疑問、難問、なにもんだ
入学してから、4ヶ月目に入る日の夜。
夕食後の気怠いひと時、寮の自室で珍しくメイベルからセシリアに声を掛けた。
「ちょっと聞いてみたいんだけど。」
お腹いっぱいで眠くなっていたセシリアは、ベッドの上で横になり、おざなりに返事をする。
大分、行儀が悪い。
「なあにー?」
「セシリア、アンタ何がしたいの?」
「何のこと?」
セシリアはよく分からない。
メイベルは自分の机の椅子を、セシリアに向けて座る。
「……突撃している先輩方について、よ。」
ひと呼吸つき、メイベルは笑みを浮かべた。
(いけない、いけない。キツい口調になっている。)
メイベルは努めて柔らかく
「あっちこっちの先輩に会いに行ってるじゃない。どの先輩が本命なの?」
「………うーん。全部?」
「全部?」
メイベルの眉根にシワが寄る。
セシリアは、気が付かない様子で続ける。
「全部の攻略対象と会って、逆ハーしたいの。」
「逆ハー?何それ。」
聞き慣れない言葉だ。
「逆のハーレムの略よ。一人の女子に、複数の男子が傅くの。モテモテって憧れじゃない?」
呑気なセシリアに、メイベルは溜息をついた。
男性は女性が思っているより、嫉妬深い。
それに独占欲が強い。
複数の男性が、一人の女性を取り合う場面に出くわしたことがあるメイベルには、セシリアの考えが理解できなかった。
「最終的には誰かに決めるんでしょ?」
メイベルが言うとセシリアは
「全員、侍らせたい。」
「そんなの、できるわけ無いじゃない。アンタ、刺されるわよ。」
全員を侍らせるなんて、自分は不誠実ですって言ってるようなもの。
メイベルの目付きが段々険しくなる。
「……じゃぁ、皇太子。」
「『じゃぁ』って何だ、『じゃぁ』って」
すかさずメイベルはツッコミを入れる。
しかし、大分、眠いらしく、セシリアは船を漕いでいて、メイベルのツッコミに気が付かない。(起きていても、気が付かないかもしれないが。)
「凄いイケメンだし。………それに、お金持ち………。玉の輿、乗りたい……。」
セシリアは堪らず大欠伸をする。
「……でも……なんでか……な、……会えない…………。」
……とうとうセシリアは眠ってしまった。
「……ふぅん。」
メイベルは、セシリアの額に手を当てた。
掌が暖かくなる。
メイベルは眠りの呪文を唱える。
メイベルがセシリアに夜中に起こされると先生に泣きついたら、教えてくれた呪文だ。
本来なら二年生で教わるものだという。
メイベルは、先程のセシリアとの会話を思い出していた。
絶対、無理だ。
セシリアの考えは無謀過ぎる。
皇太子には婚約者が既にいる。
この国は一夫多妻制ではない。
もちろん一妻多夫制でもない。
万が一、セシリアが皇太子と恋仲になれたとしても、男爵令嬢では家格が釣り合わない。
更に、授業を度々サボっているので教育がなっていない。
セシリアが王妃教育を受けたなら、地獄を見ることになるだろう。
エリートを追いかけて、何が良いのか。
恋仲になったとしても、捨てられるのがオチ。
そして傷物として誰も近寄らなくなり、何処かの高齢貴族の後添いになるか。
メイベルは顔を顰める。
(何でこんな娘と同室なんだろう。)
最初にセシリアから「攻略対象にアタックする!」と聞いた時、何度も止めたのに。この娘は耳も貸さなかった。
セシリアが悪いとしても、後に目の前で泣くのを見るのは気分が悪い。
いつの間にか、メイベルはセシリアに情を持っていた。
しかし、アタックしても会えずに、恋になっていないなら、まだ傷が浅いかも。
………でもないか。
あれだけ騒いでいれば、変な噂が立ち、縁談は来ないかもしれない。
メイベルは自分の机に向かい、遠い異国に居る母と姉の写真を見る。
二人共、いい笑顔をしている。
父が早世し、私をここ迄育ててくれた。
私に勉強をさせてくれる母と姉、家族の為にも、頑張って良い成績を取らなくては。
過去、色々あってメイベルは恋や結婚に興味が無い。
出来れば研究者になって、古い遺跡を調べる職につきたい。
その為にエルセリア魔導学園に入ったのだ。
ふと、メイベルは眼鏡を外す。
この眼鏡、実は伊達メガネである。
さあ、今の内に、今日の復習をしよう。
起きないよう、魔法をかけたし。
セシリアを捕まえる為に、時々出られない授業がある為、メイベルも勉強が遅れ気味だった。
セシリアの事は、後で殿下達に相談することにして、メイベルは教科書を開いた。
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