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トリミングライフ  作者: 十八谷 瑠南
7月31日
3/20

AM9:00

 誰かとすれ違う度に考える、いや疑っている。常に。

 あいつは何かやらかすんじゃないかって。もしくは


 やらかしたんじゃないかって。


 早歩きで歩く俺の横を人々が通り過ぎていく。いや、ちがう。俺が早歩きでこの群衆の中を泳ぐように歩いている。まるでこの前水族館で見たサメのようだ。優雅に泳ぐ魚たちの中をかき分けてものすごいスピードで泳いでいくサメ。あのサメは海よりもはるかに小さい世界をぐるぐると回っていたがその点も今の俺と同じ。

 同じところを何度ぐるぐると回っていたのか数えたことはないが、この小さな世界を回るようになって今日でちょうど一週間。

 あたりまえだがここは相変わらず世界の縮図の様で俺はこの小さな世界を今日も変わらず巡回している。

 いつのまにかここを巡回することが俺の朝の日課になってしまった。

 それはきっと人々の笑顔、泣き顔、真剣な顔、そんな様々な表情を国なんて関係なしに人類の集まりとして純粋にここでは見ることができるからだ。

 常に人を疑う仕事をしているとこうして人々の純粋な表情を何万単位で見られることは尊く美しいものに感じてこの世界に浸っていたくなる。そして同時にここを守りたいとも強く感じる。

 ちょうど今日の日程が始まったところだった様で大きな歓声が俺の耳の中で響き渡る。そんな歓声の中でも、もちろん俺は見逃さないはずがない。

 観客は皆立ち上がり、今日の始まりを歓喜し叫んだり、今日という日が待ち遠しかったのか泣いている人だっている。まるで大きな祭りの様なそんな観客たちの前を縫うように通り中央の観客席から無事抜け出した男が俺の横を通り過ぎようとした。

 俺は俺の仕事をする。それだけ。それだけだったからその男は俺の横を通り過ぎることができなくなった。

 俺に腕を掴まれた男は驚いて俺の顔を見上げる。

 その男の顔を見れば俺にかなり油断していたことがわかった。それは俺の妻が考えた計画どおりだったのだが、この男には死んでもそれは言わない。

 男が言葉を発する前に俺が先に言葉を発した。

「お前、とったな?」

 男の目が泳ぐ。

「な、なんのことですか?」

 俺は泳いで逃げようとするその男の目を逃さなかった。

「とったんだろ?」



「撮ったんだと。大量に」

 上司がそう言って大きなため息をついた。

「つまり、盗撮ですか?」

「ああ。目の前で世界レベルの出来事が常に起きてるってのに、それには目もくれず、女性のスカートの中を・・・・だ」

 盗撮か。

 さすがにそこまではわからなかった。ただ、何かやらかした顔をその男がしていたから何か盗ったのかと思ったのだが、撮った方だったとは。俺の問いかけはある意味間違っていなかったからまあいいか。

 俺はボリボリと頭をかいた。。

「カメラが」

「あ?」

「カメラがかわいそうですね」

 上司がぽかんと口をあけて俺を見上げていたから俺は補足した。

「だって、世界一の瞬間を撮れるチャンスだったのに」

「お前図体でかいくせにたまに女みたいなこと言うよな。それになによりその」

 俺は、ああと声をあげた。

「匂いですか?」

「一瞬女子が横切ったのかと思って、振り返って、お前だとわかった時の絶望感」

「ひどいこと言いますね」

「だってその匂いあまりにもお前とかけ離れすぎてんだよ」

「だからです」

「は?」

「俺の見た目がこんなんだからこんな匂いにしたんです」

「まあ、なんでもいいや。とりあえず今日は全世界が注目しているからな。気を抜くなよ」

 俺は上司の言葉が理解できなかったものだから思わず顔をしかめた。

 全世界が今日に注目?

「なんだ、忘れたのか?」

「今日ですか?今日に注目するにはまだ早すぎませんか?」

 上司はふうっと大きく息を吐いた。

「女王だよ。女王復活」

 ああ、そうか。今日だったのか。汚名を着せられた女王の復活は。

「マリア・オルガナですか」

「そう。ひどい汚名を着せられて散々叩かれた女王がここで、俺たちの国で復活するんだよ」

「そりゃ全世界が注目しますね」

「だからこそ、盗撮とかのレベルじゃねえ。また女王を陥れようとする人間がでてくるかもしれねえからな。そうならないために俺らがいるんだ」

 へえ。めずらしく男前なことを言う。

「めずらしいこと言うじゃねえかって顔してるな」

「俺たちはどうせ民間の小さな警備会社だからいてもいなくても一緒だっておっしゃったのはどなたでしたっけ」

「うるせえな。こんなところにいたら気も大きくなるんだよ」

 それはわからないでもない。ここにいると世界レベルで大きなことをしている気分になってくる。俺の朝の巡回がそうであるように。

「お疲れ様です~。あれ、先輩?」

 待機室に入ってきた後輩が俺を見て不思議そうな顔をした。

「先輩、今日は夜からじゃなかったでしたっけ?」

「こいつ、毎朝ここの巡回してんだよ。しかもいつも誰かしら捕まえてくるしな」

「へえ!先輩さすがっすねえ」

 上司がにやっと笑った。

「気がでかくなっているのはどっちだよってな」

 上司は俺のマウントをとった気になったようで俺はバツが悪くなった。

「ちょっと夜まで時間つぶしてきます」

 俺は上司のにやにや顔を背後に感じつつ、後輩の「お疲れ様で~す」とゆるい声を聞き流して待機室を出た。

 俺はポケットから小さな瓶を取り出して自分の体に振りまいた。そんな俺の姿を見て大概の人間は驚いて俺を見つめる。

 俺みたいな人間が香水を振りまいている姿は、はたから見れば滑稽なのだろう。


 “視覚であなたを認識する前に嗅覚で先にあなたを認識させてしまえばいいじゃない”


 これは妻の名言だ。

 俺は高身長でそれなりに鍛えているせいで体の幅もでかい。顔はもちろん可愛い気のある顔ではなくて体格に合った愛想のない顔をしている。人込みの中ではかなり目立つしどちらかといえば人から怖がられる存在なものだから俺の仕事柄かなり不利で見た目通りといえば見た目通りの仕事をしていることになる。

 俺が近づいただけで犯罪者は逃げる。だから、妻は俺にさっきの名言を与えた。

 はじめはこんなこと馬鹿らしいと思ったが結果的に香水をつけているときの方が犯罪者の検挙率が上がったのだった。

 香りひとつで犯人たちは油断するものなのだろうか。まだ俺は妻の考えに半信半疑だが犯罪者を捕まえることができれば自分がどんなに滑稽で笑われてもかまわない。

 空を見上げるとまだ真上に昇りきっていないくせに太陽は日差しを容赦なく俺に向けていた。もちろん俺だけじゃない。今日の始まりを歓喜する観客たち、そして何よりも今日世界を驚かすべく待機しているあの女王にも。

 そんなことを考えつつ香水をポケットに戻して俺は再びこの小さな世界を巡回するために歩き始めた。


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