表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/52

近藤さんは近い

 私鉄の駅から少し歩いたところにある、若干寂れ気味のアーケード商店街。一時期はシャッターストリートの危機に瀕していたが、地域活性化が成功し往年の活気を取り戻しつつある商店街だ。


 その商店街の真ん中あたりに近藤珈琲店はある。近づくにつれ珈琲のいい匂いがしてきた。近藤珈琲店は自家焙煎。なので大きな焙煎機が入ってすぐのところに鎮座している。商店街に面した壁はガラス張りなので通りからも焙煎機が目に入る。


「ただいまー」

「おかえり……ン?」


 ロマンスグレーな頭髪にこれまたロマンスグレーなあごひげ。セルロイド製べっ甲調めがねの奥から鋭いまなざしが俺に注がれる。


「誰だ、あんた?」

「遠藤君だよ。演劇部の。去年の夏、ご飯食べに来たじゃない。覚えてないの?」


 俺より先に近藤さんが返事した。


「そんな昔のこと……覚えてねーな」


 何処かで聞いたことあるようなないようなハードボイルド風セリフを決めつつ、カウンターの奥でコップを磨く近藤さんのお父さん。


「で、その遠藤とやらが何の用事なんだ?」


 いきなり俺を睨みつけてきた。なんでそんな怖い顔で俺を見るんだ……。俺、メシを食いに来たんだよな? 一応客だよな?


「もう、お父さんたら! 近藤珈琲店だよ? パンがおいしいって人気の近藤珈琲店にお腹の空いた男子高校生がご来店なんだよ! 食事に決まってるじゃない!」

「コーヒー飲むだけかもしれねーだろ?」

「あのね、遠藤君、ウチのトースト食べたいんだって。お父さんしってる? ウチのトースト、食べログでも人気なんだよ?」

「食べログだかローグだか知らんが、ウチは珈琲が自慢なんだ」


 近藤さんのお父さんがカウンターから出てきた。俺の方にずいずい近づいて来た。


「いつまで入り口で突っ立ってんだ。どこでもいいから座れ。ほれ、メニューだ」


 招かれざる客感を存分に味わいながら俺はボックス席に座り、渡されたメニューを見る。


「遠藤君ごめんね。なんだかお父さん機嫌悪いみたい」


 ボックス席の向かい側でない方――つまり俺の隣に近藤さんが座った。


「でね」


 ぐいっと近藤さんが身を寄せメニューをのぞき込んできた。

 近い。近いぞ、近藤さん。


「学校でも言ったと思うけどハンバーグトーストのセットがおすすめなんだよ」

「じゃ、そうしようかな」

「トーストだからな、ライスじゃねーからな。ウチは白米の類いはねーんだ。コーヒーに白米は合わないからな」


 まだオーダーしていないのに、いきなり背後からの警告。


「だーかーらー、お父さんは黙ってて! コーヒーにごはんが合わないことくらい遠藤君だって知ってるよ。あれでしょ、コメダ珈琲にライスがないのと同じだものね」

「はああっ!? コメダ!? あんなクソ不味いチェーン店と一緒にするな!」

「コメダ美味しいけどなぁ。お父さん、もしかして味音痴なの?」

「……っく!」

「とにかく、ハンバーグトーストのセットお願いね。私はナポリタンスパゲッティとコーヒー。コーヒーには練乳と砂糖いれてね。お父さんのコーヒー、苦いんだもん。遠藤君も練乳入りにする? 甘くて美味しいよ?」


 自家焙煎を売りにしている喫茶店。ずらりと並んだ本格サイフォン式抽出機。そんな喫茶店で練乳と砂糖入りコーヒーのオーダー。

 スタバでマックシェイクくださいというのに匹敵するチャレンジ精神といえよう。そのチャレンジに俺も乗るべきなのか。迷う。


「わかった、二人とも練乳砂糖入りな」


 俺の決断を待つまでもなく、近藤さんのお父さんは調理とコーヒー抽出にとりかかった。チャレンジは成功したようだ。


 そんなこんなでオーダーには手間取ったが、近藤さんのお父さんはちゃんとハンバーグトーストとナポリタンスパゲッティを作ってくれた。練乳砂糖入りコーヒーも。


「美味しいでしょ、お父さんのハンバーグ」

「うん。美味しい」


 ――ハンバーグは牛6:豚4の合い挽き肉から作られているようだ。牛肉は赤身、豚肉はほどよい脂身具合。牛のうまみと豚の脂肪のマリアージュ。大きすぎず細かすぎず刻まれたタマネギ。油のくどさを中和するとともに甘みをプラス。ふんだんに使われたブラックペッパーがトマトベースのソースと実によく合う。つなぎのパン粉はトーストと同じパンから作られた生パン粉らしく、小麦の芳醇な香りを漂わせている。「牛肉100%のハンバーグが絶対正義ではない」。そう主張するかのようなハンバーグであった……。


 と、食べログに書いてあったとおり、どことなく家庭的なタマネギ入り合い挽き肉のハンバーグだった。正直に言おう。ご飯がほしくなる味だ。もちろん、パンとの相性は抜群なんだが。


「よかった。ちゃんとサラダも食べてね」

「ああ」


 ニコニコ笑顔で近藤さんが俺にサラダを差し出す。俺が美味しそうに食べているのが嬉しいみたいだ。


「……遠藤君、野菜、嫌い?」

「なんで?」

「食べ方見てればわかるの。健康によくないよ。ちゃんと食べて」


 ちょっとだけ口を尖らせ「め」と言う近藤さん。なんだかこれって……。


「夫婦みたいだな、おい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ