狙撃数3発目
「やあやあ恨めしい奴め。あの美少女と、知り合いなのかい? それとも、まさか幼馴染じゃあ……」
そう少年がいうところを見て、蕾は少し、安心した。
(よかった……私以外にも友達がいて)
正直勇気は、子供の頃は独りもいいところだった。友達が一人もおらず、もし蕾と幼馴染でなかったら、あの時はどうなっていたことやら。
__しかし、その必要はもはやないのだ。
「つー……いや、蕾。久しぶりだな、何年ぶりだ?」
「ゆっ__ううん、勇気。それは今することではないわ。先生、私の席はどこですか?」
蕾はその瑠璃色の瞳を隣の老教師に向けた。対し草野は白い髪を後ろに撫で付け、「そうですね……」と呟いた。
「では、後ろに席を作りましょう。__《瓜生伊吹》さん。学習室から机と椅子を持ってきてください」
「あ、ウィーっす」
勇気の隣の少年改め伊吹は、そう立ち上がり、ふわぁ、と欠伸を漏らした。
そしてそそくさと教室を出る。
蕾はそれに続こうとして、「あのさぁ」と止められたため、立ち止まった。
「……なんですか?」
髪を金色に染め、瞼にはこれ以上ないほどにアイメイクが施され、唇は、何かを塗っているのかピンク色に光っている、なんとも派手な女の子だ。その後ろには、取り巻き的な子たち二人もいる。
「あんた霧凪だっけ? __ちょっと今日、ツラァかせよ」
蕾は軽く息を呑み、こくんと頷いた。
「いいよ」
「__でさぁ、ソイツなんて言ったと思うぅ?」
「えーなんて言ったの〜??」
「『あーワリィ、忘れてた』だって……普通女の子との約束忘れる!? 忘れないよね!?」
「ぅわーお……」
蕾はそう声を漏らし、ドリンクを飲んだ。蕾が今いるのは、洒落たカフェテリア。あのあと有無を言わせず(放課後に)連行され、ここに連れてこられたのだ。
それに派手派手ガール__如月七音(すごいキラキラネームだ)は、特に申し訳がることもなく、自分の恋愛事情を真裸にさせた。
「それでさ! 霧凪は男経験もダテじゃないだろ? いい男の選び方、教えてくんねぇ?」
「いい男? そんなこと言ってもなあ……私は初恋をずっと引きずってるっていうか、そんな感じで……」
そう、蕾が語尾をかすかに濁らせると。
「そうそう! 霧凪さんって、晴鳥くんと幼馴染なんだよね? 霧凪さん的に、どうなの? アリ? ナシ?」
今度は別の女子が質問した。
「へっ!? ゆ、勇気とってこと……??」
「当たり前だよぅ〜。みーんな気になってるんだよ。晴鳥くん、無口だけど優しいし、結構イケメンだしぃ?」
「霧凪はビショージョだしさぁ……みんなってより、男子が、て感じぃ?」
テーブル上の皆がニマニマと蕾を見つめる。蕾はウッと喉を詰まらせた。
「んー……と、まあアリかナシで言ったら……アリ、かも?」
その一言で、女子の甲高い悲鳴が「きゃあ〜!」と上がった。
「やっば、マジやっば!」「私はそう思ってたんだよね〜っ! やっぱ二人お似合いだわー」「ヒューヒュー!!」
__そして一息つき。
「私たちさぁ」「そんな霧凪さんを応援しようと思って〜」「なんかこう、仕組もっか?」
急に協力的になった。
「仕組むって……何するの?」
「そりゃあ、定番のやつっしょ。掃除当番とか? 一緒にしたり〜」
間髪入れずにどれみが答える。蕾はそれに「えっ」と声を上げた。
「そ……そ、そんなことできるの?」
「そりゃあウチらだもん。そんくらいらくしょーよ楽勝」
「それにさぁ、どことなーく晴鳥くんって、掴みにくいんだよね」
「掴みにくい……?」
「うん、そ」
髪を黒髪と赤髪のメッシュで染め上げ、耳元の金色のイヤリングを揺らした少女__胡桃姫星は、こくんと頷き、続けた。
「さっきも言ったけどさあ。晴鳥くんって、イケメンじゃん?」
「あ……うん、まあ……?」
「だからそりゃまー狙う女子は増える一方よ。一時期はファンクラブまでできる始末。でもね、晴鳥くんは、どっちかっていうと、涼しい、そよ風みたいな子だったの。みんなに優しくはするけれど、それだけ。誰かと特別な関係になったことはないし、本人も、それを嫌がっている雰囲気だもん。まるで好きな人がいるみたい__だからウチらはびびーんときて、ああ、それは霧凪さんだなって思ったワケ」
「それって……みんな……?」
「うん」「そりゃね」「むしろそれ以外に? って感じ」
皆の多種多様な答えを聞いて、蕾はズーンと肩を下げた。
「本当にそうなのかなあ……だったらその、う……嬉しいと言いますか、疑わしいと言いますか」
「ショージキじゃないなぁ。ま、それが普通っしょ。むしろ可愛い方ってか?」
どれみのその一言に、その場の皆がきゃははと笑う。
「霧凪さんは、嘘下手だもんね! まあそこがいいところだけどぉ??」
きてぃもそういい、蕾はただ、嘘じゃないなとそう思った。
『霧凪さんの恋、応援してあげたいっ』
『霧凪は素直じゃないし、うちが引き出さないとね!』
『すごい、綺麗な子だなあ。晴鳥くんと並ぶなら、それはもう、絵になるんだろうなあ』
蕾の頭の中に、いろんな声がこだます。
脳がキーーーンとなるその状況に、蕾は眉をひそめて精神を集中させた。
これである程度は収まるだろう。
蕾は振り切って尋ねた。
「みんなは! ゆっき……勇気のこと、好き……なの?」
「「「え????」」」
びっくりしたように緑色の瞳__もちろんカラコンである__を見開き、桜色の唇をもちあげ少女……夏秋姫凛は言った。
「なんで、そう思うの」
「え___っ? な……なんとなく」
蕾は慌てて返し、口にストローを突っ込んだ。
そこにぷりんは、「__……い」と掠れる声でつぶやいた。
「ん? プリン、何か言」
「ずるいよ、そんなの!」
「__ッ」
急にぷりんがそう叫び、500円玉をテーブルに荒々しく置くと、カバンを担ぎ、ガツガツと歩いて行った。
「__ど、どうしちゃったんだろ」
蕾はそう呟くために唇からストローを離し、他の二人を見つめた。
対し二人は、さもありなんと言うような表情で肩をすくめて見せた。まあ実際、蕾の耳には、その声がはっきりと聞こえたのだが。
「霧凪は、ビショージョだから。さっきもそれ、言ったでしょ」
「霧凪さんは、嘘が下手だから。みんなわかっちゃうんだよ。あれ。さっき言わなかった?」
二人はそう笑い、どれみが卓上の500円玉を手に取る。
「ま、いいっしょ。__プリンは特に気性が荒いからさ。あんま気にすんなって。いつものことだし」
「うん、そうだよ。ぷりんちゃんは、ちょっとその……自分の気持ちに、蓋ができなかったっぽい」
そう、きてぃは、財布から出した500円玉をどれみに預けた。蕾に手を差し出すので、慌ただしく500円玉をどれみの白い手に乗せた。
__その全てが、蕾の未体験だった。