近藤さんは食べて欲しい
近藤さんの小指が離れていく。さっきまで感じていた彼女の体温が消えた。近藤さんの視線が俺たちの小指から再び夕日へと戻った。俺も夕日を見上げた。
「まだ沈まないね」
近藤さんが呟いた。
「でもいつかは沈むんだよ、遠藤君。私たちがいつかは卒業するように!」
「そう……かな?」
「でもね。日はまた昇るんだ。知ってた、遠藤君?」
「もちろん」
「そっか。知ってたかぁ」
満足そうに近藤さんがつぶやいた。会話はそこで途切れた。しばらくの間、二人で夕日を眺めた。ゆっくり動く雲の動き。動いているはずだが動いていない太陽。
部活にとって下校時間はあってないようなものなのだが、一応は制定されている。6時だ。部室にかけられたセイコーの学校壁時計を見る。5時20分だった。まだ時間じゃない。
残り40分。何してすごそう。ずっと二人で夕日を眺めているってのもな。
と考えているその時、ポケットのスマホが振動した。萌々子からのLINEだ。
――お兄様ごめんなさい。今日、お友達といっしょに夕食食べることになりました。お兄様の晩ご飯、作れません。ごめんなさい。
テキストに続いて「ごめんなさい」「あとでね」なスタンプも送られてきた。
「コンビニで弁当でも買うか」
思考が言葉となって独り言として発せられた。
「弁当? おやつ? それとも晩ご飯?」
近藤さんが俺の台詞に反応する。
「もちろん晩ご飯だよ」
「だよね。こんな時間だもの」
近藤さんが笑った。
「そういえば遠藤君一人暮らしだったもんね」
「あ、ああ。そうだね」
嘘は言っていない。近藤さんは一人暮らし《《だった》》と過去形で言ったではないか。3月末に萌々子と同居を始めるまで、すなわち過去において俺は一人暮らし《《だった》》のだからな。
「もしかして、晩ご飯、毎日コンビニ弁当だった?」
「まさか。時々だよ時々。基本は自炊」
「へー自炊。どんな料理作るの?」
レトルトカレーライス、コンビニ惣菜のハンバーグと目玉焼きで作ったロコモコ(風)、閉店間際のスーパーで半額になった牛肉で作る肉炒め。
え? 野菜が少ない? 大丈夫、ポテトチップスでジャガイモ食べてる。たまに野菜ジュース飲んでるし。
なんて答えられない。はずかしい。
「いろいろだよ」
適当に答える。
「いろいろなんだ。昨日は何食べたの?」
「えーっと……ハンバーグ」
俺が作ったんじゃないけど。作ったの萌々子だけど。
「ふうん」
近藤さんが興味津々に頷く。
「ハンバーグ好きなんだ」
「そ、そうだな。肉は全般的に好きだ」
「なんで今日はコンビニ弁当なの?」
「毎日自炊ってやっぱりめんどくさいからね」
「そっか」
じっ。近藤さんが俺の瞳をのぞき込む。
「あのね、遠藤君。私ね、営業部長なの」
なぜか、ちょっと顔を赤らめながら近藤さんが言った。
「営業部長? どこの?」
「もちろん、近藤珈琲店の営業部長だよっ!」
近藤珈琲店。名前からわかるように近藤さんの家族が経営する喫茶店だ。自家焙煎のコーヒーと自家製パンが名物で地元に根強いファンを持つ。
「営業部長として遠藤君に宣伝活動するね。あのさ……今晩、家に来ない?」
「えっと……それってどういう?」
「だから、近藤珈琲店で晩ご飯食べてね、ってこと。コンビニ弁当なんて不健康でしょ? 近藤珈琲店自慢のハンバーグトーストを食べて欲しいな。栄養バランスばっちりなサラダも付いてるんだから!」




