺と同じ演劇部の2年生だ」

「はじめまして、近藤梨愛です。本日は近藤珈琲店へようこそ。ゆっくりしていってくださいね」


 近藤さんが立ち上がりペコリと一礼した。


「はじめまして、岡本萌々子といいます。こちらこそ、兄がお世話になっております」

「本物の兄ではないけどな」


 一応、俺、補足。


 礼儀正しい萌々子は自分も立ち上がり、近藤さんに向かって深々と頭を下げた。萌々子の頭が上がると同時に目が合う二人。一瞬間があって二人同時に座った。


「まあ、萌々子さんは岡本さんというのね。なんだか本当の兄妹みたいだから、てっきり遠藤萌々子さんかと思いました。岡本さんっていうんだ。遠藤君よかったね。かわいい妹さん的幼馴染みがいて」


 ふふ、と近藤さんが微笑む。それから俺の方へ体をくねらせ接近、「あ、遠藤君まだハンバーグトースト全部食べてない。冷めちゃうよ」と言った。


 ぴた。近藤さんの肩が俺の二の腕にくっついた。制服の布地越しにわかる近藤さんの皮膚と筋肉そして骨格。


「食べてね?」

「わかった」

「ちゃんとゆっくり噛むんだよ?」

「ああ」

「うん、よろしい!」


 キャッキャッとはしゃぐ近藤さん。ますます俺に近づいてきた。むしろ俺から離れたくない的な感じで、俺が食べる様子を見たいようだ。


 ……なんだろう。急に背中が熱いんだが。


 恐る恐る右後ろを振り返る。


 熱の発生源は萌々子だった。手にメニューを持ち、その隙間から瞳がまっすぐ俺を捉えていた。その目から、熱線銃ブラスターのごとく熱い視線が俺に注がれ……いや、照射されていたのだ。


「どうしたの?」


 近藤さんも後ろを振り返る。左後ろを。俺の頭と同じ方向に。コツン。側頭部が軽く当たった。


「あ、ごめん。当たっちゃった。痛かった?」


 近藤さんが俺の頭をさすさす。かなり身体を俺にくっつける。するとどうだろう。近藤さんの細くいい匂いの髪の毛が俺の顔をなでた。


「わ、わ、わ!」


 思わず変な声を出す俺」


「ごめーん、遠藤君! 髪の毛、目に入った?」

「い、いや大丈夫、入ってない」

「髪の毛くっついてごめんね。私の髪の毛細いでしょ、だからすぐ静電気でくっつくの」


 さらに俺に接近して俺の顔にくっついた髪の毛を手で取り除く。


「お兄様」


 萌々子が立っていた。俺の背後に。知らぬ間に。友人置いてけぼりかよと思ったが、おそらく店内風景でもインスタに投稿しているのだろう。友人たちは、スマホいじりに忙しいようで特に問題はないようだ。


「萌々子、メニューが決められないの。お兄様が選んでください」


 俺と近藤さんの間の空間を切り裂くように鋭くメニューが差し込まれた。


「私が選んであげよっか?」


 顔の至近距離空間に異物を挿入されるという傍若無人な所業の被害者であるにもかかわらず、近藤さんは天使のような笑顔で言った。

 そんな天使の笑顔に対し、萌々子は冷たい表情で「ご遠慮いたします」と即答、そのまま座席の背後から俺と近藤さんの間に体を割り込ませてきた。


「萌々子、お兄様に選んでほしいの。ね、お兄様、どれにしたらいい?」

「岡本さん、そんな格好だとスカートがめくれて下着が見えちゃうよ?」

「お気になさらないでください、近藤さん。萌々子、そういうの、気にしません」


 いや、気にしろ。


「ねぇーお兄様ー、どれがいい? 萌々子、決められないの。お兄様が決めて。お兄様、萌々子のことだったら何でも知ってるでしょ?」


 耳元に響く甘ったるい声。至近距離で萌々子がささやく。ぴと。おでこがくっついた。ぺた。続けてほっぺたも。

俺、思わず横によける。すると萌々子も接触状態を維持しようと俺の動きに追随した。


「そ、そうだなあ」


 萌々子が手にするメニューを見た。眼前に前屈みになっている萌々子の胸部が広がった。うん。おっきいな。成長したな、萌々子。

 そんな萌々子を見てなぜか「ミルクたっぷり昔ながらのグラタン」が食べたくなった。


「この、ミルクたっぷり昔ながらのグラタン、てのはどうだろう?」

「あ、それ、私のレシピなんだよ」


 萌々子の双丘に阻まれ視界から消えている近藤さんが横から教えてくれた。


「それ以外でお願いします、お兄様」


 ムッとした顔で萌々子が言った。


「萌々子、グラタン好きだったろう?」

「今日はそんな気分じゃないんです! グラタン以外で選んで、お兄様!」

「そうか? じゃあ……」


 サンドイッチ? トースト? パスタ? 結構メニュー豊富なんだよなあ。


「よかったらアドバイスするよ、遠藤君、岡本さん」


 悩んでいる俺に近藤さんが助け船を出してくれた。


「結構です」


 が、一瞬で萌々子が拒否った。ったく。なんなんだよ。

 あー思いつかん。もう俺と同じでいいや。


「ハンバーグトーストセットはどうだ? ちょうど俺が食べているけど、美味いぞ」

「萌々子のハンバーグとどっちが美味しい?」

「うーん、どっちも美味しい。それぞれ個性は違うが、どちらも甲乙つけがたい」


 ギロリング。萌々子が俺をにらみつける。怒ってるようだ。どうもここは萌々子のハンバーグを誉めないとだめみたいである。


「……と言いたいところだが、やはり幼なじみの萌々子だけあって俺の好みを知り尽くしている萌々子のハンバーグが好みだな」

「そうでしょ? お兄様のことを世界で一番知っているのは私、萌々子なんですからねっ!」


 前屈みになったまま胸を張る萌々子だった。


「じゃ、萌々子もお兄様と同じハンバーグトーストセットにします。えーっと、近藤……梨愛さんでしたっけ? あなたに注文してよろしいかしら?」

「ええどうぞ」

「じゃ、ハンバーグトーストセットで。食後のセットドリンクはアップルティーでお願いします」


 オーダーを告げ、満足げな表情で萌々子が友人の待つボックス席へ戻っていった。

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